独白録:一条 満【兄弟】
Side 一条 満
俺の最初の記憶と言えば、残忍な夜の記憶。
父と、母が、死んだ日の記憶。
当時四歳であった俺は、そのショックから、『血統魔法』を発現した。
全てを飲みこみ、消し去る闇の魔法。
『一条の闇』を心のコントロールが効かない四歳で発現したのだ。
生まれながらに膨大な魔力を持ち、まだ赤子に近い年齢で『血統魔法』に目覚めた俺は、常に死と向かい合わせの日々だった。
膨大過ぎる魔力はコントロールを失い、ほとんどの人間に恐れられる『血統魔法』は制御を失った。
その吹き荒ぶ闇の魔法を必死で抑え込んでいたのは、三歳年上の姉だった。
俺よりも少ない魔力で、同じ『血統魔法』を抑え込み続けた。
時には幼い体に毒なほどの魔力回復ポーションを飲み、なんとか俺を生かし続けた姉。
大人たちも対応することが出来ない『一条の闇』を、同じ『一条の闇』を持つ当時七歳の姉が制御し続けたのだ。
それが一条 光。
俺の一番上の姉の名だ。
姉以外、俺を制御できる人間がいなかった。
姉はいつも俺の側で、俺を抱き締めながら『大丈夫、大丈夫』と背を撫で続ける。
俺が本当に大丈夫と思えるまで、三か月の時間が必要だった。
俺が落ち着き、周りの環境が変わったことが理解できたのは、それから三か月。
両親が死んでから、半年の月日が経っていた。
俺と姉は父の生家ではなく、父の妹の嫁ぎ先、鷹司家へ引き取られた。
詳しい事情は知らなかった。
そこで得たのは新しい兄弟。
穏やかながら強い兄、義貞兄さん。
豪快でおおらかな姉、澪姉さん。
同じ年で一緒に遊ぶ、友貞。
俺はその家族に、少しずつ慣れていった。
両親の顔が、鷹司の両親の顔に上書きされ始めた頃、事件が起こる。
俺と友貞が、殺されかけた。
咄嗟に俺が『血統魔法』でその刺客を消し去ったが、そのショックで、俺の能力は制御を失った。
友貞が、必死に大人を呼びに行ってくれたと聞いている。
でも、戻って来た時には、手遅れなほど、膨大な闇の渦に、俺は包まれていた。
『離して!香も喪ったの!満もなんて、耐えられない!お願い行かせて!!』
泣き叫ぶような姉の声が薄っすらと聞こえた。
自分なのに、自分でない俺が、姉を取り押さえる義貞兄さんを見た。
姉を羽交い絞めにする義貞兄さんは、苦悶の表情で、俺を見ていた。
人を呼びに行った友貞は、声も出せずに茫然と涙を流していた。
その中で、一人、俺の方に歩いて来た。
『澪!』
義貞兄さんの怒声が響いた。
でもその脚が止まらず、俺に向かってくる。
『来ないでっ、』
思わず、そう叫んだ。
お願いだから、俺に、大切な人を殺させないで!
