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テンキュウノアメ  作者: ルシア=A.E.
93/96

1.11.6 吊るして、誤魔化して

 宿の外では、大量のウサギ、かなりの数の鹿、そして数匹の熊がそれぞれ首を切断された状態で、丸太で組んだ簡易的な櫓に、逆さ吊りの状態でぶら下げらていた。血が体内に残っていると肉が臭くなる原因になるので、いわゆる血抜きをさせられていたのだ。ちなみに、肉を煮たときに出る灰汁は、この血抜きによって抜けきらなかった血液などが熱によって凝固したものだったりする。


 そんな血抜き作業を行っていたのは、獲物を狩ってきた本人のアメとアオだった。アメが獲物の首を出刃包丁(と見せかけた自分の爪)で切り飛ばして、首が無くなった獲物の足にロープを引っかけると、アオがそれ引っ張って櫓から吊り下げていく。


 そんな2人の作業は、町の人々の視線を釘付けにしていて、皆、少し離れた場所から羨望の眼差しを向けていたようである。アメとアオの行動に興味が湧いたということももちろんそうだが、これから先、本格的な冬を迎える町の人々にとって大量の獲物というものは、文字通り宝の山のように見えていたのだ。


 それゆえに、アメたちの目を盗んで、窃盗を働くものが出る可能性は大いにあった。しかし、幸いと言うべきか、誰もアメたちの獲物には手を出そうとはしなかった――否、手を出そうとは思えなかったようである。というのも――、

 

「よっこいしょー!」


  ビィィィン!!


――アオが自分の体重よりも遥かに重いはずの熊などを、軽々と櫓の上に吊り上げていたせいで、その場には異様な雰囲気が立ち込めており……。窃盗云々以前に、誰も彼女たちに近づこうとしなかったのだ。このとき、町の者たちは、皆共通してこう思っていたに違いない。……あの獲物に手を出せば、次に櫓から吊り下げられるのは、動物たちではなく、自分達になるのだろう、と。


 そんな中で、アメたちに話しかけられる人物と言えば――、


「よくもまぁこんなにも狩ってきましたねぇ……。大収穫と言うか、大殺戮というか……。でも、鶴しゃんはいないようでしゅね。あと狐しゃんと、狼しゃんも」


――と口にする身内のシロや――、


「狸もいないんじゃないかね?気を回したのかい?」


――と質問する宿の店主くらいのものだった。他にアカネたちも気兼ねなく話しかけられるはずだが、彼女たちは満腹になったせいか、うまく耳と尻尾を隠せなかったので、今は宿の部屋で留守番という名の昼寝をしているところだ。ちなみにナツも彼女たちと一緒に眠っていたりする。


 結果、シロとの宿屋の女店主から話しかけられたアメは、周囲の視線が自分たちには向いておらず、そのすべてが、大きな熊を吊るしているアオへと向けられていることを確認してから……。彼女はシロと店主に向かって、あまり町の人々には聞かれたくない類いの返答を口にし始めた。


「ワシとしては、狐を狩ることに躊躇(ためら)いはないが、宿にはアカネもおるし……さすが、あやつも狐が目の前でバラされるのは見とうないじゃろう。狼も同じ理由じゃ」


「アメしゃん、やっぱり優しいんでしゅね」

 

「……ふん。ただの気まぐれじゃ。あと、鶴と狸は単純に見かけなかっただけじゃ。見つけておったら真っ先に狩っておったはずじゃ。……本当じゃぞ?」


「はいはい、そうでしゅか」


「……お主、その顔、全然信じておらんじゃろ?実際、熊は、偶然見かけたゆえ狩ったのじゃ。その他、鹿は……」

 

「「鹿は?」」


「……ふん。昨日、ワシらに"熊"をけしかけたあの外道鹿を捕まえて血祭りに上げてやろうと思っての?それで、鹿を見つけ次第、片っ端から狩って回っておったら、この有り様じゃ。じゃが結局、あの鹿のことだけはどうしても見つけられんでのう……。仕方ないゆえ、明日もまた探しに出掛けようと思っておる。今度こそあやつを見つけて……あの腹立たしい首を根本から捻り切ってやるために、の」にやり


 そう言って口許を吊り上げて鋭い犬歯を見せるアメは、狐どころか、生粋の肉食獣のような雰囲気を放っていた。どうやら、"鹿"から化け物熊の退治を押し付けられたことに対して、相当に憤っているらしい。なにしろ化け物熊は、狩るのに難儀した割に、肉は酷い腐臭にまみれていて、毛皮もなぜか(ぬめ)りがあり、身体のどの部位も売れるような代物ではなく、びた一文、手に入れられなかったからだ。ただただ骨折(ほねお)り損のくたびれ儲け。そのことがアメの怒りを煽っていたようである。

