(12)
そしてついに、アリスがセフィーゼの面前に立った。
ロードラント王の名代とイーザの族長――
大きな格の違いがあるとはいえ、リーダー同士の直接対決というわけだ。
だが、最初に口を開いたのはヘクターだった。
「アリス王女、初めてお目にかかります。私はイーザの将ヘクターと申します。そちらがセフィーゼ。私たちの長――団長です」
「自分から出て来るなんて、なかなか感心ね」
セフィーゼが腕を組み、アリスを見下すように言った。
「にしても、ほーんと噂通りの美しさね。まるでお人形さんみたい」
怒り、嫉妬、憎悪に羨望――
セフィーゼの声の中には、さまざまな感情が入り混じっているように聞こえた。
しかし、それも理解できる部分もある。
巨大王国ロードラントの第一王女としてすべてを約束されたアリスと、吹けば飛ぶような貧しい地方部族の族長の娘にすぎないセフィーゼ――
二人は生まれながらして、輝く太陽と青白い月のような対極の位置にいるからだ。
「さて、どうしようかしら、王女様」
セフィーゼは楽しそうに笑って言った。
「『エアブレード』で苦しまないよう一瞬で首を切り落としてほしい? それともその綺麗な顔を少しずつ切り刻むのも悪くないかな?」
「なんだ、いきなりの処刑宣告か。ずいぶん無礼な奴だな」
アリスは顔色一つ変えずにそう答えたが――
見ているこっちは仰天ものだった。
ありえない。
ありえないだろう、それは!
なにしろアリスは、イーザ族にとって今後交渉の切り札となる貴重な人質。
そのアリスをこの場でいきなり殺してしまうなんて――
もし仮にセフィーゼが後先考えずそのような残酷な振る舞いをすれば、この先ロードラント王国が黙っているはずがない。
レーモンが言った通り、総力を挙げイーザ族を根絶やしにかかるに違いない。
その時点で彼らは一巻の終わり、民族滅亡の道をたどることになる。
セフィーゼはそんな悲劇的な結末を迎えても平気なのか?
いや、それとも……。
その程度の予想も立てられなくなるくらい、セフィーゼのアリスに対する恨みは深いということなのか?
「さあ選んでよ。わたしはどっちでもいい、あなたの無様な死にざまを見られればそれで満足だから」
セフィーゼはそう言って、また右手の指先に虹色の風を作って見せた。
しかしアリスは特に怯える様子もない。
僕と同じぐらいの年齢のはずなのに、すごい度胸だ。
「ふん、話し合いの余地はないということか」
アリスの瞳が鋭く光り、腰に差した剣の柄に手を置いた。
「では、力には力で答えねばなるまい」
ええ、これはやばい――!!
何の話し合いもなく、しかも僕が呼ばれることなくいきなり戦闘が始まるなんて、これまた想定外だ。
今のアリスでは、セフィーゼに絶対敵わないのに。
焦りまくった僕は、アリスを助太刀するため慌てて前へ飛び出そうとした。
ところが――
それより早く、思わぬ人がアリスのセフィーゼの間に割って入った。
すっかり癇癪を起こしたレーモンだ。
「小しゃくなガキめ!」
レーモンはアリスを守るように剣を構え、叫んだ。
「アリス様にはこのレーモンが指一本触れさせんわ!」
「レーモン、邪魔をするな!」
いきなりの乱入者に、アリスは怒鳴った。
「お前に交渉を任せたのは失敗だった。いいからもう引っ込んでいろ」
「アリス様! 何をおっしゃいます」
「黙れ! ここはお前の出る幕ではない!」
そんな二人を見てセフィーゼが、ケラケラ笑う。
「ハハハ、王女と爺さん、仲間割れしちゃってる。こっけいでバカみたい」
「セフィーゼ!」
ヘクターが苦々しげに言った。
「少し口を慎んでください。あなたはイーザの長なのですよ」
「はぁ、だから何?」
と、セフィーゼは不満そうにヘクターをにらむ。
それでもヘクターは冷静だ。
「とにかくやっとアリス王女にお目にかかれたのだから、少し話しをしてみてはどうです」
「……わかったよ」
セフィーゼがため息をついて言った。
「でも、殺すかどうか決めんのはわたしだからね」
その様子を見て、僕はほっと胸を撫でをろした。
一応、ヘクターはセフィーゼのブレーキ役を果たしているのだ。
すぐにでも出て行こうと思ったが、ここはもう少し状況を見極めてみよう。