『お願いだから、来ないで!』
渦巻く闇の障壁に、澪姉さんは手を添えた。
さっきの刺客は一瞬にして灰になったのに、澪姉さんの手はそのまま闇の障壁を越えてきた。
また一歩、澪姉さんが近づいた。
『大丈夫だよ、満。『血統魔法』ってね、身内には効かないんだよ?』
ニコッと笑う澪姉さんは、いつものように笑った。
そして澪姉さんは、俺の身体を抱きしめた。
『母さんと、満の本当のお父さんは兄妹なんだ~。だから、私たちに、満のこの魔法は効かない。安心して』
トン、トン、と背を叩かれ、その後に襲ってきたのは安堵だったのだろう。
ゆっくりと、俺は眠りについた。
……後で聞いた話だけれども、澪姉さんは、成功する確証がなかったらしいけれども、試してみて成功したらしい。
澪姉さんは、失敗したらどうする気だったんだ!と鷹司の両親や、義貞兄さん、姉さんとみんなに怒られていた。
ただ、澪姉さんに抱きしめられたことが、どれほど俺の……いや、俺と姉の孤独を救ったか、澪姉さんは知らないんだろうな。
まあ、俺が目覚めたあとはいろんな意味で大変だった。
目元を真っ赤に腫らして、鼻水がダラダラ状態の友貞が抱き着いてきて、
いつもの様子だけど目元が赤い義貞兄さんに頭を撫でられ、
泣き顔を見せたくないのか、俺を背中から抱きこんだ姉が鼻をすすって、
ニコニコ笑いながらも、ぎゅっと俺の手を握る澪姉さんが隣に居た。
そんな俺たちの様子を鷹司の両親は目元を赤くしながらも、笑っていた。
そして鷹司の父から、何故、俺と友貞が狙われたか聞くことになった。
俺が『一条の闇』を持つ、一条家の直系だから。
ただ、それだけのことで、俺と友貞は殺されかけた。
『俺、満の足手まといならないようにっ、鍛えるから!』
両親の話を聞いた友貞が言ったその言葉に、俺はまた救われた。
七歳になった時。
俺の環境は大きく変わることになった。
何をしたかは知らない。
でも姉、光が、一条家の権力を手に入れた。
まだ十歳。
そんな姉が何をしたかは、士官学校の卒業の年……十六歳まで知ることはなかった。
こうして七歳の俺は『一条 満』という存在に変わった。
苗字が変わっただけで、俺も、姉も、鷹司の家で、鷹司の家族と、一緒に過ごし続けた。
その春、十歳になった姉、一条 光は、何故か士官学校へ進学した。
その時は義貞兄さんも澪姉さんも同じ士官学校に進学していたので、特に疑問は無かった。
ただ、穏やかな日々の中で、幼い日の記憶が不意に蘇る。
トン、トン、と背を叩く叩き方が、姉ではない。
姉よりも小さく、俺よりも大きな存在。
『香、姉ちゃん』
俺がそう言った瞬間、誰よりも目を大きく開いて、動揺したのは姉さんだった。
茶色い髪と、夕日のようなオレンジの目を持つ、俺のもう一人の姉。
『思い、出したのね』
姉が困ったように笑った。
そこで姉と初めて昔の家族について話をした。
父と、母。
三歳年上の姉の光、そして一歳年上のもう一人の姉――香。
俺の記憶の中で『香』という姉は忘れ去られていた。
『本当は……忘れたままで居て欲しかったな』
『……忘れられないよ、姉さん』
『そっか……』
そこから姉は自分のことを話してくれた。
姉が士官学校に入学した理由が『香姉さんを探す為』だと知り、自分の無力感を思い知った。
姉が皇族の婚約者になったことは知っていたが、姉が外に出られない首輪を嵌められたのに気が付いてしまった。
『俺も、香姉さんに会いたい』
そう口にすれば、姉さんは優しく笑った。
その日から、俺も友貞と一緒に身体を鍛えだした。
剣術、魔力のコントロール、そして精神の安定。
剣術は澪姉さんが、魔力コントロールは義貞兄さん、精神の安定は同じ能力を持つ姉さん。
それぞれに教えを乞う。
澪姉さんにボコボコにやられたところで俺は空を見た。
同じようにボコボコにされて地面で寝転ぶ友貞が不意に口を開いた。
『ちょっと思うんだけどさ』
『なんだ?』
『満の姉ちゃん、香姉ちゃん?』
『香姉さんがどうした?』
『満にとって、澪姉ちゃんは姉ちゃんだし、俺にとって光姉ちゃんは姉ちゃんじゃん』
言いたい意味が分からず友貞を見れば、友貞がニッと笑っていた。
『ってことは、香姉ちゃんは俺の姉ちゃんになるよな』
その原理で言えばそうなるな、なんて思ったところで、友貞が上半身を起こした。
『だから俺も香姉ちゃんを一緒に探すからな!』
『なんだその理屈……』
『俺が決めた理屈!』
ケラケラ笑う友貞に、俺も笑い出した。
『へえ、好いじゃん。じゃ、私も『妹』の香を探すよ~』
『なら僕も香を探すよ。三人目の妹をね?』
澪姉さんと義貞兄さんもそう言って笑う。
そして姉も嬉しそうに笑うのだ。
だけど、運命っていうものは、残酷だと思い知らされた。
士官学校を卒業して一年。
第三次全面戦争の最中、思いもしない情報が飛び込んできた。
第二師団の師団長である義貞兄さんの所に届いたのは驚くべき情報だった。
『一条 光副師団長が自身の身柄と引き換えに、負傷者の帰国を嘆願。受け入れられ、第四師団は生存者帰還。一条 光副師団長は捕虜として、春の国に移送されたとのことです!』
第二師団に所属する俺と友貞はひゅっと嫌な空気の飲み方をした。
まさか、姉さんが?
