(9)
と、その時――
「ユウトさん!」
僕を呼ぶ声がした。
リナだ。
そうだ、今はセリカなんかと油を売っている場合ではなかった。
「ユウトさん、どうしたんですか? 一人でぶつぶつ言って?」
こちらに歩いてきたリナが、怪訝そうな顔をして訊く。
「あ、いや。何でもありません――ただの独り言です」
「そうですか。――それよりアリス様からご命令があります。どうか魔法で負傷者の治療にあたってほしい、と」
「分かりました、すぐに行きます」
「あー、その子がそっちの世界のリナさんなんだ」
セリカがヘッドセットの向うで言った。
「私と話しているのがバレたらまずいね。じゃあ頑張って。現実世界からあなたの戦いぶりをじっくり観戦させてもらうから」
「え!? ちょっと――!」
そこで通信はプツリと切れた。
くそっ。セリカの奴、観戦って――
サッカーや野球の試合でもあるまいし、そりゃないだろう。
こっちは命がけだというのに。
「本当にどうしたんですか、ユウトさん?」
リナが怒る僕を見て心配そうに言った。
「で、ですから独り言です。どうぞ気にしないでください。それよりケガした人の治療をしますね」
僕は何とか気持ちを落ち着かせ、リナの案内で負傷者の元へ向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
戦況は一進一退だった。
いや、むしろロードラント軍の兵士たちは圧倒的な数のコボルト兵相手に、かなり善戦しているようにも見える。
なぜならコボルト兵の武器は粗末なうえ、戦略というものがまるでなく闇雲に突撃を繰り返すだけで、その点有利に戦いを進められているからだ。
それでも負傷者は、僕の元へひっきりなしに運ばれてくる。
加えてさっきの弓攻撃で出たケガ人もいる。
僕は一人でも多くの人を救おうと、必死に『リカバー』の魔法をかけ続けた。
だが、いくら白魔法の力に恵まれているとはいえ、それはかなりしんどい作業でもあった。
回復者としてそれほどレベルが高くないシスターマリアが、重体のティルファに魔法をかけ続け、最後は魔力が尽き倒れてしまったのも無理はないだろう。
「おーい、ユウト、大丈夫か?」
それからしばらくして、エリックがまた僕の様子を見にやってきてくれた。
その横には、なぜかトマスもいる。
「あれ? トマスさん」
僕は少し驚いて尋ねた。
「シスターのマリアさんたちが乗った馬車の護衛をしてたんじゃ?」
「それなら心配ねえって。馬車はもう無事逃げのびコノート城に向かった。で、こいつはそれを見届けてから取って返してきたんだ。俺らのことが心配だったんだとよ」
と、エリックがトマスの肩に手を置いた。
「敵に囲まれる前にぎりぎり間に合ったが、まったく危ない橋を渡りやがって。ホント無茶な野郎だよ」
「へへ……」
と、トマスは頭をかいている。
うーん。
少しでもみんなの力になろうと、わざわざ危険な戦場に戻ってきてくれるとは。
この人、本当にいい人なんだ。
「さあてユウト、俺もちょっくらコボルトども相手に暴れて来るぜ。トマス、行くぞ」
エリックの目に急に鋭さが戻った。
剣を手に取り、全身に闘志を漲らせている。
「ワカッタ」
トマスの顔からも笑みが消える。
どこに隠し持っていたのか、長さ5メートルはある強大な棍棒を片手で軽々持ち上げ、肩に担ぎ上げた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
エリックとトマスの変容ぶりを見て、僕はドキリとしてった。
やっぱり二人は戦争慣れしている。
素は戦いを|厭わない戦士なのだ。
では僕は?
彼らと一緒に戦わなくてよいのだろうか?
いくら回復役としての役割を果たしているとはいえ、自分だけ安全地帯にいるという事実は普通にうしろめたい。
が、現実世界では虫一匹殺すのにも躊躇する僕が武器を持ったところで、敵を倒せるはずもなかった。
それでも僕はエリックに言った。
「本当は僕も行って戦うべきだよね」
「なーに言ってやがる、おめーはいいんだよ」
エリックが首を振る。
「ケガ人を治すという大事な仕事があるんだからな、それでいい」
「でも……」
「いいからそこで見てろ。さあトマス、いっちょ暴れてこようぜ」
僕が何か言い返す前に、エリックとトマスはコボルト兵目がけ走り出した。




