1.10.1 気を配って、到着して
彼女は――――。
高き山に住まう未知なる存在。
人でもなく獣でもない彼女の目に映るは、温かき人の心か、水底の闇か、あるいは触れがたき天球の蒼か。
村を脱出してから、しばらく歩き。追手が無いことを確認した上で、遅めの朝食を摂ったアメたち一行。
その際、近寄ってきた顔見知りの狼たち3匹組(?)に礼を言いつつ朝食を分け……。そして、彼女たちと別れたあとで、南へと向かって出発すると――
「なぜついてくる……」
――予定外の事態が生じた。別れたはずの狼たち3匹組が、後ろから付いてきたのである。
「ぐ、偶然さ?」
「き、奇遇さね?」
「じ、実はあたいらも、南に行こうと思っていたんだ」
と、アメの問い掛けに対し、視線を反らしながら答える狼たち。
彼女たちの言い訳を聞いて、アメが、さてどうしたものかと大きくため息を吐いていると……。前を歩いていたシロが、歩きながら振り返る。
「まぁまぁ、アメしゃん。狼しゃんたちが一緒に付いてきても良いではないでしゅか?今の彼女たちは人間しゃんに化けられないみたいでしゅけど、旅をしながら練習していれば、そのうち化けられるようになると思いましゅよ?」
「……どのくらいでじゃ?」
「そうでしゅねぇ……ざっと200年くらい?」
「長すぎじゃろ……」
「まぁ、アカネちゃんのような例もありましゅから、早ければ数ヵ月程度で変身できるようになるかもしれないでしゅよ?あるいは、むちゃくちゃ早ければ、今日明日中にでも……」
「……つまりお主にも分からん、ということかの?」
「とどのつまり、そういうことでしゅ」きりっ
「それならそうと最初から……まぁ良いがの」
と言って、再びため息を吐くアメ。
彼女は内心で、狼たちを連れて旅をする自分たちの姿が、人間たちの目から見てどう映るのかを考えていた。しかし、その結果は、決して芳しいものではなかった。狼たちのことは、贔屓目に見ても犬には見えず、かといって偶然後ろにいるだけの狼だと主張するのも無理があり……。アメが考える限り、狼たちと無事に旅ができるとは思えなかったようだ。
「やはりここで別れた方が――」
「「「えっ……」」」
「……変身さえできれば、どうとでもなりそうなんじゃがのう……」
付いてきた狼たちは、昨日アメたちが遭遇した狼たちのうち、最初に出会った3匹だった。その当初こそ、狼たちは、アメたちのことを警戒して牙を剥いていたものの、彼女たちが勝てない相手であることを察してからは、すぐに尻尾を振って従順になり……。シロとアオが狼の村にいることをアメに教えてくれたのもこの狼たちだった。
アメとしては、協力してくれた彼女たちのことを無下には扱えず、かと言って、人に化けられない彼女たちの同行をおいそれと認めるわけにもいかず……。板挟みの状態にあったようだ。
アメが深刻そうな表情を浮かべていると、その様子を見上げていたアカネが口を開く。どうやら彼女は、アメの言葉に、何か思うことがあったようだ。
「んと……アメ様?狼のお姉ちゃんたちって、変身できないから付いてきちゃいけないんだよね?」
「うむ。人里を通るときや、旅人たちと顔を会わせるときに、狼たちが今のままの姿でおると、ただでは済まんはずじゃからのう」
「じゃぁ、ぼくが狼のお姉ちゃんたちに、変身のしかたを教えるっていうのはどうかな?」
「ふむ……。それは構わんが……お主は教えられるのか?もしかしたら襲ってくるかもしれんぞ?……旨そうな狐じゃ、と」
「んー、それは多分大丈夫だよ?狼のお姉さんたちにそんな気は無いと思うし、それにほら……」
アカネが視線を向けた先では――
「「…………」」にこっ
――と、シロとアオが微笑みながら、殺気(?)を放っていて……。アカネに手を出そうものなら、襲った者に悲惨な未来が訪れるのは明らかだった。
「ふ、ふむ……では任せよう。……しかしじゃ。なんとなくじゃが、お主が教えるのは、人になる方法ではのうて、まず魚になる方法を教えるような気がしてならんが……ワシの気のせいかの?」
「…………?!」びくぅ
「……まぁ、良い。魚に化けられれば、人に化けるのもそう難しくはないじゃろう。頼んだぞ?アカネよ」
「う、うん。えっと……頑張る!」