そう、言おうとしたところで、新しい伝令が飛び込んできた。
『明新院正光殿下、敵国の高位と思われる騎士を捕虜としたそうです』
その言葉に、義貞兄さんはポソッと言葉を漏らした。
『……光と人質交渉出来るぐらいの身分で会って欲しいのだけれども』
その言葉はある意味願いで、ある意味残酷だった。
正光殿下が連れ帰った捕虜の存在が第二師団に伝わったのはその三日後。
捕虜が『業火の秋里』の一族の女であること。
18歳。
名を香。
そして赤茶色の髪に、オレンジの瞳を持つ騎士であること。
この情報を見せられた俺は、頭を殴られたようにガンガンとした眩暈に襲われた。
もしかしたら、でも――。
会いたい。
だが、会うことは出来なかった。
『何故です!?あの捕虜は俺の姉の可能性があるのに、何故面会が許可できないのです!』
上司に当たる鷹司の父上に、自分の怒りをぶちまけるようにそう聞けば、鷹司の父上が悔しそうな顔で口を開いた。
『分かっている……だが、一条からの嘆願ならまだしも、鷹司からの嘆願では弱い』
『でしたら、俺の名を使って!』
『いや、一条の暫定当主は光だ。お前は成人前でその権利が無い』
この時ほど、十七歳という年齢を呪わしく思ったことはないだろう。
高が一年。でも成人という未成年という差の一年が、大きく俺を絶望させた。
『……それに、どうやら皇弟殿下が圧力を掛けているらしい』
鷹司の父上の言葉に、息を呑んだ。
皇帝陛下よりも権力を持つその弟の皇弟殿下。
そして、怪しげな実験を多く行うという噂もある。
皇弟殿下は、香姉さんを実験台にするのでは?
一瞬にして、血の気が引くような感覚に陥った。
『父上!満も一緒か!』
いつも冷静な義貞兄さんらしくなく、駆け込んできた彼は少しだけ、ホッとした顔であった。
『正光殿下が香を保護した!新玉宮に見初めた姫として匿った!正光殿下なら、皇弟殿下の命も突っぱねられる!』
僅かな光が灯ったような感覚。
思わず安堵から膝の力が抜けた。
咄嗟に、隣に居た友貞が俺の脇を掴んで支えた。
『呆けている暇はないぞ、満!さっさと新玉宮に行け!お前の姉に会うんだ!』
いつもは冷静な義貞兄さんが、勢いよく俺の背を押しながら、新玉宮へと向かわせた。
そこで再会した姉は……記憶よりも綺麗な人だった。
『香、姉さんっ』
涙が出そうになりながらも、抱きしめたその身体は、小さくて驚いた。
思わず彼女の背中のシャツを握りしめてしまえば、彼女はトントンと背を叩く。
ああ、そうだ。
光姉さんと違って、歌うように背を叩くのは、この姉だった。
『満?』
『うん、満だよ、香姉さん』
泣きそうになりながらも、何とか笑った。
『会いたかったよ香姉さん……姉さんもっ、会いたかった、と思う』
赤茶色の髪、俺を映し込むオレンジのような目。
薄らいだ記憶にある母親と同じ色をしていた。
この顔、この姿を見たかったのは、俺じゃなく姉さんだったはず。
そう思うと、泣けなかった。
『え、姉さん、は?』
香姉さんが真っ先に口から出たのは姉さんの事だった。
どう答えていいか、分からなかった。
姉さんが無事か分からない。
殺されることはない。
――だって、姉さんは我が国では、重要人物。
……でも、姉さんが無事とは、言えないのだ。
『お前の姉が、今正直、問題だ』
空気を読まないような第二皇子……正光殿下の声に、一気に頭に血が上った。
『殿下!』
『はっきり教えてやった方がいいだろ。
お前の姉、光は今、春の国の捕虜だ』
空気を読まない言葉に、目の前の香姉さんの顔がどんどん青くなっていく。
『お前の姉は一条 光。我が国の第四師団の副師団長だ。仲間の命と引き換えに、捕虜になったそうだ』
『正光殿下!』
思わず叫んだが、伝わってしまったことはもうどうしようもない。
恐る恐る香姉さんを見れば、青い顔でも、視線を上げて、正光殿下を見た。
『生きて、いるんだ、ね』
『ああ、光は殺しても死ぬタイプじゃねぇからな』
香姉さんの言葉に、殿下はケラケラと笑いながら答えた。
その瞬間、香姉さんはホッとした表情に変わった。
それから俺は、ことあるごとに新玉宮へ出向いた。
一応、俺が一緒に育った兄弟たちも連れて。
