1.8.6 臭いに気づいて、全力で逃げて
その夜。いつも通りにナツを抱いて丸まって寝ていたアメ狐は、小さな異変を感じて目を覚ますことになる。
「zzz……?……臭う……」クンクン
「zzz……んま?」
「いや、ナツよ。お主のことではない。……ほれ、起きよ?シロ」ペシッ
そう言って、眠っていたシロの頭を、尻尾の先で叩くアメ狐。
するとシロ鶴は、首をゆらゆらと揺らしながらゆっくりと持ち上げると……。眠そうな様子で問いかけた。
「もう、なんでしゅ?こんな時間に……。夜這いでしゅか?」 ふぁ~
「お主はいつもそれじゃな……。ほれ、お主は臭いを感じぬか?風に漂ってくるこの臭いを……」
「臭い?」スンスン「んー……確かに、アメしゃんの良い匂いが鼻腔をくしゅぐりましゅねー」
「お主……それでよく今まで生き残ってこれたな?」
風に乗って流れてくる臭いに気づいていない様子のシロに対して、アメ狐はジト目を向けると……。その臭いの持ち主が何者なのかを、端的に告げた。
「……狼じゃ」
「……狼……あぁ、ワンちゃんたちでしゅか?」
「お主、あれを犬畜生呼ばわりか?さすがにそれはいかがなものかと思うぞ?」
アメ狐はため息混じりにそう口にするも、シロ鶴の方は、いたって真面目だったらしく……。彼女は大きく嘴を開いて欠伸をしながら、狼たちへの対処方法について話し始めた。
「ワンたちの性質が分かっていれば、どうということはありましぇん。彼らは、群れを作る動物でしゅ。そして、群れには順位のようなものがあって、一番上のワンちゃんはいつもお腹が一杯でしゅけど、下っぱたちはいつもお腹を減らしているでしゅ。下っぱたちは上の者たちに、食べ物を持ってこなければいけないでしゅからねー。……ふぁ~っ」
「そりゃ、ワシにも分かる。じゃが、それと狼たちへの対処が、どうして繋がるんじゃ?」
「普段狩りをしているのが、腹を減らした下っぱたちだからでしゅよ?ようするに、狩りをしてるワンちゃんたちに、何かを食べものを分け与えてやれば、こちらを襲うことなく、すぐにおとなしくなる、ということでしゅ。しかも、なつきましゅ。……これが熊しゃんだと、獲物に執着する性質がありましゅから、囮の餌を与えても、執拗にこちらを追いかけてくるんでしゅけどねー」
「まさかと思うが……お主、試したことがあるのではなかろうな?」
「もちろん、ありましゅよ?ワンちゃんたちに餌付けをしていたこともありましゅし、熊しゃんに追いかけられたこともあるでしゅ。今思えば、あのワンちゃんたちは、わっちのことを、群れの主か何かだと思っていたのかもしれましぇん……」
「ほう?鶴が狼をのう……」
自身は狼たちとあまり仲が良くなかったのか、複雑そうな様子のアメ狐。
それから彼女は、もう一度、スンスンと臭いを嗅ぐと……。まるで天気予報でもするかのように、狼たちの動向について話し始めた。
「今のところ、こちらには来なさそうじゃ。あれは……近くの村の方角か……。どうやら、村の周りで、何かを嗅ぎ回っておるようじゃ」
「何をでしゅか?」
「さぁの?差し詰め、食い物じゃろ。……人間という名のな?」ニヤリ
「んま?」がぶぅ
「と、ともかく、こっちには来んようじゃから、また寝るかのう……。ほれ、ナツよ?ねんねんころりじゃ。寝るぞ?」
「zzz……」
「……人というものはよう分からぬ」
そう口にして、先に眠っていたナツの頭の上に顎をのせ、そして自身も目を閉じて寝息を立て始めるアメ狐。
一方、シロ鶴は、すぐには寝付けなかったのか……。暗闇に向かってボーッと視線を向けていたようである。風上にあたるその方向へと、何かの姿でも望もうとするかのように……。
◇
そして、次の日の朝。食事を摂った一行は、再び街道へと出て、太陽の光を受けながら、南に向かって歩いていた。
すると、しばらくして、彼女たちの目に見えてきたものは、それほど大きくはない集落。つい最近、開墾されたばかりに見える村の姿だった。
それに気づいたアカネが、尻尾を振りながら声を上げる。
「シロお姉ちゃん、あれ見て?町があるよ!宿屋さんあるかな?」
「町……というより村でしゅね。宿屋しゃんは……どうでしゅかね?もしかしたらあるかもしれないでしゅねー」
「宿屋さん♪宿屋さん♪」とてててて
そんな即席の歌のようなものを口ずさみながら、昨日の練習内容を思い出して復習するアカネ。なお、彼女が宿屋ですることは特に無く、ただ自身の正体が狐とバレないよう尻尾と獣耳を外套の中に隠すだけである。
そんなアカネを先頭に、村へと向かって歩いていく一行。そして村まであと少し、といったところで――
「……アカネよ、止まれ」
――と厳しそうな口調で、アメがそんな言葉を口にする。
その言葉に刺々しさを感じたのか――
「は、はひっ……!」びくぅ
――と、アカネは立ち止まると共に、直立不動で固まってしまう。それも、せっかく隠していた耳と尻尾がピンッと伸びてしまうほどに……。
そんな彼女を含めた旅の仲間たちに対し、停止を指示したアメは、続けてこんなことを口にし始めた。
「あの村から……獣の臭いが漂ってきておる……」
「「けもの……?」」
「んま……?」
「うむ……人ではない……何かの臭いじゃ……!」ゴゴゴゴゴ
そんな、仲間たちを驚かせるようなアメの発言に対し、昨晩、彼女から事情を聞いていたシロが、面倒な様子でこう口にする。
「まーた熊しゃんでしゅか?最近多いでしゅね?熊しゃん」
「お主……ワシの昨日の話、聞いておらんかったのか?」
「熊しゃんでも、狼しゃんでも同じでしゅ。飼い慣らせないなら――」
「……ふん。そうきたか。なら久しぶりに……!」わきわき
「――逃げるだけでしゅ!」ずさっ
「そっちかっ!」
と、迷うことなく脇道に逸れていったシロに対し、思わず突っ込んでしまうアメ。
結果、アメやアカネも、シロの後を追って、細い枝道へと入るのだが……。その最後で――
「えっ?熊くらい、倒して売っちゃえば良いのに……」
――などと口にしていた者がいたとか、いなかったとか……。
……この1ヶ月は忙しくて書けませんでした。
言い訳かなぁ……。




