1.10.4 船を知って、宿に着いて
ザバァァァァンッ!!
「見れば見るほど、大きな水溜まりと区別がつかん……」
「この水溜まりを見ていると、不思議な気分になってきますね……」
「でしゅから、水溜まりではなくて、う・み、でしゅ!う・み!どこをどう見たら水溜まりに見えるんでしゅか……」
「ん・ま?」
「あ、お魚さんが泳いでる!」
アメたち一行は、町の中をそのまま進み、海辺の砂浜までやって来ていた。
そこには陸に上げられている船や、陸地から程近い場所に浮かぶ船、あるいは沖まで出ている船もいて……。一部の船は、水平線の先まで向かっているようだった。ただ、沖の方ではうっすらと靄が出ているらしく、水平線の向こう側に陸地と思しき影は見えず……。水溜まり(?)の先に目指すべき南の地があるかどうかまでは、アメたちには分からなかったようだ。
……尤も、アメの場合は、陸地の有無を気にする以前に、別のことが気になって仕方が無かったようだが。
「あの木の箱……。かねてから何に使うものかと疑問に思っておったが、水に浮かぶための道具じゃったか……」
「アメしゃん……もしかして、船を見るのは初めてでしゅか?」
「フネと言うのか……。もの自体は、お主が住んでおった村などで見かけたことがあるが、水に浮かぶためのものじゃとは知らなんだ」
アメはそう口にしながら、浜に上げられていた船を、しげしげと観察した。長い間、山奥で、狐として生きてきた彼女は、どうやら人の乗り物に疎かったようである。
しかし、アメ以外の者たちは、皆、船が何かを知っていたようだ。
「僕、知ってるよ?お魚さんを捕るための乗り物だよね?」
「私も知っています。川を下るのに使われているのを見たことがありますので」
と、それぞれ、船について知っていることを口にするアカネとアオ。
渡り鳥であるシロは当然知っているので置いておくとして……。その他、狼たち3人組も、船を知っていたようである。
「あたいらも知ってるさね?」
「アカネの言うとおり、海や川にいる魚や貝を捕るための道具だね」
「人間に化けた前の仲間たちに、乗せてもらったことがあるよ」
と、胸を張る3人の少女たち。
どうやらアメ以外は全員、船がなんたるかを知っていたようだ。
「ワ、ワシだけが知らんかったじゃと?!……はっ!ナ、ナツなら――」
「…………」にたぁ
「…………この薄情者めっ!」
「きゃっきゃ!」
「……アメしゃん、恥ずかしさを誤魔化しゅために、ナツちゃんと遊び始めてしまったみたいでしゅね……」
「アメ様、ナツちゃんのこと怖くないのかな?」
「あぁ……私も交ざりたい……!」ぷるぷる
そんな取り留めの無いやり取りを、ひとしきり交わした後……。
アメたちは次なる目的地へと足を向けた。この町に到着したら必ず立ち寄る、とシロがアカネに約束していた場所――宿屋である。
その道中。アカネは、複雑そうな表情を浮かべていた。店主に自分の姿が狐だとバレないか、そして自分が先生役になって変身の方法を教えた狼たちも、うまく変身し続けることができるか……。いよいよ宿屋に向かうことになった今になって、アカネの心配は、嬉しさを上回っていたようである。まぁ、彼女の背中にあった鞄の中では、何かがモゾモゾと動き続けていたようだが。
そんな彼女の様子を横目に眺めながら、アメはシロに対して問いかけた。
「シロよ。狼たちのことはどうする?一緒に宿屋に泊まらせるつもりか?」
「わっちたちだけが泊まって、狼しゃんたちだけが野宿というのは気が引けましゅし、お金は十分に足りてるはずでしゅから、一緒に泊まろうと考えていましゅよ?アオしゃんはどう思いましゅ?」
「……夜寝るときに、もっふもっふしながら寝られるなら是非!否やはありません!」きりっ
「「「?!」」」びくぅ
「……うむ。では皆で泊まるかの?(此度の件、狼たちにとっては、災難かも知れんな……)」