でも、何故か香姉さんに壁があるように感じてしまった。
その正体を、俺は推し量れなかった。
『なんか、香姉さんに壁を感じる』
拗ねたようにそう言えば、鷹司の父上が苦笑いを浮かべた。
『多分だけどね、香にも新しい家族がいるんだよ。それで寂しさが生まれているはずだよ』
『なにそれ』
『人の心は複雑なんだよ、満』
鷹司の父上の言葉の意味は理解しきれなかった。
ただ、幼い頃と変わらず、頭を撫でながら鷹司の父上は笑った。
少しずつ、香姉さんは話をしてくれるし、笑顔が零れるようになった。
でも同時に、新玉宮への侵入者が増える。
正光殿下が防いでいるが、あの宮は非戦闘員も多い。
『……と、言うわけで、満、友貞、新玉宮の護衛をしてくれるかい?』
にこやかに笑う義貞兄さんに、俺は迷わず『やる』と答えたし、友貞も『もちろん』と答える。
護衛についてみて分かったのは、正光殿下には遠慮がない事。
香姉さんに感じる壁が、薄くなってきていることだった。
同時に一向に進まない人質交換に複雑な気持ちが浮かんできた。
しかも、姉さんの安否についてが、一向に伝わってこない。
無事で会って欲しい、早く帰って来てほしい。
そう思うけれども、複雑な気持ちが占めてくる。
姉さんが帰ってくるということは、香姉さんとの別れを意味する。
心の整理ができるほど、俺は大人では無かった。
でも、殿下が香姉さんを連れ出し、姉さんの好物を食べさせに行った。
遠くから護衛して思うけれども、やっぱり殿下が香姉さんの壁を少しずつ切り崩していく。
俺にはできないことを、殿下が軽々やっていくのが、少し、否、かなり腹立たしかった。
それから二日後。
予想外の置手紙を見た。
『じゃあ、ちょっと行ってくる』
澪姉さんが書き残したその手紙に、義貞兄さんは頭が痛そうだし、その手紙を持ってきた、病院で安静にしていなきゃならない澪姉さんの旦那、篠宮 成継さんも頭が痛そうだ。
『あっんの、じゃじゃ馬が!』
久々に義貞兄さんがブチギレしたところを見たかもしれない、とコッソリ友貞とアイコンタクトする。
『すまないな、成継。愚妹は帰ってきたら監禁だろうが好きにしてくれ』
青筋が立ちまくった笑顔でそんなことを言う義貞兄さんだが、同じぐらい青筋立つまくった笑顔で『そうさせてもらう』という成継さんもかなり怖かった。
澪姉さん、帰って来ても死亡フラグだよ。
『おおよそ春の国に忍び込んだな』
『澪の腕なら心配はいらないだろうけど、余計なことをしないかが心配だ』
成継さんと義貞兄さんの言葉に、俺と友貞は同じタイミング頷いた。
澪姉さんの強さなら、心配はいらない。
俺や、友貞よりも、澪姉さんの方がはるかに強い。
でも、澪姉さんは帰ってこなかった。
不安が最高潮になったところで、人質交換の話が進んだ。
それと同時に、我が国の皇族が、一人行方不明になった。
姉さんの婚約者であり、皇弟殿下の息子。
久豆則殿下。
『なんだか色々きな臭くてな』
そう言いながら義貞兄さんが見せたのは澪姉さんからの手紙だった。
『光は無事みたい。安全に守られている』
『春の国で、光が怪物退治したらしい』
『一応、光の顔を見てから帰るね』
『春の国でクズを見つけた』
『後を追ってみる』
最後の手紙が妙に嫌な予感をさせた。
『澪のことだから無事だと思うのだけれども……。
この手紙が最後ってことは、もしかすると、春の国で我が国の皇族が何かをしているかもしれない』
『確かに、ちょっと心配だな、澪姉ちゃん』
『こちらから手紙を送る手段は?』
『あったら送るよ。まったく、無鉄砲な癖に能力が高いんだよあの愚妹は』
呆れているけれども、義貞兄さんは澪姉さんの腕を信頼している。
むしろ、冬の国で、澪姉さんに助けられて、尊敬する軍人は非常に多い。
澪姉さんは一個前の戦争……第二次全面戦争の英雄でもあるから。
澪姉さんの安否も分からぬまま、もろもろが決まっていく。
それと同時に、見ないようにしていたものが、見えてきてしまった。
殿下が香姉さんに向ける視線の意味も、香姉さんが殿下に向ける視線の意味も、分からないほど子供では無かった。
俺はそれを言語化することも出来ず、複雑な気持ちで眺めていた。
何故、国が違うだけでいがみ合うのか?
