第一章2話 実技試験①
扉が開く音がした。天音達が振り返ると、そこには――
穏やかそうな金髪の男が気まずそうに部屋に入ってきた。れんは、その人物の顔を見て『げっ』という顔をしていた。
はる「受験者の皆さん、はじめまして…僕は、第5部隊隊長天城はるです…」
はるの視線が一瞬だけれんに向かい、すぐに外れた。
れんもまた、椅子の肘掛けを強く握ったまま、何も言わない。天音はその視線に気付く。明らかに二人は知り合いに見えたから、思い切って質問を投げかけてみることにした。
天音「もしかして、れんと天城さんは知り合いですか?」
はる「…あぁ、そう…ですね。」
はるが言葉を濁したのを見て、天音は今度はれんに視線を向けた。けれど――
れん「…」
れんも、気まずそうに顔を背いて、どうやら答えは聞けそうにない。
ひまり「天音…」
天音「…何?」
ひまりが小声で、天音に話しかける。天音は小さく返事をし、ひまりに近づいた。
蒼はペットボトルを手に取ったものの、飲むでもなくラベルを指でなぞっていた。
ひまり「れんと天城隊長は、昔は、一緒に暮らしてたの。」
天音「えっ!天城さんとれんが一緒に暮らしてた?」
ひまり「れんが、国防軍の隊員になるって宣言したら、それで2人とも喧嘩しちゃったの。まぁ…天城隊長が止める理由も、分かるけどね…」
天音「?」
ひまりのとある言葉に、天音は違和感を感じた。
『止める理由』それをひまりに詳しく聞こうとしたが、なぜか聞いてはいけないように感じた為、聞くのをやめた。
はる「……とりあえず移動しましょうか、受験者の皆さんは、僕から離れないようにしてくださいね。」
蒼「え…あ、分かりました。」
れん「…」
蒼は椅子から立ち上がり、心配そうな顔で、こちらの方をチラリと見た後、待合室から出て行った。天音も、これ以上二人の間にいるのは悪いと思ったのか、蒼の後を追うようにそっと待合室を出ていた。
れんは、視線を床に落とし暗い顔をする。
ひまり「ほら、れん!今は実技試験に集中しないと!
この時の為に、頑張ってきたんでしょ!」
暗い顔をしたれんを、鼓舞するように背中をバシリと叩く。曇っていたれんの表情が―――徐々に晴れていくがまだどこか暗い雰囲気を纏っていた。
れん「確かに…そうだな。今は…実技試験に集中しないとな。」
ひまり「そうと決まったら、ほら!早く行かないと、あまりの気まずさに天音と蒼まで部屋から出て行っちゃったよ。」
れん「い、いつの間に…」
れん達が、駆け足気味に部屋を出ると、天音達が気まずそうにはるの近くに立っていた。はるは、遅れてきた二人の方を見た後、確認するように名前を呼んだ。
はる「光月さん、白銀さん、永遠さん……三日月さん、これで全員揃いましたね。」
れん「…」
ワクワクした表情の天音とは違い、どこか落ち着きのない表情で蒼は、はる達に聞こえないように天音へ小声で話しかける。
蒼「天音…」
天音「何?」
蒼「すごい…気まずい。雰囲気が暗いし、天城さんと…れんの間に居ると…空気が重すぎるよ。」
天音「…ふふ。確かにそうだね。でも、ただの喧嘩って感じじゃないかも。」
蒼「笑い事じゃないよ…天音も2人の間に、入れば分かるって。」
天音と蒼は、話に夢中で気付いていなかったが、どこか広い空間に出たようだった。ひまりに小突かれたお陰で、辺りの状況に気付いた。
天音「あれ?いつの間に。」
ひまり「結構前から着いてたし、それに…ずっと不機嫌そうな人が立ってる。」
その言葉通り、視線を前の方に向けると――
腰まで伸びた紫髪を揺らしながら、彼女は不機嫌そうに腕を組んでいた。
