1.8.7 威嚇されて、燃やして
アメが村から狼の臭いを感じ取った結果、一行は不用意に村へと入るのを避け、村を迂回して進むことになった。
そして彼女たちは街道を逸れ、脇道へと入ったわけだが……。その中に、残念そうな様子で、眉をハの字にしながらトボトボを歩いていた者がいた。
「…………」しゅん
宿に泊まることを楽しみにしていたアカネだ。昨晩は遅くまで宿に泊まる練習をしていたというのに、それが無駄になってしまい、彼女はただただ悲しかったようである。
そんな人間の少女に化けた子ギツネへと、種族の異なる姉が、妹の顔を覗き込むように話しかけた。
「ごめんね?アカネちゃん。期待してたのに、宿屋しゃんに立ち寄れなくて……」
「ううん……。どんな場所なんだろうって興味はあったけど……狼さんたちがいるかもしれないから近づかない方が良い、ってことも分かるから……僕、わがまま言わないよ?」
「アカネちゃんは良い子でしゅね。……この先をもう少し行ったところに、もっと大きな町があるでしゅ。そこなら間違いなく宿屋しゃんがあるはずでしゅから、代わりにそこに立ち寄る、ということでどうでしゅか?」
そんなシロの問いかけに対し――
「んとっ……うん……」
――と小さく頷くアカネ。その際、彼女の尻尾が左右に揺れていたところを見ると、彼女は機嫌を直したようである。
そんなやり取りを交わしながら、獣道以上、山道以下の険しい道を歩いていき……。そして、もう間もなく村の反対側にある大きな街道に出られる、といったところで――
「……気づかれたか」
――アメがそう言って立ち止まった。
「ワンちゃんたちでしゅか?」
「……犬なら怖がらせれば尻尾を丸めて逃げ帰って行くから良いが、追ってきておるのは、どう考えても、犬ではのうて、狼じゃ」
そう言いながら、耳と鼻に神経を尖らせるアメ。その他、アカネは心配そうな表情を浮かべて鞄のベルトを握りしめ、彼女の隣にいたアオも、警戒した様子で周囲を見渡していた。ただまぁ、ナツだけは――
「…………zzz」すやぁ
――アメの背中で、健やかな寝息を立てていたようである。どうやら彼女にとって現状は、危機的と言えるような状況ではなかったようだ。
そんな中、シロがこんなことを言い出した。
「なら仕方ありましぇん。ちょっとひと狩、行ってきましゅ」
「……は?お主、ひと狩りって……本来、狩られる側じゃろ?」
「……そうでしゅ。その通りでしゅ、アメしゃん。そう、わっちは、狩られる側の、か弱い鶴しゃんでしゅ。でしゅけど……女には行かなければならない時があるでしゅ!」キラッ
「……ワシには、お主が何言っておるか、よう分からん時があるんじゃが……」
「まぁまぁ、ここはわっちに任せてくだしゃい。――わっちたちに喧嘩を売ったことを、ワンちゃんたちに後悔させてきましゅ!」ゴゴゴゴゴ
そして――
ボフンッ……
――と元の姿に戻って、その場から飛び上がるシロ鶴。
そんな彼女の後ろ姿に向かって、アメが怪訝そうな視線を向けていると――
「ガルルルル……」
――木の陰から、1匹の狼が姿を見せた。そのあとに、2匹目、3匹目と続く。
「シロの奴、体よく逃げおったな……」
「ア、アメ様?!」がくがく
「なーに、心配せんでもよい。こういうときは、アオがどうにかしてくれるはずじゃ」ちらっ
と、冗談混じりに、アオの方へと視線を向けるアメ。彼女は、最悪の場合、本当の姿に戻って強行突破しようと考えていたらしく、アカネとは違って心の中に余裕があったようである。
対するアオは、というと――
「……分かりました」
――アメの無茶ぶりに応えるつもりだったようだ。
「お主、本当に大丈夫か?ワシはその……冗談で言ったつもりだったんじゃが……」
「まぁ、アメさんとアカネちゃんはそこで見ていてください。たまには何か皆さんの役に立つことをしないと、シロさんに食事を作っていただくのが、すごく申し訳なくなりますから」
アオはそう返答すると、アメたちの前に歩み出た。そして彼女は、3匹の狼たちに向かって手を翳すと――
「……"燃えよ"」
――その意味とは真逆に、まるでつららのように鋭く冷たい雰囲気を漂わせた呪詛のような言葉を口にしたのである。
それを聞いていたアメとアカネは、思わず首を傾げてしまった。威嚇する狼たちの前で、急にアオは何を言い出すのか……。2人とも、彼女が、冗談か戯言を言っているかのように思えてならなかったようだ。
しかし、彼女たちの疑問は、そこで留まらず……。更に大きく膨らんでいくことになる。
シュボッ……
アオが手を翳したその先で、何かが擦れるような音が聞こえたかと思うと、小さな爆発音と共に眩い閃光が生じたのだ。具体的な場所を言うと――最も手前にいた狼の尻尾の先端で。
「キャンッ?!」
「「?!」」びくぅ
「……そら、驚くじゃろう。なんせ、ワシも驚いておるくらいじゃからな……(こやつ、やはり雪女ではないのか?)」
「ぼ、僕も……。どうやったの?アオお姉ちゃん……」
と、驚いている様子の仲間たちに対し、アオは手短にこう答えた。
「……気合いです!」きりっ
「気合い……」ごくり
「気合いって……それでどうにかなるなら、世の中、狼や熊を恐れる人間なんぞ、誰一人としておらんくなるわ。……差し詰め、例の"力"か?」
「はい。でもまだ気を抜かないでください。狼さんたち、逃げるつもりは無さそうですから」
そう答えている間も、狼たちから一切目を逸らさず、警戒を続けていたアオ。
そんな彼女の視線の先にいた狼たちの内、尻尾の先に火がついた個体は、ゴロゴロとその場で身を転がして火を消し、尻尾の一部を焼く程度で事なきを得たようである。それ以外の狼たちも、仲間の尻尾が燃えた様子を見て、当初こそ混乱している様子だったが、すぐにその原因がアオにあることを察したらしく……。狼たちは揃って、再びアオたちに対し、唸り声と共に牙を剥き始めた。
そんな狼たちへと、追加で攻撃を加えようと、アオがその手を翳そうとした――そんなときのことだった。
バサッ、バサッ、バサッ……
そんな、力任せに風を切るかのような音が、不意に空から聞こえてきたかと思うと――
ドサッ……
「お待たせしたでしゅ!」
――シロが空から降りてきたのだ。そんな彼女の細い足の先には、何やら大きな犬(?)の形をしたボロ雑巾のようなものが掴まれていて……。まだ生きているのか、時折ピクピクと痙攣していたようである。
その物体に気付いた直後――
「「「くぅん……」」」
――という戸惑いの声を上げて、尻尾を後ろ足の間に挟み込む狼たち。どうやら彼らは、襲う相手を間違えたことに、今になってようやく気が付いたようである。
シロさんのことを書こうとして、何故かアオさんの話を書いてしまう現象に苛まれています。
どうしてかなぁ……。
これ、もしかして、アオさんのことを書けば、シロさんの話になるのかぁ?