3人(匹?)揃って身を寄せ合いながら、震え上がる狼たち。彼女たちから見て、薄ら笑いを浮かべるアオがどう映っているのかは分からないが、両者の関係は、あまり良くなさそうである。……ただし、一方的に。
そうこうしているうちに、一行は、目的の宿屋へとたどり着いた。
◇
この時代の"普通の宿"というものは、食事があったり、ベッドがあったり、あるいは布団があったりするわけではない。食事は共有の調理場で宿泊者が自ら作らなければならず、部屋には雨風が凌げる天井と、個室を形作るための薄い壁があるだけ……。果たして宿屋と表現して良いのかすら疑われるような、単なる物置のような残念な場所だった。先日、アメたちが乗り込んで一晩を明かした狼の館とは比べ物にならないほどに、みすぼらしかったようである。
なら、泊まる価値の無い施設なのかというと、そういうわけではない。熊や狼たちなどの野生動物や、追い剥ぎたちなどに襲われる心配なく、安心して眠れるということが、どれほどに価値のあることなのか……。それが分かっている旅人にとっては、不可欠な施設だったようだ。
そして、アカネの場合。彼女は、元が狐(?)なので、普通の旅人とは異なり、野性動物も盗賊も、あまり関係は無かった。なら、宿の質を見てがっかりしていたのかというと、そういうわけでもなく……。今日まで宿に泊まることを楽しみにしていたアカネとっては、部屋の質など、些細なことでしかなかったようである。
「ここが宿……すごい!壁があって、扉があって、風が入ってこない!……あれ?ねぇ、シロお姉ちゃん?これ、なんに使うの?」
「部屋を暖めるための囲炉裏でしゅ。夜になると寒くなりましゅから、宿の人に言って薪代を払えば、火の付いた薪を持ってきてくれるんでしゅよ。今回はあまり姿を見られたくなかったでしゅから、薪は頼んでないでしゅけどね?」
「そっかー。でも、僕はいらないかな?だって……僕にはシロお姉ちゃんがいるもん!」ぎゅっ
と言って、シロに抱きつくアカネ。そんな妹を前に、シロはただ苦笑を浮かべるしかなかったようである。
ちなみにこの時――
「「………」」じとぉ
「「「…………」」」ガクガク
――と、約2名の捕食者に睨まれた哀れな子羊、もとい狼たちがいたようだが……。まぁ、彼女たちのことはもうどうにもならないので、そっとしておくことにしよう。
「さて……宿に着いたは良いが、どうしようかの?飯かの?」
「共用の台所を使うことになりましゅから、時間によっては混むんでしゅよ。どうしましゅ?遅めが良いでしゅか?それとも早めが良いでしゅか?早めでしゅね?分かりましゅ」
「…………」にたぁ
「うむ。シロの作る飯は旨いからのう。何なら2回作っても良いぞ?」
「アメしゃん……太りましゅよ?」
「一度でよいから太るほど食ろうて見たいものじゃのう……」ちらっ
「んまんま」がぶぅ
「……あぁ、そうかナツよ。お主の考えは、よー分かった。良いじゃろう!今日という今日こそ、ワシの胃袋の中に収めてやろうぞ!覚悟するが良い!」
「きゃっきゃ!」
そして、再び戯れ始めるアメとナツ。ナツに襲いかかっているのはアメの方だったが、結果的に涎まみれになるのは、ナツではなかったようである。
その後、シロは、アカネと一緒に、共用の台所へと向かい、早めの夕食を用意することになった。それからおよそ1時間後。夕食の準備が終わり、彼女たちが部屋に戻ると、そこにはぐったりとした狼たちが山になって重なっており……。その側では、泣きそうなアオが、不機嫌そうなナツと睨めっこしている、という混沌とした状況が繰り広げられていたようである。
この時、アメは、ナツを抱きかかえながら、かわいそうなモノを見るかのような視線を狼たちへと向けていたようだ。だが、一体何があったのか、彼女は話そうとせず……。そして、シロもアカネも聞こうとしなかったとか。
ヤバいっ!1ヶ月更新してなかった!
これでも毎日少しずつ書いてるんだけどなぁ……。




