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灯火の誓い〜炎を宿す少年と、癒しの力をもつ少女。それでも、選んでしまう旅。その炎は、守りか――灯火の竜の記憶か。   作者: 水瀬 理音
第六章 アルバトロスの影

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第四十六話 真実の欠片

 張り詰めた空気の中、沈黙が落ちた。

 数対の視線が重くリセルを射抜く。

 銀髪の青年が、低く息を吐いた。


「……聞かせろだと?」


 その声音に、船室で見せた柔らかさは欠片もない。

 冷えた刃のような響きに、リセルは息を呑んだ。


「寝てろって言われなかったか。ガキに聞かせる話じゃない。……部屋に戻れ」

「まぁまぁ、スイ」

 シュアが割って入った。

「戻ろう? 眠れないなら連れていくよ」


「子ども扱いするな」

 シュアが差し出した手を、リセルは反射的にはねのけた。


 一歩、踏み出す。


「じゃあ、なんだよ。守られたくないってべそかいて、どっからどう見てもガキだろ?」


 ――あのとき、うわごとで口にしていたのか。

 しかも泣いているのを見られた。

 顔が、一瞬で熱を帯びた。


「おい、スイ」


 低い声が割り込んだ。

 壁際の木箱に腰をかけていた大男が、剣を置いて立ち上がる。

 日に焼けた肌、無精ひげ。灰を帯びた黒髪の下、鋭い目がぎらりと光った。


「言いすぎだ。少しは手加減しろ」


 ぶっきらぼうな一言だったが、張り詰めた空気がわずかにゆるんだ。

 スイは大きく息をついた。


「シュア、部屋へ送ってやれ」

 シュアはうなずき、リセルの腕を掴もうとしたが、リセルはその手を強く振り払った。


「エリシアのことなんだろ……!」

「だったらなんだ」

黎火(れいか)の郷――って言ってたよな。無関係じゃない。俺とエリシアはそこを目指していたんだ」


 そこまで言うと、窓際にもたれていた白銀の髪の男がふっと吹き出した。

 頬にかかる長めの白銀の髪が、絹糸のように細く、光をはらんでさらりと揺れた。


「黎火の郷を知っている者に会うとは。何年ぶりだろうね。……スイ、いいんじゃないか? 混ぜてやれ」


 低く、不思議な声音だった。その声は場の緊張をいとも簡単に呑み込み、静かに掌握していくようだった。


「クロファ……面白がって無責任なことを言うな」


 スイと呼ばれた銀髪の青年は大きく息を吐いた。


「……一緒にいたのは知っている。あの子がどうなったのか、知る権利くらいあるだろう」

 

 短い沈黙ののち、スイは肩を落とした。


「入れ」


 あきらめたようにリセルを部屋へ招き入れた。


 * * *


 部屋に入ると、大男が足で椅子を引き寄せた。

「……座れ」

 リセルはそこに座ったが、五人の男に見下ろされる格好になり、まったく落ち着かなかった。 


 ――しまった、座るんじゃなかったか。


 銀髪の青年――スイが目の前に腰を掛けた。

「さて、まずは自己紹介からいこうか。俺はスイ。ただのスイだ。この船で一応船長をやってる。お前は? 名を聞いてなかったな」

「リセルだ」

 スイはうなずき、手で順に示す。


「そこにいるのがシュアとエクシル。港町で引き込みをやってた。窓際にいるのはクロファだ。そして、さっき口を挟んだでかいのがラグド」


 だまっていると、スイがわずかに身を乗り出した。

「で、リセル。お前は何を、どこまで知りたいんだ?」

「さっき、言ってたよな。エリシアを探してたって。どうしてだ? それに、エリシアを連れて行ったやつのこと、知ってるみたいだった。お前も、ラファスも、何が目的で、彼女を追ってたんだ? エリシアはどこに――」


 吐き出しかけた言葉を、スイの低い声が遮った。

「……要するに、あの子のこと、ってことでいいか?」

 冷ややかな眼差し。

「自分のことは気にならないのか? この船がどこに行くのか。なぜお前は、火の民なのに突き出されなかったのか」


「それは……」

 声が詰まる。


 スイは口の端をわずかに歪めた。

「まぁ、いい。答えられるところだけ答えてやる」


 スイは低く息を吐いた。

「彼女を探していたのは、不当に閉じ込められていたからだ。聖堂にいたことは本人から聞いてるか? あのボヤは俺たちの仕業だ。だが、予想してた部屋にいなくてな。彼女はもう一人で逃げていた。……あとで調べたら、地下に閉じ込められていたらしい。まさか“次期聖女”が、そんな扱いとは思わなかった」


