(6)
「これじゃあ迂闊に近づけねえな」
エリックが舌打ちをする。
確かに少しでも近づけば飛んでくる鉄球の餌食になるし、なんとか懐に入りこんでも、今度は斧で叩き切られてしまう。
ところが、マティアスは躊躇することなく長槍を手に持ち、ハイオーク目がけて馬を走らせた。
しかも一人で。
ハイオークは「バカめ」と思ったに違いない。
鎖から手を離し、鉄球をマティアス目がけ勢いをつけて放った。
ぶつかる! と思ったその寸前――
マティアスは長槍を持ったまま、馬を捨て地面にわざと転がった。
鉄球は馬を直撃し、地面にドンッと落ちた。
張りつめていた鉄球の鎖がだらんと緩む。
マティアスはすぐさま立ち上がり、長槍を持って、その柄の部分にたるんだ鎖をグルグルと巻き付けてしまった。
さらに、ハイオークが簡単に鉄球を引き戻さないようにするため、長槍の穂先をぐさりと地面に突き刺した。
続けてマティアスは槍から手を離し、鎖を握ってそれをグイッと引っ張った。
ハイオークとマティアスの間で鎖はピン、と直線を描く。
まるで鉄の鎖でする綱引きだ。
だが相手は怪物ハイオーク。
どう考えても人間のマティアスに勝ち目はない。
と、誰もがそう思ったその時、マティアスの体が一瞬、赤く光った。
「うおおおおおおお」
マティアスが全身の力を込めて鎖を引いた。
すると、ハイオークがズルズルと地面を引きずられ始めたではないか。
そうか!
あれは『パワー』のスキルだ。
『パワー』はごく短時間、力を数十倍にまで高める強力なスキルで高レベルの戦士にしか使えない。
だが、ハイオークは、まさか人間相手に力で負けるなんて思ってもみなかったのだろう。 どう対処していいかわからず、ハイオークはマティアスの方へじりじりと引きずられていく。
「お前たち、今だ! 行け!!」
マティアスが鎖を引いたまま、必死に叫ぶ。
それは見事な連携プレイだった。
残った竜騎士たちが一斉に馬を走らせハイオークに近づき、あらかじめ用意してあった投げ縄を投げつけのだ。
これは不利――と見たのか、ハイオークは戦斧を捨て後ろに身を引き縄を避けようとした。
だが竜騎士の動きの方が若干速く、7、8本の縄が、ハイオークの体にうまく絡みついた。
続けて竜騎士が力の限りその縄を引っ張ると、ハイオークは体をぐらつかせ、ドスンと片ひざをついた。
「やった!」
僕は思わず叫んだ。
これではさすがのハイオークも身動きがとれない。
接近して、エリックを『リープ』で飛ばすことなどワケないだろう。
リナも同じように思ったのか、
「エリックさん、今がチャンスです!」
と言って、手綱つかみ馬を走らせようとした。
が、エリックは、それを大声で止めた。
「まだだ! まだ早い!」
「え、どうして――?」
と、その時、竜騎士の一人が長槍を持って、ハイオークに単騎で突っ込んでいった。
僕たちと同じように、今こそハイオークを倒すチャンスと思ったのだ。
「バカなっ。やめろ!!」
エリックが叫ぶ。
その声が聞こえたのか聞こえなかったのか、竜騎士はハイオークの正面に飛び込むと、その顔面目がけ、あらんかぎりの力で長槍を突き通した。
狙いは正確、槍の穂先はハイオークの顔のど真ん中を直撃した。
ところが――
スピアはいきなりぐにゃり、と大きく折れ曲がってしまった。
ハイオークは瞬時に顎を引いて、固い額で槍を受け止めたらしい。
無敵か、この化け物は!
曲がったスピアを持った竜騎士はぼう然として、もうどうすることもできない。
そしてハイオークが一歩、ズドンと足を踏み出した。




