獲物を見つめる蛇
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──人間界、エノクの町『領主邸』──
「で……子供らは始末したのか? まさか、逃げられたなどの愚行を報告に来たんではあるまいな? どうなんだ、ん? お前からは血の臭いがせんぞ?」
領主の椅子に腰掛け、絡みつくような視線でねちっこく問い詰める、長身でひょろっとした男。
問い詰められている髭面のむさ苦しい男は、「え、あっ、はい……殺りました"サマエル様"」と、額から汗をだらだらと流しながら、言葉に詰まりつつも、そう捻り出す。
「どこで殺った? どんな方法で? 返り血は? 死体の一部は? ──本当に殺ったんだろうな?」
「…………」
まるで尋問のような質問の嵐に、髭面の男は何をどう答えれば良いか最早分からなくなる。たとえ答えたところで揚げ足を取られて終わり、そう思うと、言葉は喉を鳴らさなかった。
サマエルはそんな髭面の男に「お前が死ぬか?」と、獲物を狙う蛇のような視線を浴びせる。
「そ、それだけは!」と、懇願する髭面の男。
サマエルはそんな情けない姿を晒す男に「ふっ」と、小馬鹿にしたように鼻を鳴らし、冷たく言葉を返す。
「ならば正直に答えろ、何処で逃がした?」
「せ、正門から少し行った所で、いつの間にか縛ってたガキどもが逃げ出したんです……いやっ! 追いかけて捕まえたんですよ! だけど……」
「なんだ?」
「ば、化け物が現れて……ガキどもを拐っていったんです」
「化け物? 魔物か?」
「分かりません。人の姿に似ていましたが、頭に二本の角と背中に翼? を生やしたヤツです」
(二本の角に翼……まさか悪魔か? 何故悪魔がこんな所に? ……まあ、いい。悪魔に連れ去られたとあれば此処には戻ってくる事は無いだろう。となると、結果的には子供らを始末出来たという事か)
「分かった。次は失敗するな」
「は、はい! 任せて下さい!」
「では、次の仕事まで待機していろ」
「サマエル様は本当に懐がお広いお方で。そ、それでは失礼します」と、逃げ出すように部屋を後にする髭面の男。
「おい」
髭面の男が出て行って少し経つと、サマエルは誰かに呼びかけるように声をあげる。
「「は、お呼びでしょうか」」と、姿は見えないがサマエルの上、天井辺りから二人の男らしき声が返ってきた。
「ヤツが本当の事を言っているか調べろ」
「はい。方法は?」
「拷問でもなんでも好きにしろ。吐かせた後は殺せ──もう利用価値はない」
「「了解です」」
天井裏の気配が消えると、サマエルは領主の椅子へと深く座り直し部屋を眺める。
(この椅子と辺境伯の地位も、もうすぐ私のものだ……ゆくゆくは王国の姫を貰い受け公爵、そしていずれは人間どもを支配し『王』となろう……)
──人間界、荒れ果てた地『ヨシュア邸』──
その頃、子供達を救ったヨシュアは事情を聞くため自宅へと二人を連れ帰っていた。
「さあ、食べて。甘くて美味いぞ」と、真っ赤な果実を子供達に差し出すヨシュア。
「あ、ありがとうございます。いただきます」
「わーい! ありがとうおじちゃん! いただきます!」
嬉しそうに果実を受け取る子供、だが中々口をつけない。
「どうした? 遠慮しないで良いんだぞ」
「あ、はい。ですが……ナイフとフォーク、それにお皿は?」
遠慮してるのだろうと、気遣う言葉をかけたヨシュアに聡明そうな男の子がそう返した。
「え? いや、こうガジッと噛りついて良いんだぞ」と、噛る真似をして伝えるヨシュアだが、とうの子供達は困ったような顔をしてしまった。
「すいませんが、そんなはしたない真似は……」
「そうだよ。じいがダメって言ってたもん」
「はは……そうか、じゃあちょっと待っててくれ」
ヨシュアは(どうやら丸噛りは子供達に不評なようだ)と苦笑いを浮かべ台所に果実を持って消えた。
ヨシュアが居なくなると、今度はララが子供達に話しかける。
「えっと、アダム君とイブちゃんですよね? 二人は兄妹かしら?」
「はい、そうです」「そうだよー」
「そう、二人はいくつになるのかしら?」
「僕は十二歳になります」「イブはね四歳!」
「アダム君はとっても賢そうね。イブちゃんはとっても可愛い!」
「あ、いえ」と、照れくさそうに答えるアダム。こんな綺麗な女性に褒められればこの年頃は照れてしまうのも分かる。
それを優しげに見つめ微笑むララ。しかしこの後、とんでもない言葉がララの耳に入ってくる。
「ありがと~、おばちゃんも可愛いよ!」と、可愛いらしく答え、逆にララを褒める優しいイブなのだが……。
「お、おばちゃん!? 私は豊穣の女神ララ・デメテールですわ! 女神なのですよ!」
どうやら『おばちゃん』と、言う言葉は女神様の機嫌を損ねるワードだったらしい。
「え、そうなの? め、女神様? も可愛いよ」
「イブちゃんは本当に素直で可愛いですわね」
なんとか機転をきかせ言い直してくれたイブによって、機嫌を直したララだが……アダムは頭がおかしな人を見るような目をララに向け、イブも困ったような表情を浮かべている。
女神様よ、本当にこれで良かったのか? そんな事を言いたくなってしまう空間、そこに──救世主が現れる。
「お待たせー、剥いてきたよ──ほれ、それにフォークとナイフ。これで食べられるか?」
瑞々しい果実をお皿に盛ったヨシュアが現れた事で、アダムとイブの意識はそちらに移り、ララによってカオスと化した空間が正常へと戻っていった。
ああヨシュアよ、女神様を救いたまえ……。
「わざわざありがとうございます。じゃあイブ、食べようか?」
「うん! 美味しそう!」
「「いただきます」」
シャクシャクと小気味良い音をさせ果実を頬張るアダムとイブ。
「美味しい! なんですかこの果実は!? こんなに美味しいの食べた事ないです!!」
「うん! すごーく美味しい!」
真っ赤な果実はアダムとイブに大好評らしく、二人は美味しい美味しいと言いながら凄い勢いでシャクシャクと食べ進める。
「お気に召したみたいで良かった。食べながらで良いんだが、君達の事情を聞かせてくれないか?」
ヨシュアの言葉に、アダムは悲しそうな表情を浮かべ持っていたフォークをコトリと置いた。
「…………」
「悪いが聞かせてもらうぞ」と、黙ってしまったアダムに少しきつめに言葉を続けたヨシュア。
ララの時とは違い、今回は子供の命が消されようとしていたのだ、そこにある悪意はとても見過ごす事は出来ない。それに、一度関わってしまったからには責任を果たさなくては、とヨシュアは考えていた。
すると、ヨシュアのそんな思いが伝わったのか、アダムは重い口をゆっくり開いた。