 リセルは拳を握りしめた。


「じゃあ、どうしてラファスは……どうしてそこまでエリシアを狙う。癒しの力があるからか」

「それもある」

 スイの声音が低く落ちた。


「だが……奴らが欲しがっているのは、それだけじゃない」

 リセルがさらに言葉を重ねようとしたとき、低い声が割り込んだ。

「スイ、余計なこと言うな」


 ラグドのぶっきらぼうな一言に、スイは肩をすくめ、前髪をかき上げた。


「……黒衛(こくえい)が出てきた時点で、もう厄介だった。()()()とは腐れ縁でな」

 短い言葉だけで、それ以上の説明はしない。

 リセルには「黒衛」が何なのかも、「あいつ」が誰なのかも分からなかった。

 ただ、スイの声音だけが妙に重く響いた。


「……じゃあ、エリシアは」

 リセルの喉が渇いた。

「聖堂に戻されたのか」

「それなら良かったんだがな。だが違う」


 スイはきっぱりと首を振った。

「黒衛が派遣された時点で、もう王城に送られているはずだ」

「王城に……?」

 リセルは言葉を失った。


「丁重には扱われる。聖女として迎える準備のためだ。傷つけられはしないだろう」

「……エリシアはどうなるんだ?」

「このままいけば、成人とともに正式に聖女にさせられるだろうな」


「成人?」

「……それが、聖女にされる条件のひとつだ。まだ、猶予はある」

 そこまで言うと、スイは椅子の背もたれにもたれて足を組んだ。

「まぁ、いま言えるのはここまでだ。気はすんだか? そろそろ部屋に戻ってもらおうか」


「――丁重に扱われる?」


 リセルは拳を震わせた。


「じゃあなんで、あいつは怯えてたんだ。あんなに戻りたくないと言ってたところに、連れて行かれたんだ。それが王城だろうが、聖堂だろうが大差ない。あいつらはエリシアから、すべてを奪った。母親も、名前も、故郷も――」


 薄明かりの船室に、沈黙が落ちた。

 リセルは止まらず続けた。


「お前たちだって、本当に助け出すだけか? 結局、あいつらと同じなんじゃないのか!」

 スイの瞳が細くなる。

 答えを探すより先に、大男の低い声が落ちた。


「助けてもらって、その言い草か」

「これ以上、話すことはない……」 

 スイの静かな声に、リセルは口を噤みかけた。


 だが胸の奥でどうしても残っていた言葉が、勝手に零れた。

「……さっき、黎火の郷って……言ったよな」

 一瞬、沈黙が落ちる。


 窓際にいたクロファが、ようやく視線を向けた。

「……さっきは驚いたよ。まさか、その名を口にするとはな」

 クロファは薄く笑ったが、すぐに声を落とした。

「だが当然か。ユーファの故郷だったんだからな」


「――だった?」


 短い沈黙。

 クロファは視線を伏せ、白銀の髪に影を落とした。


「……ああ。もう、ない。()()だからな」


 * * *


 それからは、シュアに連れられて部屋に戻された。足取りは頼りなく、どうやって歩いたのかも覚えていない。

 シュアは歩きながら、ずっと何か話していた。


「大丈夫、俺たちもやれるだけのことをするつもりだ」とか、「疲れたろ? まずは休まないと。先のことは体が回復してから考えたらいい」とか。

 どれも労うような言葉だった。優しい声なのに、頭には入ってこなかった。

 返事をしようとしても喉が固まって、ただ押し黙るしかなかった。


 共同の寝室に戻されると、二段の寝台にはもう子どもたちが眠っていた。

 シュアは「おやすみ」と軽く背を押し、上層へ戻っていった。


 布団に横になったものの、目は冴えたままだった。

 波の音。船底の揺れ。どこにも安らげる場所なんてない。


 ――そう思った矢先、隣の布団から小さな影がもぞもぞと入り込んできた。

「……兄ちゃん?」

 まだ幼い声。


 眠りの中で、リセルを誰かと間違えたのだろう。

 ためらう間もなく布団に潜り込み、背中に小さな体温が重なった。

 追い払うこともできず、そのまま目を閉じた。


 ぎゅっと回された、小さくて細い腕。

 悔しさも痛みも、温もりに押し流されていく。

 リセルは背を返し、男の子の顔を覗き込んだ。


 眉間に寄せられた皺。前髪をそっと掻き分ける。

 柔らかな髪の感触が、指先に残る。

 抱き返した。


 小さな体温が、じわりと伝わってくる。

 規則的な寝息。

 喉の奥が、かすかに詰まった。

 リセルは、そのまま、縋るように目を閉じた。


 気づけば、体温に包まれたまま、眠りに落ちていた。




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