1.9.7 叩いて触って、つついて割って
「何じゃろう……」
「何でしゅかねぇ……」
「うん……」
「んま」
「……私は一体、何に抱きついて眠っていたのでしょう……」
アカネの声で目を覚ましたアメたちの視界に入ってきたのは、何やら白い物体だった。硬い感触と、なめらか表面。それは紛うこと無く――
「……どうやら石のようじゃのう?」
――大きな石だった。ただし、石にしては不自然に白く、さらに言えば丸まった狼とそっくりな形をしていたようだが。
「寝ぼけたアオが狼を凍らせたのかとも思うたが……触れてみても冷とうないし、やはり石としか思えん(試しに、火にくべてみようかのう?)」ぺたぺた
「……私も最初は、寝ぼけて凍らせてしまったのかと思いましたが……でも、やっぱり私じゃないと思います。狼を石にする方法なんて……やり方が分からないのですし……」
「ふむ……。そうなると、狼のやつは自ら石になった……ということかのう?」
そう口にするアメは、未だ正体がよく分からないアオなら、あるいは生き物を石に変える術を知っているかもしれない、と考えていたようである。なにしろ、アメに"術"の存在を教えたのはアオで……。アメが知らない術を彼女が知っていたとしても、何ら不思議はなかったからだ。
しかし、アメから見る限り、アオが嘘を言っているようには思えなかった。だからと言って、仲間の誰かが生き物を石に変える術を知っているとも思えず……。その結果、アメは、狼が自ら石になった、という結論にたどり着いたようだ。
しかし、そうなると、ひとつ大きな疑問が生じることになる。
「でも……自分から石になるなんて、そんなこと出来るんでしゅかねぇ?」
そんなシロの言葉に対し、アオが首を横に振る。
「私には分かりません。そのことについては……むしろシロさんたちの方が詳しいのではないですか?ほら、普段から姿を変えられていますし……」
「……たしかに、石に変身しゅること自体は、簡単にできましゅよ?でしゅけど、それは見た目だけで、体重や硬さまでは変えられないでしゅ。もしもそんなことができるなら、わっちは熊しゃんに変身して、川でドジョウしゃんを乱獲してるはずでしゅ」
「は、はあ……(熊はドジョウを捕らないって……言っちゃダメなんでしょうね……)」
「でも、この狼しゃん。突いても押しても叩いても、どこからどうみても石そのものでしゅ。石に変身したというよりも、何かしらの理由があって、石そのものになった、と考えた方が自然だと思いましゅ」
「石そのものに……」つんつん
そう言って、石化した狼を突くアオ。どうやら彼女は、狼が本当に硬いのかどうかを、指先で押して確かめることにしたようである。
そして、アオが指先にグーッと力を加えた直後。まさかの事態が生じる。彼女が触れた部分を中心にして、石に無数の亀裂がミシミシと入り始めたのだ。
「……ああああ……!」
気付いて手を放したときには、すでに手遅れ。ヒビは石化した狼の表面を瞬く間に伝わっていき、それが全身に達したところで――
ガラガラガラッ!!
――狼の石像は床に崩れ落ちてしまった。
「「「「…………」」」」じとぉ
「え、えっと、今のは…………はい。私のせいです……。ちょっと強く突き過ぎちゃったみたいです……」しゅん
そう言って肩をすくめるアオ。その際、彼女は、崩れた狼をどうにか元に戻そうとしていたようだが……。しかし、残念ながら、それも早々に諦めなければならないほど、狼は粉々に砕け散ってしまっていた。
「ちょっと、アオしゃん。どんな突き方をしたら、石が崩れてしまうんでしゅか?」
「力を入れたら少しくらいは凹むかな、と思って、ちょっと強めに押したんです。多分、もともと硝子みたいに脆かったんだと思います……言い訳になっちゃいますけど……」
「アオが指を放した後も、ヒビは広がり続けておったからのう……。あの様子から察するに、おそらくはアオの言うとおり、割れやすかったんじゃろう。そうでもなければ……アオは指先で石を砕くほどの怪力を持っておる、ということになるからのう」
そう言って苦笑を浮かべるアメ。それは冗談で言った言葉だったものの……。アオは、複雑そうな表情を浮かべたまま、沈黙していたようである。なお、その表情の原因が、狼の石像を割ってしまったことにあるのか、あるいはアメの問いかけにあるのかは定かでない。
結果、その場に気まずい空気が流れ始めたことを察したらしく、アメは話題を変えることにしたようだ。
「さて……。そろそろ行かねばのう?外におる狼や人間たちが目を覚ます時間になってしまいそうじゃ。今を逃すと厄介事に巻き込まれてしまうぞ?」
「うん。……あれ?そういえば昨日の夜、ご飯食べてない……」ちらっ
「村の外に出たら作りましゅよ?何か食べたいものはありましゅか?狼しゃんでも何でも、アカネちゃんが食べたいと思うものを言ってくだしゃい。ただし、狐と鶴と熊以外で」
「んとねー……えとねー……」
そんなやり取りをしながら、出発の準備をするアメたち。
外は未だ日の出前。村の中では朝の早い者たちが、朝食の準備をしていたようだが、寒かったせいか出歩いている者の姿はおらず……。門番すらいない状態だった。
アメたちはそんな村の中を、昨晩同様、暗闇に紛れて……。最後まで誰にも会うことなく、狼たちの村を脱出することに成功する。ただし今度は3人ではなく、5人全員が揃って。
なお、これは余談だが、狼の頭のことを石化させた人物は、その5人の中にいたようである。ただ、そのことが明らかになるのは、これより数年後の話。それまでアメたちは、今回のような不可解な現象に、繰り返し襲われることになる……。
初稿を書くのに、ノートPCで3時間。
文章を修正するのに、スマホで1週間。
毎日、修正してたはずなんだけど、どうしてこうなったんだろ……。




