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テンキュウノアメ  作者: ルシア=A.E.
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1.10.5 降って、跳ねて

 時間は流れて深夜過ぎ。町の中を静けさが包み込んでいた。

 

 町中から物音は聞こえず、動物の鳴き声すらも届かず……。草木を揺らす風の音すら聞こえないという文字通りの静寂。普段とは異なるその異様な気配に気づいて、アメは、ふと目を開けた。


「……嫌な感じじゃ」


 耳なりがするような静けさ。アメが考える限り、その原因はただひとつだけ……。


「……来たか」


 ナツを起こさないよう寝床からそっと起き上がり、部屋に備え付けられていた木の窓を少しだけ開けて……。そして、そこから外を覗き見たアメの視界に入ってきたものは――


「……冬、か」


――空から静かに舞い降りる冬の使者。白い綿のような雪の姿だった。町に舞い降りる雪が、すべての音を吸い込んでいたのだ。


 その光景はアメにとって受け入れがたいものだった。彼女が南へ向かって旅をしているのは、冬の寒さに耐えられるかどうか分からないナツのことを思ってのことなのである。雪に追い付かれてしまった今、彼女の危機感は、いよいよ焦燥感へと変わり、眉間に深い皺を刻んでいたようである。

 

 雪の姿にアメが眉をひそめていると――

 

「……雪でしゅか?」


――シロが目を覚ましたらしく、問いかけてきた。


 そんな彼女の姿は、ここが宿屋だったこともあり、普段の鶴の姿ではなく、人の姿をしていた。その上で、同じく人の姿をしたアカネに抱きつかれながら眠っていて……。2人の姿を一見する限りでは、本物の姉妹のように見えていたようである。

 

 なお、狼たちは、諸事情により、モフモフとした元の姿に戻っているようだが……。彼女たちがなぜそのような状況に陥ったのかは、脱線が長くなるので説明を省略する。


「うむ、雪じゃ。……すまん、起こしてしもうたか?」


「寝付きは浅い方でしゅから、アメしゃんが気にすることはないでしゅよ?」


「左様か……ならば、今度は感づかれぬよう気を配らねばのう?」


「ふふっ、期待しているでしゅ。それで……どうでしゅか?1年……いえ、半年ぶりの雪は?」


「雪はあまり好きにはなれん。一面が雪に覆われると、獲物は見つかりにくくなるし、ただひたすらに寒いだけじゃ。それに……」


「ナツちゃんでしゅか?」


「うむ……。こやつの身に堪えるのではないかと心配でならぬ……」


「……今の言葉、本心でしゅね?」


「……さぁの」


「もう、みんな知ってるんでしゅから、普段から素直にしていれば良いのに……」


 ナツを大事に思っていることを認めようとしないアメを前に、シロは呆れを隠さず、大きくため息を吐いた。しかし、アメにはアメのアイデンティティー(?)があるらしく、彼女には考えを改める気は無かったようだ。ただ、アメとシロの2人だけしか目を覚ましていないこの時だけは、比較的素直だったようだが。


「……この地で生まれる人間は、そのほとんどが長くは生きられん。食料が確保できんかった冬には、赤子や子供を中心に、"山の神"とやらの贄にされるのじゃ。……まぁ、そのお陰でワシは、こうして生きていられるんじゃがのう」


「……そうでしゅか。なら、アメしゃんにとってのナツちゃんは……」ふぁ~


「……さぁの?単なる気まぐれで育てておるのか、玩具のようなものか、あるいは大きく育ててから食べるつもりか……。いずれにしても、その時の気分次第じゃな。……ワシのことを見損なったか?シロよ。この人喰い狐のことが……」


 シロの方を振り返らず、外の景色に向けた目をそっと細めるアメ。


 対するシロの返答は、至極簡単なもので――


「…………zzz」


――静かな寝息だったようである。


「……もう寝るか」


 そう言って大きなため息を吐いた後……。アメは再び寝床に戻り、そこでナツに腕を回して、大切そうに彼女の頭へと頬を寄せたのであった。



「にゅっ?!こ、これが雪……!」きゅぴーん


「ぐ、ぐぬぬ……!」ぷるぷる

「お、抑えるんだ……!」がくがく

「が、我慢するんだよ……!」わなわな


 翌朝、太陽が登ってまだ間もない頃。宿の外に出たアカネたちの視界に入ってきたのは、一面の白だった。もちろん、鶴の方の"シロ"ではない。いわゆる銀世界である。

 

 それを見た少女(?)たちは、今にも走り出しそうになるのを我慢するかのように、怪しい動きを見せていた。元がイヌ科の獣であるせいか、雪を見ると走り出したくなる気分になるらしい。

 