何故、国が違うだけで家族が割かれるのか?
何故、国が違うだけで愛する者同士が引き裂かれるのか?
答えなんてない。
でもふと思った。
一人だけ、たった一人だけ、この理不尽を変えられる人がいる。
思わず、見てしまったその人は、穏やかな顔で香姉さんを見ていた。
家族に恵まれず、多くの敵と戦いながら生き抜く皇子。
彼が、もしも彼がこの国の理不尽と戦う意思を持てば、多くに人間がその背に着くだろう。
でも――彼はそうせずに、殺戮皇子として生き続けることを選ぶのか?
俺はそんな言葉を口に出せずにいた。
『殿下、いつまで眼を背けるおつもりですか?』
そう、口を開いたのは義貞兄さんだった。
思わぬ言葉に俺はあんぐりと口を開けてしまったし、同じような顔で友貞も開いた口が塞がらないようだった。
『どういう意味だ?』
『そのままです。澪の理不尽を見ても戦わず、光への理不尽にも戦わない』
はっきりと言いきった義貞兄さんの襟元を、正光殿下はグッと掴んだ。
『なんだと?』
『貴方戦ったおつもりでしょうが、戦っては居りませんよ。澪は結婚して軍人でなくなり、光ももうすぐそうなります。本当に抗うなら、貴方の部隊に組み込む手だってあった、でも貴方はしなかった!』
怒りの籠った義貞兄さんの言葉に、俺と友貞はビクッと背を伸ばした。
『そして、今度は香です!』
『なんでそこで香が関係ある!』
『ありますね!保護するまでは予想外でしたよ!でもね、そのままお前は敵前逃亡するだけだ!』
『敵前逃亡?』
『ああ、そうでしょう?香にあれだけの好意を見せながら、さっさと安全な場所に逃がす。』
『ソレの何が悪い!』
『男なら、自分で安全な場所つくれ、このヘタレ!』
その瞬間、義貞兄さんの拳が、正光殿下の頬にめり込んだ。
俺と友貞は条件反射で抱き合ってしまった。
長年、俺たち兄弟に暗黙のルールがある。
義貞兄さんだけは怒らせるな、と。
『だいたいな、お前がさっさと国盗りすりゃいいものを、こんな腐り切った国を逆に守りやがって、アホか?』
『アホ?』
『アホでなきゃ、ゴミだな。クズより下のゴミ』
ちょっと、いや結構怖くて、もう190オーバーになった俺と友貞でガクブル震えた。
そのぐらい、義貞兄さんのキレたところは怖い。
『お前が覚悟を決めるなら、覚悟を決める人間が大勢いるんだ。いい加減目を覚ませ、正光』
そう言った義貞兄さんはすっきりした顔で帰っていた。
友貞と目配せをし合って、とりあえず冷やすものを取りに行ったが、頬に冷やした布を当てた瞬間、少し驚いた。
スッキリした顔なのは、殿下も一緒だった。
『……覚悟、決めるか』
その呟きは、本当に小さな一言だった。
それからはちょっと話したくない。
想像して。
姉弟の恋愛シーンなんて自分から口にしたいと思う?
