(3)
眠りから覚めると、目の前に金色の髪と雪色の肌を持つ一人の少女がいた。
年齢はたぶん僕と同じ15、6だろうか?
少女は白馬に乗り、銀の鎧と濃紺のマントを身に付け、見事な装飾がほどこされた剣を腰に差している。
けれど兜は被っていない。
だから風が吹くたびに少女の長い髪はキラキラと空に舞って、それが僕の目にやけにまぶしく映った。
少女は馬上から、愁いを帯びた青い瞳で、はるか遠くを見つめている。
その姿はあまりに可憐で勇ましく、あたかも古代神話の戦いの女神の化身のようにも思えた。
少女を眺めながら、僕はぼんやりと考える。
誰だろう?
以前、どこかで会ったことがある気がする。
……いや、そんなはずない。
こんな綺麗な、金髪碧眼の女の子の知り合いなんているはずないのだから。
うーん。
でも、やっぱり見たことあるような――
確かにどこかで……
…………
……
ダメだ。
どうしても思い出せない。
と、その時――
「おい、しっかり歩け!」
突然、後ろから誰かに怒鳴られた。
「ボヤボヤするな。後がつかえてるぞ!」
振り向くと、いかつい顔をした兵士が僕をにらんでいた。
手には長い槍と大きな盾を持っている。どう見ても本物だ。
はっきり言って、怖い。
「まったくこれだから新兵は……」
と、その兵士は苦々しげにつぶやいた。
――え、新兵?
そこで初めて、僕は自分も槍と盾を持っていることに気付いた。
いや、それだけではない。
頭には鋼の兜、体には鎖帷子を装備しているではないか。
――まさか!
驚いてまわりを見回してみると、僕は武装した大勢の兵士の中に立っていた。
兵士たちのほとんどは徒歩――つまり歩兵だが、隊列の中心に五十ほど騎兵が配置されていた。
そしてその先頭に立ち馬を進めているのが、さっきの白馬の少女なのだ。
大きな平原の真ん中を通る一本道を行くこの軍隊は、白馬の少女を護衛する任務にあたっており、どうやら僕はその下っ端兵士の一員らしかった。
――本当に、本当に異世界に来たのか?
そういえば、頭上に広がる澄んだ青空も、はるか彼方に見える切り立った山々も、道端に生えている見知らぬ草木ですら、何もかもが美しすぎる。
その上、登場人物は、中世の西洋風の兵士とそれを指揮する美しい少女ときている。
まるで夢を見ているよう――
なのだが、それにしては五感で感じるものすべてがあまりにリアルなのだ。
そんなファンタジーな光景をボーっと見とれていると、腰のベルトに付いている革袋が震えた。
この振動、お馴染みのスマートホンのバイブレーションだ。
僕は盾の持ち手から手を離し、そっと革袋を探った。
あった。
スマートホンと、ワイヤレスのヘッドセットイヤホンが手に触れた。
袋からこっそりイヤホンを取り出し、右耳に付ける。
イヤホンは超小型なので、兜の耳当ての下にうまく隠れた。
これなら他の兵士には気づかれないだろう。
さっそく通話キーを押してみる。
一瞬間があって――
「どう有川君? はるばる異世界に転移した気分は?」
この世界に僕を送り込んだ張本人、清家セリカの澄んだ声が耳に流れこんできた。
「ここはどこ? やっぱりマジで――異世界?」
隊列に合わせて歩きながら、ヘッドセットの向うのセリカに聞く。
「そう。あなたが望んだ剣と魔法の世界。オンラインRPGに似た夢の異世界よ」
と、セリカは平然と答える。
「でも……いきなりこんな所に放り出されてもぜんぜん状況がつかめないよ。この軍隊はいったい何なんだよ」
同じファンタジーの世界でも、さすがに最初はもう少し落ち着いた場所へ来たかった。街とか、お城とか……。
そう思って、僕はセリカに不満をぶつけた。
「あのさあ、これがゲームだったらまずチュートリアルをこなし、ギルドに登録し仲間を集めて、色々なクエストを受けこなしていく。それが普通の流れだと思うんだけど」
「残念でした。転移前に言った通り、そこはゲームの世界じゃなくてあくまで現実だから、そんなまどろっこしいことはやってられないの」
「いやいや、だからっていきなり武器を持って戦えってこと? 無茶苦茶すぎるよ」
「ま、そう慌てないで。そのうち色々わかってくるし、あなたはその世界で生き延びるだけの最低限の力は持ってるから」
「でもさ……」
戸惑うな、という方が無理だ。
「ええっと――オンラインRPGでのあなたの自キャラは回復役だっけ?」
「そうだけど」
「しかもかなりレベルの高い」
「うん」
「ということは、あなたは今、そのキャラと同じ能力を備えているはず。そっちに行く前にそう言ったでしょう」
「確かにそれは聞いたけど」
「じゃあ何も心配する必要はないわ。最低限の力に加えて、今のあなたは回復役としてすっごい能力を持っているんだから。ま、慣れるまでは私がナビゲートしてあげるから。ちょっと冷静になってまわりを観察してみて。それじゃ、いったん切るね」
セリカはそう言って、一方的に通話を切ってしまった。