(1)
残っていた重症者数人の治癒を急いで終えた。
アリスからもらった護身用のショートソードを腰に差し、いよいよ出発だ。
「ユウトさん、しっかりつかまって下さい。でないと振り落とされてしまいますよ」
差し伸べられたリナの手につかまり、馬上に引き上げてもらう。
馬には二人分の鞍と鐙が付いている。
リナのうしろに乗り、鞍にまたがり鐙に足をかけると、ぐらついていた体勢がかなり安定した。
乗馬は初めてだけれど、これならいけそうだ。
「さあ、私の腰に手をまわしてください」
ちょっとドキドキしながら、リナの腰に手を回しぎゅっと抱きしめる。
しなやかな感触。
そして、なんだかとても良い香り。
ふと、脳裏に過去の記憶がよみがえった。
この香りは昔どこかでかいだことがある。
そうだ、思い出した!
まだ幼いころ、現実世界の理奈と二人で寄り添い遊んだ時の香りだ。
思えばあの頃は毎日が楽しかった。
悩みなんてなにもなかった、永遠に戻ってこない幸せな時間。
それがいったいどうしてこんな事に……。
いやいや!
と、頭をぶるぶる振る。
なに感傷に浸っているんだ。
我ながらきもい! きもすぎる!
今、この状況で、そんな昔のこと思い出すなんてどうかしている。
「ユウトさんごめんなさい。ちょっと苦しい……」
「あ、す、すみません」
慌てて手を緩める。
いつの間にか、リナの腰を強く抱きしめていたのだ。
どうしたんだ?
一度は死ぬ覚悟までしたのに、やっぱり本能的に恐怖を感じているのか?
いや、そんなことはない!
むしろ自分はどうなったっていい。
ただリナを、そしてアリスを救えればそれで充分なんだ。
「慣れない二人乗りで、大丈夫ですか? リナ様」
その時、馬に乗ったエリックがこちらにやってきてリナに声をかけた。
作戦にリナを巻き込んでしまった負い目を感じているのか、かなり心配そうな顔をしている。
「はい、問題ありません」
リナは無理に笑うが、声は緊張で硬い。
「そうですか。でも、くれぐれもお気を付けを。リナ様になにかあったらアリス王女が許しちゃくれないでしょうから。――じゃあユウト、もう一度作戦の手順を確認しておくぜ」
エリックが急きょ立てた作戦はこうだ。
まず同行する竜騎士は四十騎。これはエリックが貸して欲しいと頼んだ数より十騎多い。
その分、ロードラント軍の円陣の守りは手薄になる。
が、ハイオークを倒すための兵力は少しでも多い方がよい、というアリスの判断だ。
四十騎の竜騎士は出撃後、西にいるハイオークを目指し一直線に馬を走らせ、僕とリナ、そしてエリックはそのすぐ後を付いていく。
その間、雑魚は徹底的に無視し、邪魔してくる敵のみを排除する。
ハイオークの元に到着したら、竜騎士がまず牽制攻撃を仕かける。
敵の注意がうまく逸れたら、僕が『リープ』を唱え、エリックをハイオークの頭付近に跳ばし『オーク殺し』で脳天に一撃を加える。
ハイオークが倒れたのを確認したら、アリス護衛軍は陣形を円錐型に変え、一斉突撃を開始。
動揺しているであろうコボルト兵を蹴散らし、僕たちと合流した後、最終的に包囲網を突破する。
その後は追ってくる敵を避けつつ、近くの街道まで急いで移動、コノート城へ撤退する。
――というものだった。
単純かつ極めて危険な作戦だが、中でも特に問題なのは、ハイオークの強さがまったく未知数なところだ。
果たしてハイオークは、生身の人間がまともに戦って、渡り合えるような相手なのか?
それは、ここにいる誰にも分からないことだった。




