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Pandora  作者: アカイヒト
帝国堕天篇
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第三十八話 〜消えかけの火〜

朝の冷たい空気が、ゆっくりと肺に流れ込む。


「——ん……」


クリウスは目を覚ました。


草の匂いと、かすかに残る焚き火の煙。

だが——隣にいたはずの男の姿がない。


「……リート?」


体を起こした、その時。


「起きたか」


背後から声がした。


振り返ると、リートが朝日を背に立っている。

手にはいつもの短剣を握り、じっと刃を見つめていた。


「なにしてるんだ?」


「……いや、なんでもない。修行再開といこうか」


わずかな間を置いて、リートはいつもの調子で笑った。


     ***


——カチンッ!


緑に染まる草原に、金属がぶつかり合う音が響く。


「今のお前に《ノア》を長時間使うのは無理だ! 基礎を叩き込むぞ!」


——カンッ! カンッ!


クリウスは必死にリートの剣を受ける。

手加減されているはずなのに、それでも捌ききれない。


「……わかってる!」


——カチンッ!!


鋭い一撃が弧を描き、クリウスの剣を弾き飛ばした。


「ダメダメだな。そんなもんじゃ、山に入った瞬間死ぬぞ」


リートはニヤリと笑い、キセルに火をつける。


クリウスは深く息を吐き、その場にへたり込んだ。


「なあ……マリザ様たちは大丈夫なのか?

 いくら《六大魔王》が動いてないからって、帝国中が敵なんだろ?」


リートは煙をふっと吐き、クリウスの方へ流す。


「心配すんな。俺たちがここにいるのに、追っ手は一度しか来てない」


一拍置いて、口角を上げる。


「——なぜかわかるか?」


クリウスは少し考え、肩をすくめた。


「……忘れられてるとか?」


苦笑混じりの答えに、リートは軽く笑う。


「ちげぇよ。帝国も、完全には堕ちてねぇってことだ」


煙を吐きながら続ける。


「全員が《黒い羽根》についたわけじゃない。まだ踏みとどまってるやつらがいる」


その言葉に、クリウスの目に光が戻る。


「じゃあ……まだ希望はあるんだな?」


だが、リートはキセルの灰を地面に落とし、静かに言った。


「——簡単な話じゃねぇよ」


わずかに視線を落とす。


「聖都にかかってる“催眠魔法”を解かねぇ限りな」


短く息を吐き、気持ちを切り替えるように言葉を続ける。


「まあ、そこはマリザがなんとかするだろ」


そして、クリウスを見据える。


「俺たちは“ダイロス”を探す。それに集中すりゃいい」


「ダイロス……“冥工ダイロス”か。名前くらいは聞いたことあるけど、どんな人なんだ?」


リートは空を見上げる。

どこか懐かしむように、そして楽しむように笑った。


「面白いやつだよ。あいつが作った魔道具でな、よく《パンドラ》の連中にイタズラしてた」


肩をすくめる。


「そのたびにデラクに怒られてたな」


(子供かよ……)


クリウスは呆れたように息を吐いた。


「この山の向こう……“ロゼッタ王国“にいるんだよな?」


「んー……まあ、着いてからのお楽しみだな」


少しだけ間を置く。


「その前に、会わせておきたい奴もいるしな」


クリウスは顔を上げる。


「カルライ陛下か? 迎えに行くのか?」


「あぁ……そういや皇帝もロゼッタにいたな」


一瞬だけ考え、首を振る。


「いや、まだだ。アストリアが落ち着いてからじゃねぇと意味がない」


クリウスの表情が曇る。


「そうか……じゃあ、その会わせたい奴って誰なんだ?」


リートはいつものように笑った。


「それも、着いてからのお楽しみ——だな」


だが、その笑みの奥に、

ほんのわずかな影が差したのを——


クリウスは見逃さなかった。

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