024. ママと呼ばせたい人気漫画家(7)
さて、いよいよ優里の初配信の日がやってきた。事務所の会議室をスタジオ代わりに使い、僕たちは配信の準備を始める。
Music Roomに投稿した動画は一週間で100万回以上再生されており、急上昇ランキングの1位を週間でずっとキープしていた。
僕は優里に視線を向ける。優里は緊張しているようで、少し体が震えているように見えた。僕は優里の手を握る。
「大丈夫だよ、いつものように歌って雑談すれば大丈夫だ」
「うん、分かった」
優里は笑顔で答える。僕はそんな優里を送り出した。優里はヘッドフォンを装着し、マイクが吊り下げられている机の前の椅子に座る。
見られていると優里もさらに緊張すると思ったので、僕は別室に退散することにした。部屋の扉を閉めて、壁にもたれかかる。僕は深呼吸をする。
「大丈夫かな……」
「優里ちゃんは本番に強いタイプだから大丈夫よ。わたしが保証するわ」
「な、なんで、南條さんがここにいるんですか?」
「晴れ舞台をママが見に来るのは当然の義務でしょ。ほら、始まるみたいよ」
「はい……」
僕は南條さんに促されるまま、パソコンの画面に映る優里の姿を見る。
まあ、映し出されている姿はLive2Dなんだけどその佇まいからだけでも若干の緊張が感じられる。
『みなさん、こんばんは。西宮優里です。今日は配信に来てくれてありがとうございます!』
コメント欄は開始早々、すごい勢いで流れ始めた。優里が挨拶をしただけで、こんなに盛り上がるなんて……。
『初配信ライブ楽しみにしてました』
『初見』
『待ってたぞ』
コメントが高速で流れていく。優里はそれに一つ一つ丁寧に対応していく。
あまりの勢いに僕は唖然としてしまったが……、南條さんはニコニコしながらその様子を見ていた。
「優里ちゃんは人気者ね。これは今後も期待できるかも」
「そ、そうなんですかね……。まあ、それは置いといて……、ちゃんと尺のこと頭に入ってるといいんですけど」
「大丈夫だと思うわよ。事前に話しておいたもの」
「そうですか」
南條さんと話している間も、優里の配信は進んでいく。コメント欄は依然として盛り上がりを見せており、優里は打ち合わせ通りライブパートに入る。
「では、次は歌を歌っていきますね。まずはこの曲から……」
優里がそういうとインストが流れ出す。話し合って決めたセトリは次の通りである。
01. 彗星の約束
02. ロストワンの号哭
03. 空色デイズ
04. 自分REST@RT
05. 地球最後の告白を
06. 夢見る少女に花束を
コンセントはどこか懐かしく色褪せない名曲――、そして優里の歌唱力を存分に生かすことの出来る選曲になっている。優里は息を整え、最初の一音を発声させる。
イントロが流れると同時に、優里の歌声が響き渡る。相変わらず綺麗な声だった。僕は目を閉じて優里の声に耳を傾けていた。
「……」
優里の澄んだ声は僕の心に響いてくる。僕はこの感覚を知っている。僕が初めて優里の歌を聴いた時と同じ感覚だ。
コメント欄はサイリウムの絵文字で埋め尽くされている。まるで、ライブ会場にいるような気分になる。
「いいわねぇ……、やっぱり優里ちゃんの歌は最高だわ」
南條さんの言葉に無言で頷きながら、優里の歌に酔いしれていた。優里の透き通るような声で奏でられる曲は、聴く者の心を震わせる。
サビに入った瞬間、優里の声はより一層輝きを増していた。
「……っ!?」
すると、突然画面が真っ暗になり、砂嵐のようなものが現れる。
「な、なんだこれ……?」
「ちょっと!何が起きてるの!?」
「分かりません!」
「えーっと……、どうしよう?」
僕たちが慌ただしく部屋を右往左往している中、優里は平然として歌い続けていた。コメント欄は戸惑いながらも優里の歌を聴き続けている。
「ど、どうなってるの……?」
すると、砂嵐は徐々に消えていき、再び元の状態に戻った。優里は一曲歌い終わるとコメント欄を目で追った。
