(14)
「幸か不幸か――私はまだ戦場で人を殺めた経験はない」
と、アリスが続ける。
「だから知りたいのだ、多くの人間を殺してきたお前の心の内を。お前だってこの戦いが始まるまでは魔法で人を殺すどころか、傷つけたこともなかったはずだ」
「そ、それは認めるけど。――で、でも……戦争だからしょうがないじゃない」
「相手が無抵抗でもか?」
「な、何言ってんのよ! 私は無抵抗の相手を殺したわけじゃないわ」
セフィーゼが気色ばんで反論した。
「確かに私は――何百人も殺したけど……それは戦争だから、仕方なくやったんだから!」
「仕方なく、だと? それにしてはさっきのお前は血の匂いに酔いしれ、魔法を使っての一方的な殺戮を心から楽しんでいるように見えたが」
「か、勝手なこと言わないでよ! 楽しいわけないじゃない!」
「ほう――では訊くが、なぜお前は最初からあの『ミストラル』の魔法を使って一気に片を付けなかったのだ?」
「そ、それは……」
セフィーゼがどもる。
「あるいは後ろの騎兵で一斉に攻撃を仕掛ければ、我々は瞬時に全滅していたはずだ。それをお前は自分の力を確かめるように、わざわざ一人ひとり嬲殺していったではないか!」
「ちょっと待ってよ。あなたも聞いてたでしょう? わたしは下っ端の兵士たちに降伏するチャンスをあげようと思ったの! 一挙にやっつけたらそれもできないじゃない」
「まったく言い訳がましいな。ならば、お前たちが先に壊滅させた我がロードラントの二個軍団の場合はどうだったのだ?」
「え!?」
「降伏した兵士はいなかったのか? 命乞いをした兵士いなかったのか? ――まさかゼロとは言わせんぞ」
「そ、それは……いたけど」
「ではその者たちは今どこにいる? この場には姿が見えないようだが? 捕虜として後方に送ったのか? お前たちにそんな余裕があるとは思えないな」
「……………………」
「ああ、やはりそうか――」
アリスは深いため息をついた。
「全員お前が殺したんだな。『ミストラル』を使えば、何十人何百人捕虜がいようが手間はかからんだろうからな」
反論がない。図星か。
しかしセフィーゼの魔法による捕虜全員の殺害。
まさに衝撃の事実だ。
アリスはそのことに関して前もって報告を受けていたのか、それとも単にハッタリをかましたのか――
いずれにせよ、セフィーゼは顔面蒼白となって口をつぐんでしまった。
「…………やむを得なかったのです」
代わりにヘクターが重苦しい口調で答えた。
「私たちには大勢の捕虜を管理する人員も物資もない。しかし、だからといって無闇に解放してしまえば彼らが再びイーザの敵となりゆく手を阻むことは必至。……他に選択肢はなかったのです」
「酷い弁明だ」
アリスは左右に首を振った。
「酷い? 勝手なことを!」
ヘクターの声に怒気が帯びる。
「アリス王女、それぐらいの犠牲がなんだと言うのです? 我らイーザの民の苦難の歴史に比べれば取るに足らない事でしょう?」
「詭弁だな。そなたたちの固有の事情と今回の捕虜の虐殺――この二つは同列に扱うべきものではないだろう」
「いや、本質は同じだ! 私は知っていますよ。ひとたびロードラントに背いた者たちのたどる悲惨な運命を! ある者は惨たらしい拷問を受けた末に処刑され、ある者は死よりきつい苦役を命尽きるまで科せられる――それなら即座に苦しまず殺された方がよほどいい」
「ヘクター、何を言うか。そのような扱いを受けた者なぞごくごく稀、しかも遠い過去の話だ。特に我が父ルドルフ王はそういった類の残虐行為を忌み嫌っていたからな。
さらに我々は、一度反旗をひるがえした者でもその後恭順の意を示せば無条件で赦しを与えている。それがロードラント王国法にのっとった処置だ。もっともお前たちのような田舎者には法など理解できないかも知れんが――少なくとも我々は捕虜をいきなり虐殺したりはしない」
「………………」
ヘクターもそれ以上は言い返せない。
やはり、捕虜を処刑してしまったことに引け目を感じているのか。
「――ただし反乱の首謀者だけは例外なく死罪だ。示しを付けるためにも、これは致し方ないだろう」
と、アリスがさらりと付け加える。
「セフィーゼもロードラント軍の総大将である私をどうしても殺したいようだから、まあ、お互い様、と言ったところだな」
脅したりすかしたりの、アリスの巧みな話術。
セフィーゼとヘクターを黙らせたうえ、こんな風に釘を刺されれば、今後イーザは捕虜を慎重に扱わざるを得ないだろう。




