第四十話 〜未来を選ぶ者〜
目の前に転がる巨獣の頭部を見つめ、クリウスは自然と笑みを浮かべた。
(俺が……倒した。あの巨獣を……!)
——バシッ!
「よくやった!」
リートの手が、背中を強く叩く。
「正直、ここまでの速度で《ノア》を扱えるとは思ってなかったぜ……」
リートはニヤリと笑った。
「これでこの辺りの魔獣は近寄ってこねぇだろ。本当によくやった。」
差し出される手。
——パシッ!
クリウスはそれを叩き返し、同じようにニヤリと笑う。
それを見て、リートも笑った。
「よっしゃ!山頂まで一気に——」
言い終わるより早く。
視界が、黒く染まる。
(やばい……意識が……)
膝から力が抜ける。
世界が遠のく。
クリウスの意識は、深い闇へと沈んでいった——。
***
暗闇の中。
クリウスの意識に、これまでの記憶が断片的に浮かび上がる。
母に反対されながら家を飛び出した朝。
聖都を目指し、ただがむしゃらに走った日々。
見習いになるため、泥だらけになって剣を振り続けた時間。
そして——
リートに助けられ、すべてが始まったあの夜。
さらに、もうひとつ。
幼い日の記憶。
——「お前はどうする?」——
問いかけてきた、あの男。
(誰だっけ……)
「……い!おい!」
リートの声が、意識を引き戻す。
「重えよ!そろそろ起きろ!」
視界が開ける。
目に飛び込んできたのは、揺れる空と、前へ進む景色。
クリウスはリートに背負われ、山道を進んでいた。
「——悪い、体が動かねぇ。」
弱々しく笑う。
《ノア》の反動で、体は完全に限界を迎えていた。
「ったく……これからの課題は《ノア》の力の配分だな。」
リートはため息をつきながらも、歩みを止めない。
周囲の景色は変わっていた。
木々は消え、代わりに低い草花が風に揺れている。
(山頂が近いのか……)
クリウスはリートの背中に揺られながら、ぼんやりと空を見上げた。
「なあリート。さっき、走馬灯みたいなのを見たんだが……どうしても思い出せないことがあってな……」
記憶を探るように呟く。
リートは一瞬だけ黙り込み、そして——
「——どーでもいい。それより早く体力回復しろ。キセルも吸えねぇ……」
興味なさげに言い捨てた。
それを聞き、クリウスは苦笑する。
「禁煙しろ、バカ師匠。」
「バカじゃねぇよ!年上を……師匠を敬え!」
その時。
二人の周囲を、濃い霧が覆った。
視界が白に閉ざされる。
「——ほらよ、ついたぜ。」
リートの声。
次の瞬間、霧が晴れる。
眩い光が、視界いっぱいに広がった。
「おつかれさん。登頂だ。」
クリウスはリートの背から降り、目の前の景色に息を呑む。
「……綺麗だな……」
眼下に広がるのは、果てしない雲海。
流れる雲の隙間から、のどかな街や自然が顔を覗かせる。
そのさらに奥——
一際巨大な都市が、煙を上げながら佇んでいた。
まるで、自ら雲を生み出しているかのように。
リートは腰を下ろし、キセルに火をつける。
ゆらりと煙を吐き出し、その都市を指差した。
「あれが俺たちの目的地——“工業国家ロゼッタ王国”だ。」
クリウスはその光景を見下ろす。
「あそこに……“冥工ダイロス”がいるのか……」
煙に包まれた都市。
その奥に待つものを、まだ誰も知らない。
——だが。
確かに、次の物語はもう始まっている。
歯車は静かに回り出した——。
—帝国堕天編 完—
次の章は一週間後に投稿予定です。
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