(9)
確かに『ルミナス』で大ダメージを負ったコボルト兵と違い、イーザ騎兵の回復はかなり速いはず。
彼らが馬に乗って追撃すれば、徒歩で退却するロードラント軍はあっという間に追いつかれてしまうだろう。
つまりアリスの身の安全を優先するのなら、レーモンの判断は完全に正しいと言える。
しかしそうなれば、残された兵士たちはどうなる?
アリス一人のために、全員がこの場で討ち死にしてもよいというのだろうか?
そろって逃げればみんな助かる可能性があるのに。
そしてそれがアリスの意思でもあるのに……。
レーモンのやろうとしていることは、やっぱり主君に背く背信行為なのだ。
僕はその事実をどうしてもレーモンに訴えたかった。
が、猿ぐつわのせいで何も言えない。
アリスと同じく「ウーウー」と声にならない声で抗議するのが精一杯だ。
そんな僕を見て、レーモンが短くつぶやいた。
「アリス様を――そしてリナを頼むせぞ、ユウト」
レーモン!!
また勝手なことを!!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
どうやら出発の準備が整ったらしい。
最後にマティアスが、顔を兜で隠した鎧姿のアリスを抱え、馬に乗る。
「行け!」
レーモンが叫ぶ。
それと同時に、一斉に馬が走り出した。
まず二十騎の竜騎士が先行し、その後ろにリナと僕の馬、最後尾にアリスを抱えたマティアスの馬が続く。
さらに残った二十騎が、その周囲を囲むように馬を並走させる。
全速力で戦場を突っ切ってゆく竜騎士団――
置いてきぼりを食らったロードラント軍の兵士たちはすぐにそれに気づき、一斉に騒ぎはじめた。
そんな兵士たちを尻目に、竜騎士一行はぐんぐんスピードを上げていく。
その時、一人の兵士が大声で叫んだ。
「おいおい、自分たちだけ先に逃げんのかよー!!」
――あれはエリックの声?
僕は声のした方角に顔を向けた。
……やっぱりエリックだ。
その側にトマスもいる。
「ユウト!」
エリックと目が合った。
僕が猿ぐつわをされているのに気づいたようだ。
「おい、お前たちなにしてんだ! ユウトを放せ!」
エリックがそう怒鳴っても、竜騎士たちは無視して馬を走らせる。
が、そのエリックの怒りの声を皮切りに、兵士たちはより大きく騒ぎ始めた。
これは、ちょっとやそっとでは収拾つきそうにもない。
が、それも当然。
僕だって、もし魔法を使えなかったのならば、間違いなくその他大勢の兵士の一人として騒ぎに加わっていたに違いない。
そこでふと、戦いが始まる前、エリックが言っていたあのセリフが頭に浮かんだ。
「竜騎士の連中は、俺たちのことをせいぜい『肉の壁』くらいにしか思っていないよ」
――と。
その言葉=真実だったことが、今まさに証明されたわけだ。
「こんなことをして本当にごめんなさい。でもユウトさん、これが私の使命であり天命なのです。それだけは分かってください」
馬を走らせながら、リナが繰り返し謝罪する。
それに対し僕は「うーうー」とうめいた。
猿ぐつわのせいで、返答しようがないのだ。
「ですが、ユウトさんをこれ以上巻き込むつもりはありません。安全な場所に着いたら頃合を見計らって縄を切りますので、どうぞ一人でお逃げください」
リナもレーモンと同じくすべてを――自分の命さえ、アリスとロードラントに捧げるつもりらしい。
封建的と言おうか滅私奉公と言おうか、この異世界の人たちは、現実世界から来た僕とは根本的に価値観が違うのだ。
一緒に馬に乗せられ、体はこんなに密着しているというのに、リナの心が遠く遠く離れてしまった気がする。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
急造の竜騎士団は、視界を閉ざされ戦闘不能になったコボルト兵を蹴散らしながら、東南の方向へと進んでいった。
いまだ混乱状態とはいえ、さすがにイーザ騎兵団を正面突破するのは難しいと判断したのだろう。
結局、当初撤退予定だったコノート城ではなく、辺境のデュロワ城に落ちのびるつもりなのだ。
そして――
今までの苦戦はなんだったのかと思えるぐらいあっけなく、竜騎士団はコボルト兵の大軍を突破した。
目の前に広がっていたのは、緑の草がそよ風に揺れる草原地帯。
すぐ近くで血で血を洗う悲惨な戦いがあったとは思えない美しさだ。
その草原の中を、竜騎士団の馬たちはあたかも風と同化したように、わき目もふらず走り続ける。
こんな状況でなかったらさぞや気分が良かったに違いない。
それからまもなくして竜騎士団は草原を抜けた。
すると前方に見えるのは大きな森。
あそこを通り、渓谷沿いの道を進めばデュロワの城は近いらしい。
だが、木々がうっそうと茂るその灰色の森は、中に何が待ち構えているか分からない、暗く得体の知れない雰囲気を漂わせていた。
いったん足を踏み入れたらもう二度と出てこられない、そんな感じさえした。
果たして僕たちは、あの森を無事通過できるのだろうか?
生きてデュロワ城にたどりつけるのだろうか?
高まる不安の中、僕はちらりと振り向いてアリスの様子を見た。
マティアスに抱えられた鎧姿のアリスは、いつの間にかすっかり大人しくなっている。
緊張の連続で、体力精神力とも限界がきたのだろう。
かく言う僕も、竜騎士に抵抗することはすでに諦めていた。
今は黙って彼らに従い、デュロワ城に着いたら隙を見てそこを抜け出そう。
そう決めたからだ。
もちろん逃げるのではない。
戦場に取って返し、残された仲間たちを救うために――