「あれ、配信不調だった?」
「今は大丈夫そう?」
「そっかー、初配信にトラブルは付き物だしね。またヤバそうだったらみんな教えてね~」
優里は笑いながら言う。僕はその言葉を聞いて胸を撫で下ろす。一体何が起きたのかは分からないが、とりあえず配信は問題なく続けられそうだ。
それから優里は二曲目、三曲目と順番に歌っていく。
「ふぅ……」
気付けば優里の曲はラストを残すのみとなっており、流れるように時間が流れていく。
最後の曲のお披露目には大きな演出を南條さんと一緒に仕込んでいた。バックの背景が暗くなりながら紫色のレーザー光線が走る。その演出は大成功で、視聴者たちを驚かせることに成功している。
この演出は現実のライブで僕が構想していた演出で……、南條さんがバーチャルでも実現しようと言ってくれたものだった。
前奏が静かに流れ出し、優里はそれに合わせて一言だけ観客に告げる。
「今日は集まっていただきありがとうございます。最後の曲です。では、聞いてください」
優里の優しい声と共に、壮大なピアノの音が鳴り響く。椅子に座り、僕は改めて思う。優里は本当に凄いと……。
「優里ちゃん、楽しそうね……」
隣に座っていた南條さんが呟く。僕は思わず苦笑した。確かに優里は笑顔で歌っている。優里は歌うことが好きなのだろう。
僕はそんな優里を見て、心の底から嬉しく思った。これからもっと多くの人に優里の歌を聴いてもらいたい。
(今度は現実のライブ会場で……)
僕はそう心の中で計画を立てながら、頭の中にある構想を膨らませていく。
きっと、今度のライブは今まで以上に素晴らしいものになるはずだ。僕はそんな確信を抱きながら、優里の初配信を見届けた。
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ライブは同接で2万人を超え、西宮優里のチャンネル登録者数も順調に増えていった。ライブの効果は絶大でSNSのトレンドに『西宮優里』の名前が上がるほどだった。
そして、ライブから一週間後……、Music Roomの公式からお知らせが配信され、親会社の事務所『CRE8』の所属タレントによる初の公式ライブの開催が決定した。
特別ゲスト枠に西宮優里が招待され、Vtuberだけでなくアイドルや声優など他業種からも人気の高いタレントが出演することになっている。
優里はこれで一瞬してバーチャルと現実の両方でライブをすることになり、一躍時の人となった。
ライブはまだ先ではあるが……、埼玉スーパーアリーナを満員にすることは間違いなく、チケットは即日完売。ネットオークションでは定価の二倍以上の値が付いているらしい。
優里のマネージャーを務めることになった僕にもその影響は大きく、仕事の依頼が殺到していた。
そして、今日は無事初配信が終わったということで、優里と関係者一同で打ち上げをすることになっていた。場所は予約してくれた都内の高級焼肉店である。
「いらっしゃいませ、本日はご来店誠にありがとうございます」
店員の丁寧な挨拶に緊張しながらも、僕たちは席まで案内される。既に席には天宮紫乃と南條こよりが座っていた。
僕は同じ折角同じ事務所なんだからという理由で笹川ゆきも誘ったのだが……、残念ながら断られてしまった。なんでも、彼女は今日は用事があるらしく、この場にいない。
「すみません、遅れて……」
「ううん、まだ集合時間より早いから大丈夫よ。それにしても、龍之介君は大変だったね」
「え、えぇ、あれ以降問い合わせが多すぎて……」
僕は南條さんの労いの言葉に返事をした。優里の初配信は西宮プロにも大きな影響を及ぼしていた。優里の人気が爆発すると同時に、取材などの依頼が舞い込んできていたのだ。
僕の仕事量は以前の比ではなく、朝から晩までずっと対応に追われていた。正直、かなり疲れていた。
「まぁ、仕方ないわよね。優里ちゃんのチャンネル登録者数は今じゃ30万人を突破しているんだもの。当然と言えば当然ね」
