1.10.2 教えて、見失って
夕食の後も続けられた、アカネ狐による狼たちの変身訓練。教師役のアカネが変身のコツを少しずつ細かく教え、狼たちがそれをこなしていく……。
「じゃぁねー、次はねー……狐さんに変身!」
「狐……こ、こうか?」ボフンッ
「これでどうさ?」ボフンッ
「狐なら行けるさね」ボフンッ
狼たちの訓練は、アメが考えていたよりも、かなり順調に進んでいた。ある1つの問題を除けば、今すぐにでも人にも変身できそうな様子である。
「えっと……うん。どこからどう見ても狐さんだよ?」
「「「!」」」ぱぁ
「……大きさを除けば、だけどね?」
「「「…………」」」ピタァッ
変身訓練の中で狼たちが躓いていたのは、身体の形を変えることではなく、身体の大きさを変えることだった。形を変えるだけなら、狐にでも魚にでも、自由に変身はできていたものの、どういうわけか大きさだけは変えることができなかったのだ。
「自由に大きさを変えられるようにならないと、すぐに人間さんたちにバレちゃうよ?狐さんに変身するにしても、人間さんに変身するにしてもね?」
「そうなのかい?だけど、アカネ……」
「どうすれば大きくなったり、小さくなったりできるのさ?」
「アカネは身体の大きさを変えられるのかい?」
「うん、できるよ?例えばねー……」ボフンッ「……このようにな?」
アカネが変化したのは魚――ではなく狼だった。そう、以前、アメに見せたことのある、毛並みの赤い狼である。その体長は、以前と異なり、優に5mを超えていて……。まさに化け物と呼べるような、巨大な姿だった。
「「「…………」」」あぜん
「……どうしたのだ?狼たちよ。まさか貴公ら……我の姿に、恐れをなしたわけではあるまいな?偽りの姿だというのに……」
普段とは異なる口調で喋りながら、眼を細めて口元をつり上げるアカネ狼(?)。その姿を見た3匹の狼たちは、目の前にいるアカネ狼の姿を俄には受け入れられなかったらしく、皆、目を真ん丸に開いたまま、凍りついたように固まってしまった。
すると、少し離れた場所でその様子を眺めていたアメが、不意に立ち上がる。彼女は腕の中で眠っていたナツを、シロ鶴の背中に載せると、そのままアカネ狼の前までやって来て……。そして彼女の頭に手を置きながら、諭すような口調で、窘め始めた。
「これ、アカネよ。狼たちを驚かせて遊ぶでない。ワシらは、お主が変化の方法を教え終わるのを待っておるんじゃからのう」
「う、うにゅ……ごめんなさい、アメ様……」ボフンッ
自分の身体より遥かに小さなアメに叱られた後、アカネはしょんぼりとしたまま、大人しく子狐の姿に戻った。
それから彼女はすぐに表情を改めると、狼たちへの授業を再開する。
「んと……こんな感じで身体の大きさを変えるの。やり方は身体の形を変えるのと同じだよ?あと、頭の中で自分がなりたい姿や大きさを、できるだけ細かく想像した方が良いかも」
「と、とりあえずやってみるさ」
「細かく想像、か……」
「小さく……小さく……!」
「「「むむむむむ……!」」」ごごごごご
アカネに教わったことや、彼女の変身を思い出しつつ、試行錯誤しながら、練習を始める狼たち。
その間、見守るだけしかやることのなかったアカネ狐に対し、アメが問いかける。
「……のう、アカネよ。先ほど、お主が変身したときのことじゃが……性格やしゃべり方まで変わるのも、変身したせいかの?」
「ううん。違うよ?あれは人間さんのマネ。僕……人間さんのモノマネが得意なの!」
「……では、今のしゃべり方は?」
「ふつー?」
「……しゃべり方を変えたら?」
「んと…………拙者、アカネにござる」
「ふむ……まるで別人のようじゃな」
「すっごく頑張ったから!」
「じゃが、普段は"ふつー"のしゃべり方で頼もうかのう?」
「うん。ずっと人間さんの真似をしてたら、自分が誰なのか分からなっちゃいそうだもん。……今まで以上に」
「む?」
「んにゅ?」
「……いや。あぁ、そうじゃ。アカネよ。お主にひとつ聞きたいことがあったんじゃ」
「なーに?」
「聞いて気を悪くするでないぞ?」
「う、うん」
「お主……本当に子狐かの?」
