震える拳
次の日、闇ギルドからの依頼を遂行するためエノクへ向かったヨシュアは、東門付近の森にある小屋へと降り立った。
森の中にポツンと存在する小屋だが、ボロボロの様子もなく比較的新しい小屋だとうかがえる。
『コンコンッコンコンッ』
と、扉を四回ノック(メーサと決めた合図)するヨシュア。──しかし、小屋の中から返答は無い。
(まだ来てないか……とりあえず中で待ってよう)
小屋の中へ入ると、ベッド、テーブルと椅子、それ以外の家具は無く、とても質素な作りだ。
(ちょっとした休憩場か? それにしても、今日の作戦、上手くいくかな……)
そんな事を考えベッドへと寝転ぶヨシュア。
暫く天井を見つめゴロゴロしていると、
『コンコンッコンコン』
と、扉をノックする音が小屋に響く。
そして、「闇マス」「変態」と、
二人のそんな合図が交わされると、小屋の扉がふいに開く。
「お待たせヨシュア……あれ~そんな所で待ってるなんて、何か期待してたのかな? フフ」
妖艶な笑みでヨシュアに問い掛けるメーサ。ヨシュアが『まずい』と思った時には既に後の祭りだった。
「フフッ。遂に一つになる時が来たのね」
ヨシュアに跨がったメーサは、そう言いながら顔を近付けていく。その時、
「あっ、ここになんか付いてる」
「えっ?」
メーサの頭に付いたゴミが気になったヨシュアは、自ら顔を近付けていき唇と唇が触れる寸前で止まった。
「キャッ!」と、ヨシュアから離れるメーサ。
何事か、と「どうした?」とヨシュアが問うが、メーサからの返事は返ってこない。
まあ、無理もない。大人の女に見えるメーサも、心は乙女だったという事だ。
(うわっー! 今凄い近かった!! って……なんで私は恥ずかしがってんのよ! 後もう少しでヨシュアとキス出来たじゃない!! でも、キスされそうになるって、こんなにドキドキするもんなのね。出来れば、ヨシュアからしてくれないかな……キャー!!)
ベッドの端でモジモジするメーサは、ヨシュアからの甘いキスを想像し一人悶絶していた。
「どうしたのメーサ? 具合でも悪いのか?」
「キス!! えっ!? いや!」
「キス? ……ん?」
不審がるヨシュアに、メーサはしどろもどろに反応すると、何か誤魔化せるものはないかと思案する。今の状況で自分からキスして下さいなど、とても言える心境では無かったのだ。
モゾモゾと体をまさぐる──すると、何かを発見したメーサは、それをヨシュアの目の前に差し出した。
「これは……」
「そ、そう、身分証よ! ちゃんと二枚有るから確認しなさいよ!」
「ああ、ありがとう! 助かったよ」
ヨシュアはそう言って身分証をメーサから受け取ると、確認もせず自分のポケットに入れた。
「ちょっと、確認しなくて良いの?」
「ああ、大丈夫。だってメーサが用意してくれたんだろ? だから大丈夫」と、ニカッと笑って答えるヨシュア。
その笑顔がメーサの心を締め付けた。
「もう……信頼してくれるのは嬉しいけど、あんたのそう言う所治した方が良いわよ! それでなくても、あんた騙されやすいんだから」
メーサの説教を受けたヨシュアは「そ、そうだね、ヘヘッ」と、困ったように頭を掻く。
(やっぱり私が居ないとダメね……)
「じゃあ、行くわよ! そろそろ子爵と顔合わせしなきゃ」
「あっ、うん! 分かった」
「ああ、それと、町に入ったらこれ着けて」
「ん? これは、仮面?」
「そうよ。闇ギルドの人間が、顔バレしちゃまずいのよ」
「ああ、確かにそうだね」
──人間界、エノクの町──
──東門へとたどり着いたヨシュアとメーサ。
ツカツカと門へと近付いていくと「何者だお前ら! 身分証を見せろ!!」と、少々態度が大きい門兵が叫ぶ。
そんな威圧感な門兵にも、二人は顔色一つ変えず身分証を見せる。
「よろしい。えーと……はっ!! これはこれは帝国の一級市民様でしたか! 失礼な態度、大変申し訳ありませんでした」と、身分証を見せた途端に態度を急変させた門兵。
理由は勿論、『帝国一級市民』と身分証に書かれた文字だろう。
人間界で帝国一級市民と言えば、貴族に次ぐ高い地位にいる人間だ。人間界には三つの大国『アルバーン帝国』『カイン王国』『アベル王国』と、それに列なる小国群が存在していた。
その中でもアルバーン帝国は別格の権威を示し存在しており、そのアルバーン帝国の一級市民と有れば、他国での扱いも貴族並みになる。
因みにエノクの町が有るのはアベル王国で、ヨシュアが冒険者として活動していたのはカイン王国だ。
「しかし何故帝国の一級市民様がこのような辺境に?」
怪しそうに聞く門兵に、メーサは顔をニヤっとさせながら答える。
「私達~最近結婚したばっかりなの~。だから、新婚旅行で色々な国の普段は行かないような所を回ってるの。ねえ~あ な た」
「えっ……ああ、うん!」
「はあ、そうでしたか。しかし護衛も付けず旅行ですか?」
「はあ! 私達の事疑ってるの!? これでもこの人は超強いのよ!! なんならここで相手してあげるわよ!!」
「あっいえ、そのようなつもりは! 失礼いたしました! エノクの町を存分にお楽しみ下さい──おいっ! 開けろ!」
門兵が焦った様子で他の門兵にそう指示すると、重い門が上がっていく。
「じゃあね~」
「ど、どうも……」
優雅に手を振るメーサとは対称的にヨシュアはどうも、どうも、と腰が低い。
あれが超強い男とは到底思えなかった門兵だが、帝国一級市民と揉め事など願い下げだったので、疑問に思いつつも二人の背中を見送った。
そんなヨシュアとメーサは町の中に入ると、人気が少ない路地裏へと姿を消す。
すると、仮面を付けた二人組が、屋根づたいに領主邸へと滑走していった──
──エノクの町『領主邸』──
『コンコンッ』
「なんだ?」
「スネーク様、闇ギルドから護衛が参りました」
「そうか、入れ」
スネークがそう言って招き入れると、仮面を付けた男女が入ってきた。
「ん……女に華奢そうな男? お前ら本当に大丈夫か? 私は一番強い奴らを頼んだ筈なんだが」
一見強そうに見えない二人組に疑問が浮かんだスネークは、嫌みったらしく二人に問い掛ける。
「お言葉ですが、この男はうちで一番の強者です。安心して背中を任せて頂けます」
「ふんっ。それは良いとして、お前は女ではないか、女に護衛が務まるのか? 見たところ良い体をしているみたいだが、娼婦の方がお似合いでは?」
なんとも失礼なスネークの物言いに、流石のメーサも拳を握りしめワナワナと震え今にもキレそうだ。
見かねたヨシュアはメーサの背中を優しく擦り、話題を変えるためスネークに質問をした。
「所で、護衛依頼という事ですが、誰に狙われているか見当はついているんですか?」
「そんなもの数えきれんよ。強いて言えば、この町で前領主の腰巾着をしていた『レメク』というのが怪しいな。あんな騎士爵のクソ虫など、即刻首を跳ねてしまいたい。ああそうだ、もしヤツが襲ってきたら殺してしまっても構わんよ? いや、だが、生け捕りにして拷問で苦しむ姿もまた一興か。フハハハッ」
そう、下卑た笑みで答えるスネーク。
答えを聞いたヨシュアの拳は、震えていた……。




