(8)
間違いない。
『スリープ』の効果が切れ、レムスが目覚めてしまったのだ。
迂闊だった。
セルジュに気を取られ、レムスの存在をすっかり忘れてた。
レムスは突然ムクッと起き上がると、あっという間に数メートル飛んだ。
その先にいたのは――
僕だ。
レムスは魔法をかけられた相手をしっかり覚えていたのだ。
が、それはまったく予想外の襲撃だった。
当然避けるすべはない。
すぐ目の前に、レムスの大きな二本の牙と真っ赤に裂けた口が迫る。
やられる!
と、思ったその寸前――
電光石火の如く、アリスが神剣ルーディスを突き出していた。
剣はズブリと音を立てながら、見事にレムスの喉元を深々貫いた。
レムスの一番間近におり、かつ反射神経の鋭いアリスだからこそ出来た早業だ。
アリスがレムスからスッと剣を引き抜く。
血はほとんど出ない。
が、レムスはどさりとその場に崩れ落ちた。
ほぼ即死だろう。
セルジュはレムスの亡骸を前にして、しばらくあっけにとられていた。
そして、叫んだ。
「あ、あ、ああああああーー!! レムス――俺のレムスがああああああぁぁぁ」
「覚えておけ!」
と、アリスは泣きわめくセルジュに言った。
「やられたらやり返す。それが貴様らの専売ではないのだということを!」
「ちくしょうおおおおおおーー」
セルジュはレムスの亡骸を抱えて絶叫している。
それほどまで大事な飼い虎? だったのか。
ちょっとやそっとではない悲しみ方だ。
「セルジュ、お前がレムスを大事に思っていたように、私もまた仲間が大事なのだ」
アリスはセルジュを一瞥し、突然、その場につっ立っていた僕とレーモンに向かって叫んだ。
「二人とも何をしている! 騎兵が来るぞ! みんなの元へ走れ!」
「は、はい!」
アリスは踵を返し、待機しているロードラント軍の方へ向かって全速力で駆け出した。
僕とレーモンもそのすぐ後を追う。
幸い、レムスを失い悲嘆の底にあるセルジュの目に、逃ていく僕たちの姿は映っていないようだ。
「あのケダモノも、これで少しは改心すればよいが――」
と、走りながらアリスが呟いた。
ケダモノ、か。
もちろんアリスは、サーベルタイガー・レムスではなくセルジュのことを言っているのだろう。
確かに本能のままに生きる野獣より、有り余る邪心と欲望をその行動原理にしてしまう人間の方が、よっぽど獣なのかもしれない――
必死に走りつつも、ふとそんなことが頭に浮かぶ。
と、その時、レーモンが叫んだ。
「アリス様、騎兵が!」
ちらりと後ろを振り向くと――
今まさに、二千のイーザ騎兵団が大きな地響きを立てながら、雪崩を打って丘を下り始めたところだった。
セルジュの言っていたことはハッタリではなかった。
アリスがレムスを殺したことが引き金となって、イーザ軍はロードラント軍に総攻撃を開始したのだ。




