(8)
しかし、たとえそれがどのような作戦であっても、武人である竜騎士にとって上官の命令は絶対だ。
まだ動ける竜騎士たちは馬を走らせ、果敢にハイオークに接近し攻撃を再開した。
剣や槍を突き刺そうとしたり、再び投げ縄でからめ捕ろうとしたり――
馬から飛び降りハイオークの足に取りつく者までいる。
なんとかして、奴の動きを封じ込めようというのだ。
だがハイオークも黙ってはいない。むしろいっそう激しく暴れ始めた。
自由になった右手で、食らい付いてくる竜騎士を殴り、つかみ、放り投げていく。
「マティアス!!」
エリックが叫んだ。
いつの間にか呼び捨てになっている。
生きるか死ぬかの瀬戸際に、身分の違いはもはや何の意味もなさなくなっていた。
そしてマティアスはエリックの方を向いた。
二人の距離はかなり離れていて、この騒乱の中、言葉を交わすのは難しい。
だが、どちらも極めてレベルの高い戦士――
わずかに目くばせをしただけで、これから何をしようというのか、お互い瞬時に理解したようだ。
マティアスはたまたま近くにいた、主を失った竜騎士の馬に飛び乗ると、ハイオークに向かって猛然と走り出した。
同時にエリックも、
「ユウト、リナ、今だ! 俺たちも行くぞ!」
そう叫び、馬の腹を蹴ってハイオーク目がけて突進を始めた。
リナも覚悟を決めたのか、もう泣いてはいない。
「ユウトさん、行きます!」
と、言って馬を走らせ、エリックのすぐ後ろにぴったりと付く。
「いいか、狙いやすいようにあえて正面から行くぞ。合図したら頼むぜ! ユウト!!」
エリックが叫ぶ。
ハイオークの巨体が目の前に迫っていた。
エリックとマティアスはほぼ同時に、二方向からハイオークに突っ込もうというのだ。
ハイオークもそれに気づき、恐ろしい咆哮を上げて二人をにらみつけた。
それからつかんでいた竜騎士を地面に放り投げ、突撃してくる二人を迎え撃つために右腕を振り上げた。
左腕には今なお縄が絡みついていて、ほとんど自由が効かない。
つまりハイオークが使えるのは右手のみ。
二人のうち一人しか相手にできないということだ。
――敵はエリックかマティアスか?
悩むまでもない。
ハイオークにとってより脅威なのは、さっき力比べで負けそうになった赤銅色の鎧を着た男、マティアスに決まっている。
一方のエリックは、今まで竜騎士の後ろに隠れていたただの兵士で、取るに足らない相手――
ハイオークは間違いなくそう判断するだろう。
だが、それこそがエリックの真の狙い。
さっきエリックがマティアスに送った目くばせは、“ハイオークを倒すための囮になってくれ”という、その合図だったのだ。
そして作戦は実行された。
マティアスは馬の手綱を放し、剣を上段に構えハイオークに躍りかかった。
「ガンッ」
大きな音がした。
予想通り、ハイオークはマティアスを鉄の拳で迎え撃ったのだ。
まともにパンチを受けたマティアスの体が、一瞬「く」の字に曲がる。
しかしその瞬間、ハイオークに大きな隙ができた。
「今だ! ユウト!」
エリックがそこへ突っ込み、大声で叫んだ。
『リープ!!』
僕がすかさず魔法を唱えた。
エリックの体が一瞬淡いグリーンに光る。
「てやぁぁぁぁぁぁ!」
エリックは魔法の力によって、世界的な棒高跳びの選手みたいに、一気に、そして美しく跳んだ。
その高さおおよそ7メートル。
位置もぴったり、狙い通りのハイジャンプといっていい。
「もらった!!!」
エリックが抜き払った『オーク殺し』の刃が、陽光に反射しキラリと光る。
マティアスに気を取られていたハイオークに、突如目の前に現れたエリックの一撃を避ける余裕はなかった。
気づいた時には、エリックは『オーク殺し』をハイオークの顔面に突き立てていた。
「やった!!」
僕はハイオークを見上げ叫んだ。




