(1)
現実世界の高校で、僕は、ぼっちで陰キャでクラスのお荷物だった。
表だっていじめられることはないけれど、教師たちには落第生のレッテルを貼られ、友達ができるどころかみんなから無視され、ひたすら暗い悲惨な日々を過ごしていた。
そんなことになってしまった理由は単純だ。
高校受験で少し背伸びして、また運にも恵まれ、優秀な生徒たちが集まる偏差値高めの高校に入学してしまったせいだ。
同年代のトップ層が集まるこの高校では、生徒一人一人が、学問、スポーツ、遊び、そしてコミュ力――すべてにおいてレベルが高かった。
使い古された言葉ではあるが、クラス全体が『リア充』で『陽キャ』という感じなのだ。
一方の僕は、なんの取り柄もない人間。
どの科目でもビリッけつの落ちこぼれ。かといってしゃべりもコミュ力もゼロ。
鬱気味になり、自分の殻の中に閉じこもって、果ては学校を休みがちなるまでにそう時間はかからなかった。
そんなみじめな状況下での、唯一の希望――
それが幼なじみの七瀬ななせ理奈りなの存在だった。
理奈は育ちも性格も良いうえ、顔も飛び切りかわいい。
成績も常に上位でスポーツも得意。かといってそれを特に鼻にかけるわけでもない。
誰からも好かれる、非の打ちどころのない女の子だ。
そんな理奈と僕は同じ幼稚園、同じ小学校、中学校にそろって通い、放課後はしょっちゅう一緒に遊んだ。
成長するにつれ少しずつ距離は離れていったけれど、それでも僕は、お互いに一番親しい異性だと信じて疑わなかった。
そして実は、僕が自分の身の丈の合わない高校に進学してしまったのも、理奈と同じ学校に通いたい――ただそれだけのためだったのだ。
なのに高校生活に忙しい理奈とはむしろ疎遠になり、ついに決定的な出来事が起こった。
ある日の下校途中――
「あれ……」
僕は一瞬、自分の目を疑った。
前方で並んで歩いている高校生カップルのうしろ姿の一人が、間違いなく理奈だったからだ。
「うそ……だろ」
理奈と男子生徒は楽しそうに会話しながら、夕日に染まる帰り道を堂々と手を繋いで歩いていた。
それはどこからどう見ても、ほほえましい高校生カップルだ。
しかし、僕にとっては衝撃以外のなにものでもなかった。
「おい! 理奈から離れろ!」
思わず大声で叫びそうになる。しかし――理奈の相手が誰であるか気づき、僕はそのセリフをグッと飲み込んだ。
佐々木龍吾
容姿も成績もトップクラス。しかも二年生にしてサッカー部の副主将を務める、スクールカーストの最上層にいる男子学生だ。
つまり、理奈のような完璧な女子にもっともふさわしい相手。
きっと学校の誰もが、二人はお似合いの組み合わせと言うだろう。
それに比べ自分はどうだ。
まったくいいところのない不登校ダメ高校生。
惨めだ。
惨めすぎる。
僕は思わず髪の毛を掻きむしった。
全身が震え涙がにじんだ。
あまりのことに吐き気すら覚えた。
そのうち二人の背中は次第に小さくなっていき、やがてどこかへ消えてしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから何時間街をさまよっただろうか。
いつの間にか陽は落ち、空のあちこちに星が輝き始めていた。
気が付くと、僕は人気のない踏切の前に立っていた。
急行電車が猛スピードで、目の前を何回か通過していった。
もう生きていく気力もないし、生きている価値もない――
僕は何かに取り憑かれたかのように一歩一歩前に進み、警報が鳴って下りた遮断機の棒に手をかけた。
そこをくぐって、線路内に入ろうとしたのだ。
その時――
「あなた、死ぬつもり?」
誰かが僕の肩を後ろからぐいっとつかんだ。
振り向くとそこには、見覚えのある一人の女の子が立っていた。
そしてそれが、清家せいけセリカとの運命の出会いだった。
いや、これは“出会い”というより、むしろ“再会”と言うべきなのだろうか――?
まったく親しくはないが、セリカは高校のクラスメイト。
ついさっきまで、一緒の教室で授業を受けていたからだ。
「やっぱり有川君だ。ねえ、こんなところで何しているの?」
「清家せいけさん……」
セリカは日本人と白人とのハーフだ。
入学初日のクラスの自己紹介の時、そう言ってた。
確かに、美しい銀色に光る長い髪とダークグリーンの不思議な色の瞳を見れば、彼女に外国人の血が入っていることは一目瞭然いちもくりょうぜん。
しかも噂では、セリカの父親はどこかの大企業の重役で、家はとんでもない金持の超が付くお嬢様らしい。
何もかも持っているように見えるセリカ。しかし、唯一欠けているものがあった。
感情だ。
クラスメイトとして過ごした何週間の間に、僕はセリカの笑った顔を一度も見たことない。
いつも無表情ですごく冷たい感じ。
周囲にバリアを張り、誰も寄せ付けない雰囲気を常に漂わせている。
だからたぶん、彼女は友達が一人もいない――僕と同じように。




