小さな領主
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──僕達は……」
その言葉の後、アダムは静かに語りだした。
「僕達はエノク領主の子供なんです。まあ、父は病で、母もイブを産んだ時に亡くなりましたが……」
(ああ、それでか)
どことなく普通の子供達とは違う気がしていたヨシュアは、アダムの言葉に得心がいった。着ている服も上等なもの、喋り方もイブは兎も角、アダムはどこか上品な感じがしていたのだ。
「そうか、それは残念だったな……じゃあ、今の領主は?」
ヨシュアの問いにアダムは苦い表情で答える。
「現領主は僕です。ですが、僕はまだ領主としては何の役にも立ちませんし、正式な就任式まで国からは領主として認められません……なので、父は『サマエル・スネーク子爵』という人物に僕達の後見人と領主代理を頼みました、といってもスネーク子爵しか来てくれなかったんですがね……」
「お父上は他の人にも頼んでいたのかい?」
「ええ。ですが、父は善政を履き違えた馬鹿な領主として、他の貴族からは疎まれていました」
「善政を履き違える?」と、聞き慣れない言葉に疑問を口走るヨシュア。
「はい……貴族というのはいくら善政をひく領主といえど多かれ少なかれ裏で取引をしています。所謂、上納金です。その金を元に上の貴族や王家にとりいり、自分達の地位を確固たるものにしていくんです」
「お父上はそれをしなかったのか」
「そうです、父は上納金の類いは一切受け取らず、国にも決められた税金しか払っていませんでした。父は自分の地位よりエノクの町の発展に生涯を捧げました。だから、民からは好かれていても他の貴族からはつま弾きにされていたんです。ですから、そんな父の願いなど誰も聞いてはくれなかった」と、悔しそうに唇を噛み締めるアダム。
「でも、スネーク子爵? は来てくれたんだよね?」
「そうです、けどあの人は……」
「もしかして、アダムとイブを狙ったのって」
「確たる証拠はありませんが、恐らく……スネーク子爵です」
「どうしてこんな可愛い子供達を……信じられませんわ」と、それまで黙っていたララが、険しい表情でそう呟いた。
ヨシュアもララと同じ意見だった。どうしてこんな可愛い子供達の命を狙うのか? どんな事情が有ろうととても許せる事ではない。
「そう思うって事は、思い当たる節があるんだよね?」
ヨシュアは憤る気持ちを抑えつつ、なるべく優しくアダムに問いかける。
「あります……父が亡くなった後、領主代理兼僕達の後見人としてやって来た子爵は、来て早々それまで僕達の世話をしていた執事やメイド達を追い出したんです。僕に甘えが出ないよう教育するためだと最もらしい事を言って。それから、僕達を外の世界と遮断しました。理由を聞いても僕達のためだ、としか返って来ませんでした。そしてある日、聞いてしまったんです──
それは夜中、アダムが中々寝付けず気分転換に屋敷を散歩していた時、たまたま通りかかった執務室でスネーク子爵の話し声が聞こえてきたのだ。
気になったアダムは忍び足で近付き聞き耳を立てた。
「それで、子供らが病気で臥せっている噂は浸透したか?」
「はい。その事を知らない者は最早居ないかと」
(僕達が病気? 何故そんな嘘を……あっ! だから僕達を外に出さず、誰とも会わせないようにしていたのか!)
