天使と悪魔の狭間で①
「呼んでるみたいだから、俺も行ってくるよ」
「ああ、行ってこい。ヨシュアなら大丈夫だ」
「そうね。早いとこ勝って、ここを出ましょう」
「お気をつけ下さいませ、ヨシュア様。私は、何か嫌な予感が致します……」
呼び込む声に歩みを進めるヨシュア。レメクとメーサは、ヨシュアの敗北などあり得ないと考えているようだが、ララだけは不安そうな表情でヨシュアを見つめていた。
「大丈夫だよ、ララちゃん。勝ってここを出よう」
「ヨシュア様……ご無事を祈っております」
不安気な表情のララに、その不安を取り除こうと柔らかい笑みで話すヨシュア。そんなヨシュアの行動に、少し不安が取れたのか、ララも女神らしい穏和な微笑みでヨシュアを送り出した。
仲間に背を向けて歩き出すヨシュア。
その顔は、固く険しい、戦いに赴く男の顔をしていた。
「来たか……準備は出来てるって顔だな」
「ああ、まあね。それで、戦うの? それとも、話し合うのかい?」
「フッ、そんなもの決まってるじゃん……生き残った方が、正義だ!!」
「くっっ!! いきなりだね!」
ヨシュアの合意を待たずに始まった戦い。頭を狙った蹴りを避けながら、抗議の声を上げるヨシュア。それに対して分身のヨシュアは、嘲笑うように鼻を鳴らして返す。
「フッ、戦いに合図なんかねえ! 死ぬか生きるかそれだけだ」
浅黒い肌と黒髪、そして背中に生えた骨ばったコウモリのような翼を持っている分身は、姿だけ見れば悪魔族に遜色ない容姿をしている。
この戦いは、天使と悪魔の戦いに他ならない。
「確かに、そうかもね。でも、相手を殺すだけが戦いじゃない。戦いを通じて分かりあえる事もあるよ」
「ハッ、しゃらくせえ! そんな甘い事言ってから、自分を制御出来ねえんだぜ? 弱虫ちゃん。何がエリーユだ! てめえはいつまで一人の女を引きずってやがる! 周りを見てみろ。お前に惚れた女ひとつ食えねえ意気地無しに、生きる価値なんて零だ」
「それを言われると痛いね……ララちゃんやメーサが俺を慕ってくれているのは分かってた。だけど見ないふりをしてた。また大切な人を失う事が怖かったんだ。意気地無しだと言われても仕方がない」
「ハッ、言い訳は終ったか? そんなに悩むなら俺が変わってやるよ。だから死ね」
「死ねないね。俺は此処に来て決めたんだ!! 彼女達を幸せにすると!!」
「だったらっ!! デスマッチの始まりだ!! 最初から全力で行くぞ!」
二人の話し合いが終わりを見せ、いよいよ本格的な戦闘へと移っていく。ヨシュアが羽を広げ構えると、ヨシュアの分身──悪魔が暴走モードへと姿を変える。
「俺はな、扱えるんだよ。この力が……」
それは非常にまずい事態であった。自我を保ちながら暴走モードを使えるという事は、ヨシュア自身も暴走モードへと変わらなければ勝利はないに等しい。
悪魔の変わりゆく姿を見て、ヨシュアは選択を迫られる。
(くそっ……ここで力を出さないと負ける!! だけど、もしここで暴走してしまえば皆が……)
暴走してしまえば、自我を失い仲間さえ傷つけてしまうかもしれない。そんな思いに駈られ、力を出す事を躊躇うヨシュア。
「こっちは気にするな!! お前の相手は目の前の自分自身だ!!」
「そうよ! もし、ヨシュアが私達に牙を向こうもんなら、私が返り討ちにしてやる!! だから、私達を信じて!」
仲間を傷つけたくない。だが、仲間の信頼を裏切りたくもない。ヨシュアがどちらを選ぶか──答えは決まっていた。
「ウオォォォォッッー!!」
仲間を信じ、力を解き放つヨシュア。黒き翼は白銀に染まり、額から生える凶悪な二本の角、そして左手は、全てを切り裂く刃へと姿を変える──
「フオォォッッー!! いいねぇ! そうこなくっちゃ!!」
ヨシュアの変貌を歓喜の雄叫びで見守る悪魔。此方の悪魔は既に変貌を遂げていた。骨ばった翼は四つへ増え、一回り大きくなっている。
ヨシュアと同様に生えた額の二本の角は黒く光り、左手の刃はヨシュアより大きく、更に凶悪さと強靭さを感じる。
「どれ、準備が整ったようだし……いざ開戦だ!!!!」
悪魔の声を合図に衝突する狂気──
左手の刃を振り回し、お互いの首を狙い合う。
蹴りがぶつかり合うと轟音を奏で、拳が交われば衝撃を生む。
生命の奪い合いとは、これほど苛烈で手に汗握るのかと、戦いを見守る仲間達も、体を前のめりにしてヨシュアの勝利を願っていた。
「どうした? そんなものかっっ!!!!」
「ぐっっ……オラァァッッー!!!!」
悪魔が蹴りを喰らわせれば、ヨシュアも負けじと拳を喰らわせる。拮抗する戦い。そこに、少しの変化が訪れる──
「ほらっ!! もっとボルテージを上げろ!! 次は70%だ!!」
悪魔が諭すようにヨシュアへ叫ぶ。すると、ヨシュアと悪魔の雄叫びが重なり、耳を塞ぎたくなるような怪音が響く。
──つんざくような雄叫びが治まると、二人は更に凶悪さを増していた。二人の体は、明らかに大きさを増していたのだ。
「ここからは、お前にとって未知の領域。ついてこいよ? 弱虫ちゃん」
吐き捨てるような悪魔の言葉に、ヨシュアの血管が盛り上がる。ここにきて、保っていた自我が薄れてきていた。
暴走を恐れ、力を抑えていたヨシュアにとって、七割以上の力を解放するのは本当に未知の領域だった。ここから先、自分がどうなってしまうのかさえ見当がつかないのだ。
「フオォォォォッッー!!!!」
「ウォォォォッッー!!!!」
打ち鳴らされるゴング。眩い光を放ちぶつかる戦慄。
天使と悪魔の戦いは、次のステージへと移っていく──