俺は嫌。
だから何も言わない。
ただ、香姉さんを祝福するために婚約を認めるペンダントトップとチェーンを作って、正光殿下には作ってくれる人がいないって知っているから殿下の分も作って渡す。
俺が出来る精一杯はそこだった。
時の流れはあっという間。
ひょっこり帰ってきた澪姉さんに、予想通りに義貞兄さんがブチギレて、成継さんは宣言通り監禁。
……監禁、と言ったけれども、澪姉さんの身体は予想以上にボロボロだったらしく、安静にさせる措置らしい。
そうして、来て欲しかったような、来て欲しくなかったような、運命の日が来た。
冬の国と春の国の国境の防衛都市、土門。
互いの国境の町から展開される軍団は一発即発という言葉が最適だろう。
ただ、少し意外だったのは、春の国の白の軍団に囲まれる姉さんが驚くほど穏やかな顔をしていたことだ。
『なんか光姉ちゃん妙に元気じゃない?』
隣の友貞の言葉に、頷いた。
その姉が、魔力をまとめるような動きをした。
俺を初め、一条の人間たちが剣の柄を握る。
でも姉は『待て』というように手で制した。
その魔力が塊になる意味を、冬の国の人間は知っている。
『え、光姉ちゃんマジ?』
『……相手の男誰だかわかるか?』
隣の友貞に尋ねれば、ニヤッと笑う友貞はジッと相手を見た。
『あれは多分、第二騎士団の団長の朝比奈 清澄じゃないかな?』
『破天荒な次男の方じゃないよな?』
『ゾンビ軍団生み出した長男の方だと思うよ』
そう言いつつも姉が差し出した石を受け取った男の顔はどこか穏やかだった。
『……光姉さんにもチェーンとペンダントトップ必要だな』
『あれ~?香姉ちゃんと差が激しいな?』
『あれは正光殿下が気に入らなかっただけ』
『ふ~ん』
そう言い合っていたところで、パンっと空砲が鳴った。
反応するようにもう一度、パンっと空砲が鳴る。
その音を合図に、白の軍団に囲まれた、黒の姉はこちらに向かって歩き出した。
そして黒の軍団に囲まれた、白の姉は向こう側に歩いていく。
赤茶色の髪を靡かせる姿が、どこか懐かしく、母を思い出した。
『またね、香姉さん』
聞こえないであろう言葉を小さく呟いた。
唯一、聞こえたであろう友貞の口元も僅かに緩んだ。
歩いてくる姉さん。
歩いていく香姉さん。
二人の脚が、ちょうど国境で止まった。
二人の髪が風に攫われ合う。
どうして……この瞬間に思い出したのだろう。
黒い髪と、太陽眼を持った父の笑顔と、
紅茶色の髪と、業火の目を持った母の笑顔を。
忘れていた記憶の蓋が開いた。
ぼろり、と落ちた涙が示す意味など、誰も分からないだろう。
『そうだった……母さんと香姉さんの髪の色は……紅茶色だった』
俺の呟きに、友貞は何も言わず、ただ背中を叩いた。
その手が、妙に暖かかった。
『ごめんね、母さん。父さん。忘れていた』
そう呟いたけれども、両親としては忘れたままで居て欲しかったかもしれない。
でも俺は思い出してしまった。
俺が涙を溢すように、また歩み出した姉が銀色の涙を溢しながらこっちに来た。
風に攫われるその涙は、俺と、香姉さんと、同じ色だ。
歩いて来た姉は泣きながらも、笑った。
『ただいま』
その言葉に、俺も、友貞も、義貞兄さんも、姉の小さな身体を抱きしめた。
『おかえり、姉さん』
温かさを感じる姉がフッと笑った。
柔らかなその表情はどこか満ちているように見えた。
ふと、俺は振り返った。
白の軍団の中で、香姉さんを抱き締める紅茶色の髪の男。
そして白の軍団の中で、姉を見つめる男。
俺は軍帽を取って頭を下げる。
同じ動作をしたのが周りにいるのを感じた。
友貞、義貞兄さん、そして一条の血縁。
顔を上げて軍帽を被り直した。
『ねえ、満。私ね、婚約先取りしてきた』
ふふっと、笑う姉は楽しそうだった。
『帰ったらチェーンとペンダントトップ作るから、人造魔石を見せてね』
そう言って、俺たちの家に帰るのだった。
これにて番外編も含めて一章完結です!
続きも書き始めますので、お待ちいただければと思います!
少しでも面白い!続きが読みたい!
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