そう言って大きく頷いて……。後ろから付いてきていた狼たちの方を振り向くアカネ。
彼女の視線の先には、鼻筋の通った、青い瞳の狼たちがいて……。教師役を買って出たアカネに向かって、キラキラとした視線を送っていたようである。……ただ、その視線は、変身の方法を教えてくれる"先生"に向けるようなものではなく――
「「「ハッハッハ……」」」
――主人に遊んでもらえるのを待っていた犬のような雰囲気を放っていたようだが。
◇
その後、アカネと狼たちの他愛の無いやり取りを眺めつつ、一行は街道を南へと向かって歩いていった。
道中、アメたちの進行方向からは、時折、旅人たちがやって来るものの、その度に狼たちは、茂みへと逃げ込んだり、木の影に皆で隠れたり……。人間たちに見つからないよう注意しながら、街道を南に向かって歩き続けた。
出発してから合計して10人ほどの旅人たちをやり過ごし、傾いた太陽によってアメたちの影が大分長くなってきた頃。
「大きな村……いや町か」
彼女たちは、ここに来るまでの間で、最も大きな町へとたどり着いた。
彼女たちがいた高台から見通せたその町は、ある意味で、最果ての町。半島のように突き出していた町の先にあったのは、どこまでも黒い水が広がっていそうな大海原で……。南に向かって自力で歩き続けることを考えるなら、"果て"と表現できる場所だった。
とはいえ、真の意味での最果て、というわけではない。水平線の少し先には陸地があり、その先は遥か南の地まで続いているのだ。
「南へ続く道は、一旦ここで終わりでしゅ。ここから先は海を渡らなければなりましぇん」
「ついにここまで来たんじゃな……」
「アメしゃん?気を抜くのは早いでしゅよ?アメしゃんが目指す暖かい土地は、ここよりも、ずっとずーっと南の方でしゅ。ここからが長いんでしゅよ?」
そう言って苦笑するシロ。彼女はかつて、空を飛んで南の地に行ったことがあったので、その距離がどれ程のものなのか知っていた。それによると、道程はまだ4分の1程度。一息吐くには、少しばかり早すぎたようだ。
そんなやり取りを交わしながら、アメたちは丘を降りて、町の方へと歩いていった。ただし、この日は、町に入らず……。町から程近い森の中で野宿をすることにしたようである。なお、町に入らなかった理由については言うまでもないだろう。
森の中に適当な空き地を見つけて、そこで火を起こして……。皆で、シロの作った夕食を取りながら談笑する。話題は、専ら、海の向こうには何があるのかについて。
その会話の中心にいたのは、当然ながら、実際に南へと行ったことのあるシロだった。
「向こうにも狐しゃんがいるんでしゅよ?でも、なんか、アメしゃんたちとは、ちょっと雰囲気が違っていて……。なんか、こう、しゅっとしてるというか、棒っこみたいというか……」
「狐か……ふん!興味は無いの」ぱたぱた
「……それにしては尻尾が揺れてるみたいでしゅけどねぇ?」ちらっ
「風でも吹いたんじゃろ?のう?ナツよ」
「んま?」
「お主、空気を読まんな……」
「まぁ良いでしゅけど」
興味は無いと言いながらも、尻尾を振っていたアメに、シロ鶴がため息を吐いていると……。。今度はアオが、海の向こうについて、浮かび上がってきた疑問を口にする。
「違うのは狐さんたちだけですか?たとえば……人間さんたちはどうなんです?頭や腕から、何か生えてるとか……」
「人間しゃんはどこに行っても人間しゃんでしゅ。頭から何かが生えている人間しゃんとか、それ人間しゃんじゃ…………あ、でも、わっちが聞いた話では、頭から角が生えた人間しゃんがいるという話でしたね」
「頭から角……こんな感じかの?」にゅっ
「アメしゃん、器用でしゅね?まぁ、わっちにもできましゅけど」にゅっ
と、頭から角を生やしたアメとシロ鶴の姿を見て、アオは確信する。
「……なるほど。人間さんたちは、狐さんや鶴さんに化かされたのですね」
シロが聞いたという、頭から角を生やした人間(?)とは一体何者なのか……。目を閉じて何度も頷くアオの脳裏には、はっきりと浮かび上がってきていたようだ。
……ただし、この時までは。
筆(キー)が進まない……。
もう、スマホやめてPCで書こうかなぁ。




