3
なんでこうなった?
どうしてこうなった?
ぐるぐるまわるのは、その言葉のみ。
私は大きめのトートバッグを両手で抱きしめながら、貧血にも似た眩暈にガラス壁に背をもたせ掛けていた。
ここは市立図書館。
いつの間にか、一日たってます。土曜日の、午後一時。
昨日、新谷くんを探して教室に行った私が決意を翻して立ち去ろうとしたそのタイミングで、本人がドアを開けて出てきたのだ。
鞄を持った彼は今まさに帰ろうとしていましたって、そんな姿。
あぁぁ、あと五分遅ければ! と、内心叫んだのは嘘じゃない。
そんなこんなで、翌日の土曜日、即ち今日待ち合わせることになってしまったのだ。
しかも高校ならなんとなく学校の延長上とか思えるのに、図書館とか!
本当は待ち合わせは表の入り口なんだけど、早く来すぎてしまった私は建物裏の公園に面した場所で時間を潰していた。
だってなんか早く来てたら、まるで凄く期待してるみたいじゃない。
ちらりと後ろのガラス壁に、視線を走らせる。
そこに映る自分の格好を、上から下まで確認するように視線を動かした。
シャツワンピにカーデ、ジュートサンダル。
浮かれすぎてないよね、甘すぎじゃないよね。
ただのクラスメイトと会う格好だよね。
昨日自宅に帰ってから、服をすべて並べて選んだ一着。
ただの友達に会う、けど変じゃない格好。
だって、ただ資料を渡すだけでデートとかじゃないし!
「……でぇと」
自分で考えた言葉に、ぼんっと顔が赤くなる。
ででで、デートだなんておこがましい!
クラスメイトにただ本を貸すだけ!
それだけなんだからっ!
「あの……」
「はい?」
口には出していなくても脳内はいろんな言葉がぐるぐる回っていた私は、掛けられた声にほぼ反射で答えてしまった。
顔を上げたその前には、待ち人ではない男の人。
大学生かな?
普段接する高校生の男子とは違う、少し大人びた雰囲気のおとなしそうな人。
思わず観察してしまってから、慌てて口を開いた。
「あ、なんでしょうか」
するとほっと息を吐いたその表情が、ほわりと緩む。
あら、年上なのに可愛い。
そんな事を考えていた私は、次の言葉に思いっきり固まった。
「その、中から見てたんだけど。もし時間潰してるなら、俺と、その……話しでもしない?」
「え?」
中から見てた?
彼の指の差す方に目を向ければ、そこは本棚がずらりと並ぶ。
「ちょうどそこで本を探してたんだけど、君、ずっとここにいるからさ。もし、よければ……」
そう言って伸ばしてくる手を拒絶するように、両手を目の前で振った。
「あ、いえっ。時間を潰してるってわけじゃなくてですね!」
「でも、もう二十分はここにいるよね」
ぼわぁっと、頬に血が上る。
うぅ、客観的にそう言われるとめちゃくちゃ恥ずかしいっ!
どれだけ待ちきれないでここにいるかを、突きつけられてるみたいで。
真っ赤になって口ごもる私に何か言おうとしたその人の言葉が、第三者の声に遮られた。
「ここにいたんだ」
今の声……!
驚いて顔を上げたら、新谷くんがちょうど駆け寄ってくるところだった。
「あ、あれ? なんでここにいるの?」
だって、待ち合わせは表の入り口……っ
少し上がった息をそのままに、新谷くんが私と大学生さんの傍に立つ。
新谷くんは自分より背の低い大学生さんを一瞥すると、私の手を掴んだ。
「それは、佳月がデートの約束をしたからだろう? ほら、行くよ」
「うぇっ?」
デートの約束!?
私がいつ! って、佳月って!
脳内パニックのまま引きずられるようにその場を後にした私の耳に届いたのは、新谷くんの小さな舌打ちだけだった。