「…………」
アメから飛んできたその問いかけに、アカネ狐は返答できず、そのまま俯いてしまった。何か隠していることでもあるのか、アカネはその話題に触れられたくなかったようである。
対するアメとしては、アカネが年齢を詐称していたとしても、興味本意で知りたかっただけであって、問題にするつもりはなかったようだ。彼女の年齢からすれば、例えアカネが100歳だったとしても500歳だったとしても、結局は子狐のようなもので……。数百年程度の年齢など、誤差でしかなかったからだ。まぁ、だからといって、アカネを子狐扱いするかどうかは別の話だが。
「……答えにくいのなら、無理に答えずとも良い。誰しも、隠し事の1つや2つくらいあるはずじゃからのう。……のう?シロとアオよ」
「えぇ、わっちもたくさん隠し事がありますよ?年齢とか、体重とか、趣味とか、好物とか……あ、でも、ドジョウしゃんが大好きなのは本当でしゅよ?」
というシロの言葉の後で……。今度はアオが口を開く。
「私は……特に隠していることはありませんねー」
「「「えっ……」」」
「だって、小さい頃の記憶なんてもう残っていませんし、それに自分の年齢だって分かりませんから、そもそも隠せる情報が無いんです。まぁ、人間ではないとは薄々感じていますけれど」
「……ならアオよ。お主は自分を何者じゃと考えておる?」
「それが分かれば悩みませんよ。人はどこから来て、どこへいくのか……。なんのために生きているというのか…………あ!でも、こうして人と同じ悩みを抱えているということは、つまり私も人間ってことですね!」
「「ないない」」
と、声が重なってしまうアメとシロ鶴。考えていたことは、2人とも同じだったらしい。
一方、年齢詐称疑惑が持ち上がっているアカネ狐は、アメに指摘されてから、ここまでずっと黙り込んだままだった。そんな彼女の様子に気づいたのか、疑惑を切り出した本人が問いかける。
「……気を悪くしたかの?アカネよ」
「……ううん」
アカネは首を横に振った後で、浮かない表情の理由を話し始めた。
「僕も……アオお姉ちゃんと同じで、自分が何歳なのか分からないの。それに、もしかすると狐さんでもないかもしれない。だって……お父さんやお母さんの顔が分からないから……」
「ふむ……ではお主は何者じゃ?まさか本当に……」
「たぶん、お魚さんじゃないと思うよ?でも……やっぱり分かんない。だって僕、好きな姿に変身できるから」
「お主……まさか、元の自分の姿を見失ってしもうたのかの?」
「うん……。もしかしたら、本当に狐さんだったかもしれないし、そうじゃなければ――」ボフンッ「――人間さんだったかもしれない。気づいたら、一人で森の中をさまよってたから……」
「ふむ……」
アオだけが正体不明なのではなく、実はアカネも何者であるか分からないことを知って、目を細めるアメ。
とはいえ、彼女にとっては、前述の通り、アカネが何者かなど大した問題ではなかったようで――
ギュッ……
「んにゅ?アメ……様?」
――アメはしょんぼりとした様子のアカネをそっと抱き寄せて……。そして彼女の頭に顔を近づけてから、こう助言した。
「スンスン……ふむ。他の何者でもなく、お主からは間違いなくアカネの匂いがするぞ?まぁ、良いではないか?自分が何者であっても。何なら、お主はこれから新しい種族を名乗れば良い。どうじゃ?例えば――【アカネ族】とか?」
「アカネ……ぞく?」
「左様。決まった姿を持たぬことが特徴の【アカネ族】じゃ」
「んとっ……うん。ありがと、アメ様。なんか僕……偉い人になったみたい!」
「……まぁ、多分、狐じゃと思うがの……」ぼそっ
「えっ?」
「なに、気にするでない。ワシの独り言じゃ」
人に化けていたアカネから、フサフサとした黄色い物体が生えている様子を見て、アメは彼女の正体について、確信を持っていたようである。
対するアカネは、その事に気づいていないのか……。アメの腕の中で、嬉しそうに尻尾を揺らしていたようである。もしもこの場に鏡があったなら、彼女の憂いは、容易に晴れたのかもしれない。
文を書くのに時間かかりすぎ……。
書き方の問題かなぁ……。




