(9)
「すまない、ユウト」
アリスが唇を噛んで言った。
「結局こうなってしまった」
「アリス様、とんでもありません! 私がサーベルタイガーに殺されずに済んだのは、アリス様のおかげです」
「何なんだろうな……」
僕の言葉を聞いて、アリスははにかんだように顔を赤らめた。
「ユウトのことは絶対に失いたくない。そう思った途端、後先考えず体が勝手に動いてしまったのだ」
それってもしや――
僕はドキリとした。
が、すぐに考え直す。
いや、違う違う!
アリスとは今日出会ったばかりなのに、それはあり得ない。
単にアリスは、一緒に戦った僕を戦友と認めて懸命に守ろうとしてくれただけだろう。
ああ、きっとそうだ。
だいたい、この僕の独りよがりな想いこそが、すべてのあやまちの始まりだったのだ。
現実世界で死ぬほどつらい思いをして、実際自殺までしようとしたのに、この異世界で同じことを繰り返してどうする!
僕は自分にそう言い聞かせ、さりげなく話題を切り替えた。
「とにかく、これでよかったのです。もしアリス様が捕虜になっていたら――その、奴らにどんなことをされたか。きっと酷いことを……」
「ん、酷いこと? それはどうだろうな――?」
アリスは首をかしげる。
「大事な捕虜なんだから殺しはしないと思うが」
「い、いえ、そういう意味じゃなくて……」
「ああ、セルジュが言っていた宴のことか!」
アリスは無邪気に言った。
「なあに、もしそうなれば、奴らに酌の一つぐらい喜んでしてやったさ。ユウト、バカにするなよ。私にだってそれぐらいできるぞ」
え、ええ――!?
僕はびっくりして、走りながらも、思わずアリスの横顔をマジマジと見た。
この人、本気でそう思って言っている!
つまりアリスは、セルジュがやろうとしていた宴の本当の意味をわかっていなかったのか?
うーん、さすが深窓のお姫様と言うべきか――
アリスは一見大人びているようで、実は幼く世間知らずな、純真な女の子でもあったらしい。
「アリス様!」
僕とアリスの会話を苦笑しながら聞いていたレーモンが叫んだ。
「兵士たちが!」
「ウォォォォォォォォー」
それは丘のふもとで待機していたロードラント軍兵士の、今までにない大きな鬨の声だった。
イーザ騎兵から逃げるアリスを見て、居ても立ってもいられなくなったのだろう。
兵士たちは全員、こちらに向かって一斉に走り出した。
「アリス様!」
「よくぞご無事で!」
「素晴らしい戦いぶりでした!」
兵士たちがアリスをわっと取り巻き、口々に賛辞を贈る。
ロードラント軍を救うため命を賭して戦ったアリスの姿に、みんな強く心を打たれたのだ。
「皆、すまない。心より感謝する――」
アリスはもみくちゃになりながら、感極まって声を詰まらせた。
が、再会を喜んでいる時間はもうない。
イーザ騎兵団はすぐ目の前に迫っている。
「みんな急げ!」
レーモンが急いで指示をとばす。
「騎兵を恐れるな、アリス様を中心に一か所に固まって敵の攻撃を阻止しろ!」
兵士たちもアリスを守りたい一心で、我先にとアリスを囲み壁を作った。
が、それはあくまで急ごしらえで、陣形と呼べるようなキチンとしたしろものではなかった。
いくら士気が高いとはいえ、これでイーザ軍に対抗するのは当然厳しい。
しかも向こうは騎兵、こちら歩兵主体の編成だ。
山や森など入り組んだ地形ならともかく、ここはだだっ広い平原。
機動力に勝るイーザ側が圧倒的に有利なのは誰でも分かる。
おまけにロードラント軍には、ハイオーク、コボルト兵たちと戦ったダメージがまだまだ残っていた。
結局、戦う前から勝負は目に見えているのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「来るぞ!」
兵士の誰かが叫んだ。
そこへ、砂埃をあげながら、イーザ騎兵団が正面切って突っ込んできた。




