(7)
それからハイオークは竜騎士を見下ろし不気味に笑うと、体の動きを止め、突然のどを鳴らし「ぶうっ」と頬を膨らませた。
「危ねえぞ!! ユウト『ガード』だ」
エリックが叫ぶ。
僕は言われるままに『ガード』の魔法を唱えた。
瞬時に透明の壁が発生し、周囲を囲う。
なんとか僕とリナ、エリックの三人を守れるくらいの防御壁を作ることができたようだ。
その直後だった。
ハイオークは頬を一気にすぼめ――勢いよく口から無数の“何か”を吹き出した。
といっても、それがはっきり目に映ったわけではない。
あまりに速すぎて、“ハイオークが口から何かを吐き出した”ということしか分からなかったのだ。
だが、あちこちで竜騎士の悲鳴が上がった。
同時に僕たちの周りで「ビシッビシッ」と音がした。
飛んできたその“何か”が、『ガード』の魔法の壁に当たって跳ね返ったらしい。
いったいなんなんだ? と、馬上から目を凝らし確認すると――
無数の小さな金属の球が、草むらに転がっているのが見えた。
「なんて野郎だ。胃の中に鉛玉をため込んでやがった」
エリックが唇を噛んだ。
「吐き出しただけなのにとんでもねえ威力だぜ」
まさに間一髪。
『ガード』の魔法を使っていなかったら、軽装備の僕たちは確実にハチの巣になって死んでいた。
しかし、立派な鎧を身に付けた竜騎士たちとて、全員が無事というわけにはいかなかった。
ハイオークを縄でからめ捕った竜騎士が五、六騎、弾丸の直撃を受け落馬したのだ。
至近距離過ぎて、鋼鉄の鎧も役に立たなかったらしい。
特に突撃に失敗し、ハイオークの真正面に立っていた竜騎士は悲惨そのもので、馬もろとも鉛の弾に打ち抜かれ全身穴だらけ、血を吹き出しながら死んでしまった。
もしエリックがハイオークに向かって行くのを止めてくれなかったら、僕とリナも彼と同じ運命をたどっていただろう。
「クソッ! まさに『隠し玉』だな」
エリックがやりきれない表情で、冗談ともつかないセリフをつぶやく。
もちろん誰も笑わない。
逆にリナは目を真っ赤にして泣き始めた。
「いや、もう見たくない――見たくない!!」
リナは宮廷に出入りしている貴族の娘だ。
当然、近衛兵でもある竜騎士たちと面識があったはず。
ということは、死んでしまった竜騎士の中にも知り合いがいたに違いない。
「おい、落ち着け!」
エリックが必死に叫ぶ。
「あんたには仕事が残ってる。俺が合図したら馬を走らせユウトをハイオークの近くまで運ぶんだ。それだけでいい、それだけでいいんだ!」
「ユウトさん……」
リナは泣きながら振り返った。
「ねえ、みんなを助けて! 『リカバー』をかければまだ間に合うでしょう」
リナの言う通りだ。
まだ死んでいない、ケガをしただけの竜騎士は魔法で助けられるかもしれない。
「わかった。やろう」
僕はうなずいた。
だが――
「バカ野郎!」
エリックがいきなり怒鳴った。
こんな激しい剣幕のエリックを見るのは初めてだ。
「今、そんなことしてる暇があるか! あんな投げ縄すぐに解かれるぞ! いいか? たび重なる攻撃でハイオークの力はかなり弱っている。化け物とはいえ、奴も生物であることにはかわりないんだ」
ハイオークが衰弱しているなんて、僕にはまったくわからない。
が、戦士として経験豊富なエリックには、その微妙な変化を感じ取ることができるのだろう。
「奴を殺すタイミングはもうすぐ来る。だが、その時に肝心のお前がケガ人の治癒なんかしてたらすべてがパーだ。言っとくがチャンスは二度とないぜ。一度きり、一度きりだ!」
「わかった、エリック」
僕は思い直し、うなずいた。
確かに今は、ハイオークを倒すという一点に集中するしかない。
「リナ様」
と、僕はリナに声をかけた。
「ハイオークを倒したら、真っ先にケガを負った人たちの治療に当たります。ですから今は、どうぞ堪えてください」
「そんな……」
リナは僕を非難するような目つきでにらんだ。
つらすぎる。
異世界まで来てリナにこんな顔をされるなんて……。
しかし、僕は心を鬼にして言った。
「後で必ずみんなは助けますから。今は作戦通りお願いします」
「わかりました……」
リナは一瞬悲しそうな顔して、前を向いてしまった。
「もう少しの辛抱ですよ。さあ、馬を前へ」
エリックがリナを促す。
竜騎士団の最後尾に付いていた僕たちは、コボルト兵を避けながらハイオークに近づいた。
いよいよ最後の勝負だ。
「おい、ハイオークが縄を振り切りそうだぞ。しっかりしろ!」
マティアスが大声で叫ぶ。
縄を引っ張っていた竜騎士が鉛の弾丸にやられたせいで、全体の力が緩んだのだ。
残った竜騎士だけではハイオークの怪力には抗えない。
みんな、馬ごとずるずるとハイオークに引きずられていく。
「ええい! 総員、突撃!!」
様子を見ていたマティアスがいきなり怒鳴った。
何か策があるのか、それとも玉砕覚悟の特攻なのか――
それはまったく無謀な命令のように思えた。