 

 まぁ、化け物熊が売れなかった本当の原因は、アオが力加減を間違えて、化け物熊をバラバラの肉塊にしてしまったことなのだが……。いずれにしても、半ば"鹿"に化け物熊退治を押し付けられる形になったことが、アメの不満の原因であることに相違はないだろう。


 そんな彼女の姿を見た宿の店主は、このとき何故か青い表情を浮かべていて、さらには身震いすらしていたようである。この日は小春日よりの比較的陽気な一日だったので、もしかすると、風邪の引き始めだったのかもしれない。


 一方、食物連鎖のヒエラルキーの頂点付近にいる鶴のシロの場合は、ヒエラルキーの下方に位置する狐であるアメの怒りを前にしても、特に表情を変えることはなかった。

 

「しっかし、良くもこんなに大量の獲物を持って帰ってこられましたねぇ……。狩ったことよりも運んできたことの方が驚きでしゅ。いったい、どうやってこんなにも運んできたんでしゅか?」


「ふむ……ワシにもよう分からんが、アオがそういう"力"やら、怪力やらを持っておるらしくての?荷物運びを買って出て、ここまでいっぺんに運んできてくれたんじゃ」


 そういってアメが後ろを振り返ると、その視線の先で血抜きの作業をしていたアオもしっかりと2人の話を聞いていたらしく――、


「そうなんですよ。私、実は怪力を持っていまして……じゃなくて、それじゃ人聞きが悪いです。誤解も招きますから、もっと別の言い方で言ってください」


――と口にしながら、ビィンッと獲物を吊るしたロープを引っ張りあげた。


「む?別の言い方じゃと?お主が何を言いたいのかはよう分からんが……ではこうしよう。"化け物じみた力を持っておった"、と」


「いや、それ、悪化しています」


「悪化じゃと?ふむ……なら、うら若き女子(おなご)とは到底思えぬほどの力で――」


「悪化はしていませんけれど、改善もしていませんよ……」


「注文が多いのう……。なら、お主は何と言えば良いと考えておる?」


「そうですねぇ……か弱い少女のような力をうまく使って――」


「お主……ワシに嘘をつけと申すのか?」

 

「も、ものは言いようですよ、言・い・よ・う。例えばですけれど……シロさんは、一見するかぎりか弱く見えますが、実際にはどうです?」

 

「……なるほど。確かに詐欺じゃな。まぁ、実際には鶴じゃが」


「……アオしゃんとアメしゃん?それはどういう意味でしゅか?わっちにも分かるように説明してくれましぇんかね?」にこぉ


「な、なんでもありませんよ?ただのモノの例えです」がくがく

 

「まぁ良いではないかシロよ。そんなわけで、この大量の獲物たちは、アオが、いともか弱い力を上手く使こうて、ここまで運んできてくれたんじゃ……で、良いのじゃろう?アオよ」


「……自分で言っておいてなんですが……虚しいです……」がっくり


 と言って肩を落としつつ、獲物を吊るしたロープの先端をやぐらの柱に括り付けるアオ。その際、ロープからは絶えず、ミシミシと何かが軋むような音が響き渡っていて……。どの辺がどう()()()のか、身内を含めて誰にも理解できなかったようである。


「……アメしゃん。わっちもあんな風に怪力を持っているように見えましゅか?」


「シロか?シロはどう考えても()()な部類じゃろ。力を持っていて使わぬのか、それとも単に非力なのかは分からんが、人間ごときに一方的に虐められておるくらいじゃからのう……。まぁ、これまでに、何度も狐が鶴に食われておるところを見かけたことがあるゆえ、お主のことを手放しに非力じゃと断言することはできぬが……」


「狐しゃんは基本的に臭い(くしゃい)でしゅから、食べてもあまり美味しくないんでしゅよね……。よくちょっかいをかけてくるので追い返しゅことはありましゅけど、わっちは食べようとは思えましぇん」


「……つまり、食らうたことはあるんじゃな?」


「アメしゃんだって、鶴しゃんを食べたこと、ありましゅよね?」


「…………」

「…………」


「ふっ……」

「ふふふふふ」かたかた


「なんかあんたら怖いね……」


「そういうお主も、これまで鶴や狐の1匹くらい食らうたことはあるじゃろ?」


「は、はははっ……」


 宿の店主は、そんな乾いた笑い声を残してその場から去っていった。それがアメの問に対する肯定なのか、あるいは否定なのかは定かでないが、答えにくい質問だったことだけは確実だったようである。


 そしてアメたちによる獲物の血抜き作業は一通り終わり、あとは解体して売るか、あるいは宿屋の店主に渡すだけとなった。

 

前回の投稿から間が空いちゃった☆(開き直り)。

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