どうやら、天音達が来るのを待っていたようだ。
蒼「あ。」
天音「え。」
シオン「遅いし、どこで道草食ってるのよ。私…2時間もここで待ってたんだけど……」
蒼「……」
シオン「何?何か言い出しそうな顔してるけど。開始時刻は、8時からじゃないの?」
はる「…開始時刻は10時からですね。実技試験の開始時刻等は、事前に共有されていたはずですが…」
シオン「天城隊長、これは完璧な実技試験にする為に、必要な準備時間だったのよ。」
はる「それでは、完璧な実技試験を開始するとしましょうか。」
天音「…」
蒼「…」
天音達の視線にシオンは気付いたようだ。こちらの方を向いて、不機嫌そうな声を出す。
シオン「その無言の圧は何?もしかして、何か気になることでもあるの?」
天音「その…貴方は――」
その言葉で、何かを思い出したようで、シオンは『ハッ』とした表情で手を叩いた。
シオン「ああ、そういえば自己紹介まだだったわね。第5部隊副隊長のシオンよ。以後お見知りおきを。」
それまで黙って成り行きを見ていたはるが、静かにシオンの方を向いた。
はる「呼び出しがあったので、僕はこの場を離れます。実技試験の監督はシオンさんに任せました。」
シオン「そう、天城隊長も忙しいわね。まあこの場は私に任せておいて。」
はる「では。」
れんの方を心配そうに見た後、天音達に一礼して、はるは会場から歩いて出て行った。
シオン「…天城隊長も居なくなった事だし、誰からやりたいとかある?本来なら順番あるんだけど、やる気のある人にやらせたいのよね。自信があるって事は、実力もあるってことよ。」
自信満々な顔をしているシオンに、ひまりは苦笑いをしながら、実技試験について詳しい事を聞く。
ひまり「謎の理論……実技試験は、確か的あてですよね。それ以外にも何かやるんですか?」
シオン「いや、的当てだけ。」
蒼「それだけなら安心しました……僕、もっとキツい実技試験が色々あると思ってました。山登りとか、魔獣とか倒せとかあると思いましたから…」
蒼は安堵したように息を吐いた。その言葉を聞いたシオンは、眉を下げ、複雑そうな顔で腰に手を当てた。
シオン「一体いつの時代の話をしてるのやら。流石に隊員でもない一般人に、危険な事をやらせるわけにもいかないわよ。」
天音「…それってー隊員になったら、危ない仕事があるってことですよね。どのくらい危ないんですかね。」
シオン「無駄口叩いてる暇があったら、早く的当てをやって、合格もらいなさいよ。隊員になったら嫌でも体験する事になるのだからね。」
ひまり「あのー、的ないんですけど…」
ひまりが申し訳なさそうに言うと、キョトンとした顔で、シオンは辺りを見回した。本来なら空中に置いてある的が無い事に気付いたようだ。
シオン「…忘れてた。」
魔法陣が空中に現れ、白黒の的が生成される。それを見たシオンが、満足したような顔で頷き、腕を組んだ。天音は、水色の目を輝かせながら、意気揚々と片手をピンッと上げる。
天音「はいは~い、私が先にやりたいです!やる気なら、一番!」
ひまり「それは、聞き捨てならないね。私が一番!」
れん「……俺こそが、この中で一番やる気がある。」
ひまり「れんは、今までダンマリしてたでしょ。ここは私か天音だよ。」
痛い所を突かれたようで、れんは俯いて黙り込んでしまった。蒼は、ずり落ちそうな眼鏡を掛け直している。
眼鏡と少し長い前髪のせいで、蒼の顔はよく見えなかった。ただ不安そうに、腕をさすっているだけだった。
蒼「…」
シオン「はい、ここは私が順番を決めるから、はい!不安そうな顔で俯いている白銀!貴方が一番最初ね。」