 そんな中、一人だけ完全に我を忘れて、今まさに走り出そうとしていた者がいた。そんな()に気づいて、シロが忠告する。


「アカネちゃん?ここは我慢でしゅ。我慢しないと、人間しゃんに怪しまれて、変身していることがバレてしまいま――」


「う……うにゃっ!」


ズボッ……


「……まぁ、その程度なら良いでしゅけど……」


 心配そうな表情を浮かべていたシロの前で、アカネは勢いよく跳び跳ねると、真っ白な雪に向かって頭から飛び込んだ。どうやら狐としての衝動に勝てなかったようである。


 ちなみにこの雪。一晩で降り積もった深さは、それほどでもなかったらしい。


「は、はにゃ、ぶちゅけたぁ~」


 雪に飛び込んだ先で、アカネは鼻を地面に打ち付けてしまったようである。


 それを見た先輩狐が、苦言を呈する。


「まったく……自業自得じゃ。ここは人の町なんじゃから、あまり目立つことをしてはならんぞ?」


「んにゅ……」


「まぁ、子供らしく走り回るくらいなら良いが――」


「にゅっ?!」

「「「?!」」」


「――羽目を外しすぎて人に正体がばれたら、シロの飯は二度と食えぬものと心得よ。それが分かったなら遊びに行っても良い」


 と、まるで親のように、アカネや狼たちへ忠告するアメ。彼女のその言葉にアカネたちはお互い顔を見合わせて、首を縦に振ったり、横に振ったり……。


 そして、10秒ほど話し合った後――


「少しだけ行ってきます!」

「ちょっと走ってくるよ!」

「なに、あたいらは雪になれてるからね。我を忘れたりはしないさ」

「……って言ってる皆のことを、無茶しないよう見てくるさね」


――と、アカネと狼たちは、4人揃って、降ったばかりの雪の上へと駆け出していった。


「皆しゃん、元気でしゅねー」


「シロよ。何ならお主も走ってきても良いんじゃぞ?」


「アメしゃん……実は、わっちが鶴なこと、忘れてましゅよね?」


「鶴もたまには走るじゃろ。何なら、ほれ。ワシの"懐炉"を貸してやるぞ?持っていくが良い」


「…………」にたぁ


「……やめておきましゅ」


 アメが差し出した懐炉(?)は、確かに暖かそうではあったものの、間違っても使い捨てではなかった上、背筋がゾクゾクとするような怪しげな笑みを浮かべていたようだ。そのためかシロは、走る走らない以前に、アメの提案を固辞して、一歩後ろに下がってしまう。

 

 そして彼女は、話を誤魔化すように話題を切り替えた。


「そういえば、アオしゃんはどこに行ったんでしゅかね?」


「さぁ?ワシも知らん。今まで山に籠っておったゆえ、この町に知り合いがいるとも思えぬし……まぁ、飯の時間になったら、ひょっこりと帰ってくるじゃろ」


「子供みたいでしゅね……。じゃぁ、そろそろわっちは、朝食を作ってしまおうと思いましゅ」


 シロはそう言うと、宿の中へと戻っていった。


 それからアメは、宿の入り口のすぐそばに立って、アカネたちを見守りつつ、足元にあった雪を掬い取り、それを使ってナツと遊んでいたようである。本人に自覚は無かったが、彼女は文字通りの"保護者"になっていたようだ。

 

 そんな折、アメの後ろ――具体的には宿の中から声を掛ける者が現れた。宿屋の女店主だ。


「お客さん、ちょっと良いかい?もしかすると的はずれな質問になるかもしれないけどさ……もしかしてあんたたち、狼かい?」


 いきなり飛んできたその問いかけを聞いて、アメは思わず面食らった。……自分の変身は完璧のはず。"どこかの子狐"のように、耳や尻尾が出ているわけではない。にもかかわらず、なぜ自分は人間ではないと疑われたのか……。アメが考える限り、これと言って断定できるような原因は、まるで思い付かなかった。もちろん、ナツに原因があったわけでもない。

 

 それを考えると同時に彼女はこうも思う。……この店主は自分たちのことを狼だと思っている。ということは、自分の正体が見破られたわけではない。つまり、自分たちの見た目に原因があって正体が疑われたのではなく、他に何か疑われるような理由があるのではないか、と。


 結果、変身に自信があったアメは、自分が人であるという主張を突き通すことにしたようである。正体がバレていない今なら、まだなんとか誤魔化すことができるはず――そう判断したようだ。


「……狼?なんの話じゃ?ワシらは旅人ゆえ、この地の事情にはあまり明るくはないんじゃが……ここいらには人の姿をした狼でも出るのかの?」


「そうかい……。そりゃ失礼なことを訊いたね。似たような()()がしたもんだから、てっきり狼かと思っただけさ。だけど、そうなると……」


 店主がそう口にした直後――


ボフンッ……


――彼女が白煙に包まれた。それは、アメたちのように人に化ける獣が、変化(へんげ)をする瞬間に生じる現象そのもの。

 

 つまり、店主は人ではなく――


「……同類ってわけでもないけど、近からず遠からず、ってところなんだろ?」


――目の周りが黒い毛で覆われた、尻尾の太いずんぐりむっくりな獣。狐にとっての隣人、"狸"だったようだ。


……この世界、実は、"人間"がいなかったりして?

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