ある異世界の戦場にて
「ユウト助けてくれ! 足に矢が刺さって抜けないんだ」
「やべえよユウト、この腕の傷! さっきから血が止まらねえ」
モンスターとの激しい戦いで負傷した兵士が、さっきからひっきりなしに僕の元へと運ばれてくる。
みんな少しでも早く魔法で治療してあげたいけれど、いくらなんでも人数が多すぎて、自分僕一人ではとてもすぐにはさばききれない。
「待ってください! ケガの酷い人が優先です! その後で必ず全員治しますから!」
申し訳ない気持ちで一杯になりながら、僕は必死に声を張り上げた。
残念ながら、治癒魔法『リカバー』では一度に複数の人を治すことはできないのだ。
そして今、足元に前線から戻ってきたある兵士がうずくまっている。
彼こそ真っ先に助けなければいけない重篤な患者だ。
僕は急いでしゃがみ、兵士の身体の状態を確かめた。
「うわっ……」
大量の血も大ケガも、もう見慣れているはずなのに思わず声が出てしまう。
なにしろお腹が大きくえぐれ、向こう側が見えてしまっている。
つまり体の真ん中に風穴が開いてしまっているのだ。
いったいどんな武器にやられたらこんな傷になるのだろう?
剣や槍ではない、何か太い杭のようなもので突かれたみたいだ。
当然、兵士の出血はひどく顔は真っ青、意識もほとんど失いかけている。
が、幸いまだ息はあった。
この傷でよく死ななかったものだ。
「しっかりしてください。今すぐ助けます!」
必死に励ましながら、兵士を寝かせ傷口を両手でおおった。
魔力を込め治癒魔法を唱える。
『リカバー!』
僕の手から優しい光が発せられ、兵士の身体を包み込んだ。
瞬時に血は止まり、みるみる傷口が塞がっていく。
「おお――!」
「何度見てもすげえ!」
周囲で見ていた兵士が感心して、一斉に声を上げた。
確かにすごい効果で、自分で言うのもなんだが、傍から見ればまるで神の御業のようだろう。
というか、現実世界でまったく取り柄のなかった自分が、異世界でこんなに飛び抜けた能力を持ってしまうなんて、いまだに信じられない。
兵士の体の穴は、一分も経つとほぼ塞がった。
が、完全回復にはまだほど遠い。
にもかかわらず、その兵士はふらりと立ち上がってどこかへ行こうとした。
「ちょっと、無理しちゃダメですよ!」
僕は慌てて止めた。
これだけの傷を負って、すぐに動くのはいくらなんでも無茶だ。
それに、痛みからくる精神的なダメージも大きいはず。
しかし、兵士は歯を食いしばって答えた。
「戦列に戻る。さもなくば我々は……」
「でも――」
「止めないでくれ。戦わなくては結局みんな死ぬのだ」
……言われてみればその通り。
僕がこの異世界に転移し、いきなり所属することになった『ロードラント』王国軍は、現在絶体絶命の危機にあるのだ。
「あの、戦況の方は?」
僕は比較的元気そうな別の負傷兵に尋ねた。
が、その人は力なく首を振った。
「ダメだね。あんたもちょっと背伸びしてぐるっと見回してみろ。コボルト兵どもに完全に囲まれちまってどこにも逃げ場はねえ」
ここ一時間、僕の所属するおよそ二千のロードラント軍は、総大将である王女アリスを守るため円陣を組み、コボルトという化け物の大軍相手に奮戦していた。
しかし、しょせんは衆寡敵せず――
敵の包囲網はじりじりと狭まっているように見えた。
「待ってください」
と、僕は、どうしても戦いに戻ろうとするさっきの兵士に声をかけた。
「この状態のまま戦うのは危険です。せめてもう少し回復させて下さい」
兵士がうなずいたので、再び『リカバー』を唱える。
これで六割程度の回復といったところか。
「すごいな、かなりよくなった! これで普通に戦える。――ユウト、礼を言うのを忘れていた。ありがとう、本当に助かったよ」
兵士は笑顔で言った。
心から感謝している、そんな表情だ。
瀕死の患者を救った医者ってこんな気分なのかな?
現実世界では人助けなんて偽善だと斜に構えていたけれど、実際に感謝されると案外悪くない。
とはいえ、喜んでばかりもいられなかった。
いくら治療しても負傷した兵士の数は増える一方だからだ。
と、そこへ――
「ユウトさん、大丈夫ですか? あまり無理しすぎないでくださいね」
王女アリスに付き添う貴族の娘、リナが様子を見にやって来た。
転移早々に出会った彼女は、なぜか現実世界で僕を振った幼馴染の理奈にそっくりなのだ。
こちらの世界でも変わらず明るく可愛いいリナ。
だが、もしもこのまま僕たちが戦いに敗北すれば、その先に待つのは“死”あるのみ。
せっかく親しくなったリナともお別れになってしまう。
そんな最悪の事態を避けるために、何とかして敵の包囲網を突破する方法を考えねばならないのだが――
異世界にやって来てまだ間もないのに、いきなりこんな危機的な状況に陥るとはまさか思ってもみなかった。
もしかしたら、これはただの悪い夢――?
本当にそれならそれでよいのだけれど、どうやらこれは現実に起こっていることらしい。
じゃあ、そもそもなぜ自分=有川優斗が、こんな異世界の戦場で回復役なんかをやっているかというと――
話は僕が実際の現実世界にいたころに遡る。