南條さんはどこか親のような表情で言った。
そして、隣で黙っていた天宮紫乃が優里と僕を交互に見ながら口を開く。
「あの、実は優里さんとマネージャーさんに相談がありまして……」
「僕も実は天宮さんにちょうどお願いがあったんだけど、先にいいよ?」
天宮紫乃というコンポーザーはいい音楽を作るのに世間に認知されていなかった。それが今回の一件によって一気に注目を浴びることになった。今では、彼女の曲を聴くためにMusic Roomにアカウントを持っているリスナーもいる。
そんな彼女の瞳は今は『クリエイターの眼』をしている。僕が言うまでもなく彼女はきっと僕の言葉を口にするという確信があった。
だから――、その一歩を踏み出すのは僕ではなくクリエイター同士に任せたいと思った。
「今回のコラボを一回で終わらすのは勿体ないと思うんです……、だから私、と一緒に音楽続けてもらえませんか?」
その言葉を聞いて、僕は思わず笑みを浮かべてしまう。
「それは僕の方から言いたかったことだよ。優里もいいよね?」
「うん、私も今回の曲凄い大好きだった。みんなも良い曲って言ってたし、紫乃さんにしか作れないような素敵な曲がいっぱいあると思います!」
「あ、ありがとう……」
天宮さんは照れくさそうに頬を赤らめながら俯いた。すると、南條さんが二人の会話を聞いて微笑む。
「ユニット結成ね。ユニット名とか決めたら面白そうじゃない?」
視線が一気に僕の元に集まる。なんでこういうのを考えるはいつも僕の仕事になってしまうのだろう……。
「はぁ、分かりました。考えておきます」
「よろしくね~」
南條さんは満足げに笑う。南條さんは念願の優里からのママ呼びの発言で完全に浮かれていた。
優里の初配信後には「ママも配信します」とかなんとか言ってゲリラで配信をしていた。コメント欄には「ママ、娘さんをください」「俺も娘になりたいです」などの声が流れており、南條さんはうっきうきで配信を行っていた。
それから南條さんは天宮さんと優里の肩を抱き寄せて楽しげに話し始める。
(この人……、まだ入店から三十分しか経ってないのにバリクソ酔ってやがる……)
僕は心の中で呟く。まぁ、お酒を飲むのは南條さんだけだから別にいいか……。僕はそんなことを思いながら、三人の楽しげな光景を見つめた。
南條さんのボルテージがマックスになったあたりで、僕はトイレに行き帰ってくると……、そこには天宮さんしかいなかった。
「あれ、優里と南條さんは?」
「あ……、二人なら南條さんがちょっとヤバい状態になったので優里さんが介抱しに連れ出してました」
何やってんだ……、あの人気漫画家。
「まぁ、そのうち戻ってくるだろ」
「はい、そうですね。あ、あの……、私もう一個だけ聞きたいことがあって……」
「ん? どうしたの?」
「えっと……、西宮プロに笹川ゆきさんって所属してますよね……?」
「え、ああ、いるけど……」
「やっぱり……、私の勘違いじゃなかった……」
天宮さんの表情はどこか暗かった。まるで、何かを思い詰めているような……、そんな表情。そして、天宮さんは意を決するように言葉を紡ぐ。
「その……、今度でいいのでゆきさんと会わせてもらえないでしょうか?」
「笹川と……?」
「はい……」
「どうしてまた……」
僕は疑問を投げかける。まあ、元々僕はこの打ち上げにゆきを呼ぶつもりではあったが……、まさか天宮さんの方から会いたいと申し出てくるとは思わなかった。
「どうしても確かめたいことがあるんです」
天宮さんは真剣な眼差しで僕を見る。
「そっか、分かった。ゆきには僕から伝えておくよ」
「ありがとうございます……、本当にすみません。わがまま言っちゃって……」
ゆきの話題が彼女の口から出たのはそれきりだった。だが、このやり取りが、後に大きく関わってくることになるなんて……、この時は想像すらもしていなかった。