蒼「えぇ…やる気がある人が、先では……」
シオン「やる気のある人は最後!そのやる気、最後に見せてもらうわ、永遠と光月。」
シオン「ほら白銀、準備ができたなら始めなさい。」
シオンが手を叩き、いつでもOKという合図を出す。蒼が、懐に隠していた拳銃を取り出し構えた。そして的に照準を定め、瞬時に撃つ、会場内に発砲音が鳴り響き、放たれた銃弾は、的の中心を正確に撃ち抜いた。
その腕前を見たシオンは、顎に手を当て眉を下げる。
シオン「………1つ聞きたいのだけど、もしかして前に実技試験受けた事ある?」
蒼「いえ、受けたことはありません。……ただ射的の腕だけは良かったので、そのお陰だと思います。」
れん「そういうもんかよ。うーん、射的で……鍛えておいた方が良かったのか?」
ひまり「多分そういうもんじゃないと思うよ。」
天音「蒼凄い!真ん中に的中してたよ!」
蒼「…は、ハハ。」
シオン「実技試験が終わり次第、合格発表をするから、終わった人は、あっちの壁際の方に待ってて。」
入り口近くの壁を指さしながら、片手は銃弾で開いた穴を直しているようだ。
蒼「あ…分かりました。では僕はそこで立ってますね。」
蒼は足早に壁の方に歩いていってしまった。その背中は、どこか寂しそうに感じた。
シオン「次は三日月……言っておくけど、的に近付いたらダメだからね。的当てなのに近付いたら、一体何の意味があるのよ。この足元にある線を越えたらダメよ。」
れん「なんで俺の考えてる事が分かったんだよ!」
ひまり「そんな事考えてたの……れんらしいったられんらしいけど。」
ひまりは呆れ顔のような困ったように笑った。待合室での空気が、嘘のように明るいと感じた。れんは双剣を取り出し、見つめながら呟く。的とれんの距離は約30メートル。
れん「的を当てる為には、遠距離攻撃か……苦手なんだよな。いっその事、双剣ぶん投げて一か八か狙うか…これ、そもそも一回だけなのか?」
シオン「流石に的に当たらなかったら、3回やっても良いわよ。一回だけならきついしね。」
天音「そういう所は優しいんですね。私、一回きりの外したら、不合格の鬼畜仕様だと思ってました。」
シオン「でも、隊員になったら過酷だと思いなさいよ。特に書類とか書類とかね。」
顔を見るだけで、書類が嫌なのが分かった。
ひまり「書類苦手なんですね……」
シオン「日本語が難しくて…………無駄話はそこまで!そろそろ実技試験に集中しないと私が怒られるから。」
れん「圧力だけで、届くかどうか微妙だな…」
れんは改めて双剣を強く握りしめ、振り上げる。双剣の軌跡をなぞるように、圧縮された空気の刃が放たれた。だが、それは的へ届く寸前で霧散した。
天音「今のは……空気の塊?」
れん「やっぱり、圧力だけだと無理そうだな……やっぱり、あの能力を使わないといけないか。」
『理想実現――絶対に的に当たる』
れんは先ほどと同じように双剣を振り上げ、空気圧を放った。空気圧は分散せずに的に当たった。れんはどこか不満げな顔をしていた。
シオンは、持っていた端末を触り、何かを確認しているように感じた。その表情は、どこか神妙な顔をしていた。
れん「真ん中に当たらなかった……蒼に負けた。」
ひまり「今はそういう勝負じゃないでしょ。でも当たったわけだし、さっ!蒼寂しがってると思うし、行っておいで!」
れん「言われなくても行くって……ひまり、天音頑張れよ!」
ひまり「もちろん!」
天音「いや〜、応援してくれて嬉しいよ。れんありがとう、私達頑張るからね!」
天音達は言葉を交わし、れんは一度天音達の方に笑顔を向けた後、蒼の方に走って行った。




