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異世界最弱だけど最強のヒーラー  作者: 波崎コウ
第一章 プロローグ 
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ある異世界の戦場にて

異世界の、とある激戦地――


目の前の兵士は、腹に風穴が開いていた。

えぐれた傷口の向こうに、踏み荒らされた地面が透けて見える。

剣でも槍でもない、太い杭のようなものでひと突きにされたのだろう。


顔は紙のように白く、意識はもう半分も残っていない。

こんな傷を負って、それでもまだ息があること自体が奇跡だった。


「うわっ……」


血にも、裂けた肉にも、もうとっくに慣れたつもりでいた。

それでも声がもれる。

けれど、震えている暇はない。


「しっかりしてください。今すぐ助けますから!」


僕は地面に膝をつき、ぱっくりと開いた傷口を両手でおおった。

手のひらに魔力を集め、息を吸い、唱える。


「――『リカバー』!」


指先から、淡い金色の光があふれ出した。

光は兵士の身体をやわらかく包み込み、噴き出していた血がぴたりと止まる。


裂けた皮膚が内側からせり上がり、見ているそばから傷口がふさがっていく。

一分もしないうちに、腹の風穴はほとんど消えていた。


「おお――!」


「何度見てもすげえな、ユウト!」


まわりで見ていた兵士たちが、一斉に声をあげる。


……正直、自分でも信じられない。


現実の世界では、僕はなんの取り柄もないお荷物高校生だった。

勉強もスポーツも、人付き合いさえまともにできない、おちこぼれ。


なのに、この世界では、瀕死の人間をたったひと言の魔法で救ってしまう。

傍から見れば、まるで神の御業みたいに。


まさに夢の力――

ゴッドハンドの白魔術師――


だけど、今は、そんな感慨にひたっている余裕などなかった。


「ユウト、助けてくれ! 足に矢が刺さって抜けねえんだ!」


「こっちもだ! この腕、さっきから血が止まらねえ!」


「まだ死にたくねえ、なんとかしてくれ!」


負傷兵が、次から次へと運び込まれてくる。

悲鳴と、鉄と血のにおい。地面はもう、誰のものとも知れない赤でぬめっている。


全員、一刻も早く治してやりたい。

痛みから救ってやりたい。


けれど、残念ながら、僕の『リカバー』は、一度にひとりしか癒せない。

なのに、ケガを負った兵士は、すでに百人近くいる。


「待ってください! 傷の重い人からです! 順番に、必ず全員治しますから!」


みんなに向かって、声を張り上げたあと、奥歯を噛む。

ぜんぜん間に合っていない。

圧倒的に、手が足りないのだ。


さっき腹をふさいだ兵士が、ふらりと立ち上がった。

傷はまだ六割も戻っていない。


「ちょっと、無理しちゃダメですよ!」


慌てて止めると、彼は歯を食いしばって僕を見た。


「戦列に戻る。――止めないでくれ。戦わなければ、結局みんな死ぬんだ」


その目に気圧されて、言葉を失った。


……言われてみれば、その通りだった。


僕は、近くにいた別の兵士に、すがるように尋ねた。


「あの、戦況は……どうなってるんですか」


兵士は力なく首を振り、あごで包囲網の外をしゃくった。


「見てみろよ。逃げ場なんざ、どこにもありゃしねえ」


言われるまま、僕は背伸びをして円陣の外を見渡した。

そして、息を呑んだ。


地平の果てまで、鬼のような顔をした化け物の群れが――

敵の大軍が、こちらをぐるりと取り囲んでいた。

いわゆるゴブリンやオークというモンスターだろうか、奴らは黒い波のように、じりじりと、輪を狭めてくる。


味方は、たかが二千そこら。

だが向こうは、数える気も失せるほどの大群。

多勢に無勢、なんて言葉ではとても足りない。


僕がこの世界に放り出されて、まだわずかな時間しか経っていない。

右も左もわからないまま、“ロードラント王国”という国の軍隊に拾われ、回復役として最前線に立たされて、気づけばこの有様だ。


もしかしたら、これは悪い夢なんじゃないか――

目が覚めたら現実世界に戻れるんじゃないか――


そう思わずにはいられなかった。


けれど、手のひらにこびりついた血の生暖かさが、これが現実だと容赦なく突きつけてくる。

額に、冷たい汗がにじむ。


と、そのとき――


「ユウトさん、大丈夫ですか? あまり、無理しすぎないでくださいね」


澄んだ声に振り返ると、ひとりの少女が立っていた。

戦場には不似合いなほど可憐で美しい、貴族の娘――リナ。


転移早々に出会った彼女は、なぜか現実世界で僕を振った幼馴染にそっくりなのだ。


「リナ様こそ、こんなとこまで来ちゃ危ないです。包囲の中央まで下がっていてください」


「いいえ。わたしも、できることをしたいんです」


リナはそう言って、僕とともに負傷者の手当てを始めた。

こちらの世界でも変わらず、明るく優しく可愛いい。


だが、もしも、このまま僕たちが戦いに敗北すれば、その先に待つのは“死”あるのみ。


せっかく出会えたこの世界の仲間も、リナも、何もかも失う。

そんな結末だけは、絶対に避けたい。


というわけで、なんとかして、この敵の包囲網を突破する方法を考えねばならないのだが――


今のところ、誰も、なんの打つ手はなさそうだった。


そもそもなぜ僕=有川優斗(ありかわゆうと)が、こんな異世界の戦場で回復役(ヒーラー)なんかをやっているかというと――


話は、僕が実際の現実世界にいたころに(さかのぼ)る。



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