第三十九話 〜灯りの兆し〜
夜の帷が開け、草原は光に染まり出す。
背後に聳え立つレア山脈は、朝日を浴びて怪しく輝いていた。
「よし、行くか。」
リートはニヤリと笑う。
「おう。」
クリウスは真剣な顔で頷いた。
クリウスにとって、初めて踏み入る人類の支配外領域。
魔獣が蠢くレア山脈。
二人はゆっくりと、しかし確かな足取りで山の影へと消えていった——。
***
——ザシュッ!
リートの刃が、巨大な魔獣の頭蓋を叩き割る。
——グォォォォォォ!!!
魔獣は黒い泡を吐きながら、砂煙を巻き上げて地面へと倒れた。
「何匹いるんだよ……」
クリウスは汗だくになりながら、刃の血を振り払い、鞘へ収める。
「気を抜くなよ。お前を守りながらってのも限度がある。」
リートは鋭い目で周囲を見回し、深くため息をついた。
「ここらはもう大丈夫だろ。とりあえず休憩だ。」
そう言って、魔獣の死体へ腰を下ろす。
レア山脈を登り始めて一時間。
魔獣は途切れることなく襲いかかってくる。
山登りで削られる体力。
加えて警戒を続ける緊張。
クリウスにとっては、あまりにも過酷だった。
「魔獣ってどんな味がするんだろうな?」
リートは思いついたように腹を裂き、手の炎で肉を炙る。
「おいおい、食えるわけねぇだろ……」
クリウスは呆れ顔でそれを見た。
「何事も挑戦なのさ、クリウスくんよ。」
ニヤリと笑い、明らかに色のおかしい肉にかぶりつく。
「うぇぇぇぇ!!!」
肉はそのまま地面へと吐き出された。
「お前元気だな……」
クリウスはため息をつく。
(——だが……)
先ほどの戦闘を思い返す。
何十匹もの魔獣に囲まれながら、
眉ひとつ動かさず、リートは切り伏せていった。
炎を纏い、圧倒的な力で蹂躙する姿。
(“炎の魔神”か……)
「なあ、お前も食ってみろよ!」
いつの間にか隣に来ていたリートが、
串刺しの肉をクリウスの頬へ押しつける。
(やっぱただのクソガキだな。)
考えを改め、肉を叩き落とした。
「リート、あとどのくらいで山を越えられるんだ?」
再び焼こうとするリートを横目に問いかける。
「んぉ? んー、日が暮れる前には山頂に行きてぇな。」
「なんで日暮れ前に?」
リートは肉を回しながら答える。
「山頂付近は魔獣の縄張りじゃなくなるからな。寝込み襲われたくはねぇだろ?」
クリウスは暗闇の中に現れる魔獣を想像し、身震いした。
「た、確かに……よし!早く行こう!」
一刻も早くこの危険地帯を抜けたい。
その思いがクリウスを突き動かす。
「よし、そろそろ行くか。」
——だが、その瞬間。
——ドシンッ!
横の巨木が倒れ、
それを押しのけるように巨大な影が現れた。
——グォォォォォォォォ!!!!
凄まじい咆哮が森に響く。
二人は同時に後方へ跳んだ。
「リート!あれなんだよ!」
クリウスは目を見開き、巨獣を睨む。
「あれがこの辺の主だ。ここまででかいのは珍しいな……」
「感心してる場合かよ!?」
巨大な鉤爪が振り下ろされる。
二人は別方向へ回避し、体勢を整える。
巨獣は標的をクリウスへと定め、再び攻撃を仕掛ける。
「クリウス!成長を見せろ。《ノア》を使え!」
攻撃の嵐の中、リートの叫び声を聞いて、クリウスは意識を集中させる。
——ドンッ!!
瞬時に攻撃を回避。
横では巨大な前足が地面を抉っていた。
「こんな状況じゃ無理だ!リート!」
だが、その頃リートは、
枝の上で優雅にキセルに火をつけていた。
「あのな、人生ってのはいつも予想外なんだよ——」
言葉が途切れる。
クリウスへと向けるその目が、氷のように冷たく刺さる。
「……甘えるな。」
クリウスはその視線を受け、巨獣へ向き直る。
(クソッ……!)
「フー……」
目を閉じ、《ノア》に意識を沈める。
——グォォォォォォ!!!
巨獣が地面を抉り、飛礫を叩きつける。
無数の砂利が体を切り裂く。
(——集中……)
振り下ろされる鉤爪。
「——きた!」
——ドォォォォォォン!
クリウスのいた場所が砕け散る。
だが、その場所にクリウスの姿はなかった。
木の上に座るリートはニヤリと笑う。
「……お前はやれる子だと思ってたぜ。」
その視線の先——
高く跳び上がったクリウス。
「おりゃぁぁぁぁぁ!!!!」
巨獣が見上げる。
——ザシュッ!!!
頭部が地面へ落ちる。
その最後の視界に映ったのは——
リートと同じ、
ニヤリとしたクリウスの笑みだった……。