「では、そろそろ次の段階に移行するか。一応、足が付かないよう使い捨ての人材を探しておけ」
「了解です、サマエル様。……所で誰か外に」
誰かも分からないその声に──アダムは気付かれたと焦り直ぐ様自室に戻ると、毛布を被って盗み聞きした子爵の会話を思い出していた。
(一体、子爵は何を企んでいるんだ? まさか……僕達を殺して自分が領主に成り代わろうとしているのか? でも、こんな善政でガチガチの領地なんて持った所で、面倒なだけじゃないか? 兎に角、誰かに報せないと)
その日からアダムは屋敷の隅々まで探索を繰り返し、監視の緩くなる時間や場所を探していた。そして一週間が過ぎた頃、アダムはようやく監視の隙が出るタイミングを見つけ出す。
(明日は一週間に一度の子爵が外で食事を取る日、その日は子爵の帰宅が遅くていつも以上に監視の目が緩くなる。明日、屋敷を抜け出して父の従者だったレメクさんに子爵の事を相談してみよう)
そう決断したアダムだが、次の日、予想に反した出来事が起こる。
「アダム様、サマエル様がお呼びです」
子爵が連れてきた従者の一人が、部屋を訪れ伝えてきた。そろそろ外出する時間なのに何の用だろうか、と不安な気持ちで子爵の元へ向かうアダム。
──コンコンッ。
「アダムです。お呼びでしょうか?」
「ああ、入ってくれ」
アダムが部屋に入ると子爵は椅子に深く座り此方を見ていた。 それに対して、そこは父の席なのに、と不満を覚えたアダムは少し苛ついた口調で「何の用でしょうか」と、子爵に問う。
「まあまあ、そんなに怒るな。今日は一緒に食事でもしに行かないか?」
「えっ? きょ、今日ですか!?」
子爵の突然の誘いに動揺を隠しきれなかったアダムは、ひどく驚いた表情を見せてしまった。
「んっ、どうした? 不満か?」
子爵のねちっこく探るような視線にアダムは心を乱される。
(どうする? ここで断れば、怪しまれてさらに監視の目がキツくなるか? そうなれば子爵の怪しい言動も伝えられなくなる……)
「いえ、少しビックリしただけです。しかし、何故急に?」と、なんとか冷静を装いサマエルに言葉を返したアダム。
「まあ、たまには気分転換も必要であろう?」
「そうですね。お気遣い感謝します」
「であれば、先に馬車で向かってはくれぬか? 私は少しやる事がある」
「え、ああ……はい。分かりました」
その後、アダムとイブは馬車に乗り屋敷を後にするのだが、何故か馬車は西門へと進んでいた……。
(外から遮光されていて何処へ向かっているか分からない……)
馬車の中に灯る薄暗い灯りが、アダムの不安な気持を増幅させていく。
「お兄様~、今日は何食べるの?」
「ん? なんだろう。楽しみだね、イブ」
「うん! イブ甘いものが食べたいな~」
「そうだね。あると良いね」
アダムとイブがそんな会話をしていると、ガタッと馬車が止まる。
「おいっ、こんな時間に何処へ行く?」
「スネーク子爵様のご用です」
「ああ、そうか。では通れ」
「へい」
(なんだ? 通れ? 何処へ向かっているんだ!!)
「おい!! 何処へ向かっているんだ!!」
ドンドンッ!
馬車のドアを叩いて怒鳴るも返事は一向に返ってこない。
そして、アダムとイブに待っていたのは温かい食事等ではなく、髭面の男の血走った目だった。
──という訳です……」
事の次第を話し終えたアダムは、少し疲れた表情を浮かべていた。
「話してくれてありがとう。今日はもう疲れただろうから休んでくれ。イブちゃんはもう寝てしまったみたいだしな」
スースーと静かな寝息を立てるイブを見ながらヨシュアがそう伝えると、アダムは小さく頷く。
「ありがとうございます。部屋は?」
「ああ、気にしないでくれ──ララ、アダムとイブを部屋に案内して上げてくれ二階で空いてる部屋なら何処でも良いから」
「分かりましたわ──さあ、行きましょうか」
「はい」
アダムはイブを背負うと、ララに案内され客室へと向かっていく。ヨシュアはその背中を見つめ、これからどうするか、思案していた。
(さて、どうしたものか。スネーク子爵というのが裏で動いているなら、アダムとイブをみすみす帰す事は出来ないしな。とりあえず、話しの中に出てきたレメクという人物と会ってみるか? 乗り掛かった船だ、なんとかしてやりたいな……)
ヨシュアは真っ赤な果実を噛りながら子供達の未来を憂いていた。




