(4)
おいおい……。
セリカに突き放されてしまった僕は、仕方なく周囲をもう一度見回してみた。
相変わらず大勢の兵士たちが列を組んで、道をぞろぞろ歩いている。
そこで、ざっと人数を計算してみた。
うーん……縦に20列、横には――多すぎてちょっと数えきれないが、ずらりと100列ぐらいは続いているようだ。
ということは、歩兵だけで二千人。
かなりの規模だ。
だが、兵士たちは全体的に緊張感に欠けていた。
どうもだらけた感じがして、ところどころ列が乱れてしまっているのだ。
士気はかなり低いっぽい。
一方、それとは対照的なのが軍の中心にいる馬に乗った騎士たちだ。
彼らは全員、竜をかたどった兜と鎧を身に付け、手には長槍を持っている。
いかにも精鋭ぞろいといった感じで、威風堂々と馬を進めていた。
そして、その中でひときわ目立っているのが、騎士の一人が掲げる巨大な戦旗だ。
旗は濃紺に染められ、金の鷲の刺繍が縫い付けられており、その下には見知らぬ異国の文字が――
いや、読める。
僕はなぜか、そこに書かれている『ロードラント=キングダム』という文字列が読めた。
そういえばさっき兵士に怒られた時、その言葉も自然に理解できたっけ。
日本語ではないのに、考えてみれば不思議だ。
ああ、そうか。
セリカが言った“この世界で生き延びるだけの力”とは、言語や読み書きの能力も含まれているのだ。
これならいけるかもしれない。
と、僕は決心した。
一度は死のうとしたんだから、自分にもう怖いものなんてないはず。
だから、とにかく前へ進もう。
この異世界で人生を根本からやり直すのだ。
覚悟を決めた僕は、そのまま行軍を続けることにした。
だが、目線はどうしても白馬の少女を追ってしまう。
なにしろ少女はまばゆい輝きに満ちている。
強烈なオーラ――今まで感じたことない高貴な光を全身から発していて、どうしても目がそっちに吸い寄せられてしまうのだ。
そして僕は確信した。
きっと彼女はロードラント王国の王女に違いない、と。
その時だった。
「アリス様!!」と、呼びかけながら、一人の騎士が白馬の少女に近づいた。
立派な白いひげを生やした、かなり年配の騎士だ。
へえー、
あの女の子、アリスと言うのか。
もし本当に彼女が王女様だとしたら……。
“王女アリス”
うん。
まさにぴったりの名前だ。
などと考えていると――
「なんだレーモン」
アリス、と呼ばれたその少女は、老騎士に対して不機嫌そうに答えた。
「今、我々はすでに敵地に入っております。どうか兜をお被りください」
そう言って、老騎士レーモンは美しい銀の兜を差し出した。
「必要ない」
が、アリスは兜を一瞥して首を振った。
「そんな大そうなモノ被ったら暑くてかなわん。そのうえ視界が遮られて軍全体を見渡せぬ。指揮を執るのに差し障るではないか」
「――しかし」
「くどい! 窮屈な宮廷からようやく出られたと思ったらこれだ。まったく父王も余計な者をつけたものだ」
アリスはぷいと横を向いてしまった。
かなりご機嫌斜めのようだ。