(8)
「え?」
レーモンが何を言っているのか、一瞬分からなかった。
「お前の魔法の力はこの先々アリス様、それにロードラント王国のため必ずや必要になる。――おい!」
いつの間にか、竜騎士二人が僕の背後に回っていた。
彼らは僕の腕をグイッとひねり上げ、手首に縄をかけ始めた。
「痛! ちょっと――止めてください!」
どうにか抵抗しようとするが、逆に縄を強く締め上げられてしまう。
ガチガチの拘束だ。
「魔法を唱えられと厄介だな。すまぬが口も塞がせてもらうぞ」
レーモンはさらに、僕にも猿ぐつわをはめようとする。
顔をぶるぶる振って悪あがきしたけれど、無駄だった。
「暴れると舌を噛むぞ」
レーモンはそう言いながら、僕の口に布を噛ませ、頭の後ろできゅっと結んだ。
く、苦しい。
猿ぐつわなんてされたの生まれて初めてだ。
本当に何も言葉を発することができない。
しかしこの手際の良さ――
レーモンたちはずっと、この場からアリスだけを逃がす機会を狙っていたに違いない。
「安全な場所に行ったら、縄はリナにほどいてもらえ。――リナ! なにをぐずぐずしておる! 早くこちらへ参れ!」
と、レーモンがリナを呼びつける。
リナは悲しそうな顔をして、僕のそばに来て言った。
「ごめんなさい、ユウトさん。アリス様をお守りするため、こらえて下さい……」
リナもレーモン側の人間だったのか――
僕が非難の目を向けると、リナは顔を背けてしまった。
もちろん彼女に悪意はないだろう。
すべてはアリスのためを思ってしたことなのだから。
が、信じていた人の裏切られた衝撃は限りなく大きい。
失望のあまり、僕は全身の力が急速に抜けていくのを感じた。
しょげ込む僕を横目で見ながら、レーモンがマティアスに命じた。
「マティアス、アリス様のマントを取れ」
マティアスは命令に従い、アリスから王家の印でもある黄金の鷹の刺繍の入った濃紺のマントをはぎ取って、リナに手渡した。
「リナよ、分かっておるな」
レーモンがリナに言った。
「はい……」
リナはコクンとうなずき、マントをふわりと背中にまとうと、アリスの白馬に跨った。
そして懐から小さなガラスの小瓶を取り出した。
瓶の中には金色に光る謎の液体が入っている。
リナは蓋を開けると、それを一気にそれを飲み干した。
「――!?」
すると驚いたことに、リナの栗色の髪がみるみるうちに金髪に変色し始めた。
さらに目の色が澄んだ青色へと変わっていく。
それから一分ほど経ったころには、リナはすっかり金髪碧眼の美少女に変身してしまっていた。
その姿はまるでアリス王女その人――
そうか……。
そういうことだったんだ。
僕はそこでようやく、リナがわざわざロードラント軍とアリスに同行した真の理由を悟った。
リナの秘密――それはアリスの影武者であること。
万が一の事態に備え、リナはアリスの身代わりを務めるため、この戦争にわざわざ参加したのだ。
「さすが宮廷魔術師の調合した薬。なかなか見事な効果だな……」
薬の力によりアリスに扮したリナを見て、レーモンが感心したように言う。
この人――
そんなレーモンを見て、僕は思った。
アリスの代わりになったゆえに、自分の姪がこの先どんな危険な目に合うかもしれないのに、本当に平気なのか?
そもそも大切な身内を犠牲にしてまでして、ロードラント王家とアリスのために尽くすことに、何の疑問を感じないのか?




