三十八節 幽霊屋敷1
これは……絵に描いたような幽霊屋敷ですね。
目の前の門扉は明らかに錆びていますし、しかも見上げた鉄製の門や柵には明らかに『過剰』と思われるほどの防衛魔法が掛っている。
しかも、門にではなく、蔦に防衛魔法が掛かっている。
「蔦……ですから普通の騎士が見ても気づかなかったのですね」
光さんは普通にそんなことを言いましたが、私も一見ではわかりませんでした。
一応、副団長を務めているのですがね、私。
ただ、この屋敷に来た時、間違いなく防衛魔法に気がつきました。
それは他の騎士たちもそうでしょう。しかし、騎士たちが踏み込めなかったのは、この防衛魔法が明らかに厳重で、なおかつどこが媒体になっているか分からなかったからだ。
普通に解除しようと思っても門の鉄に対して解除を掛けたとしても、解除することはできない。
「しかし蔦ですか……こういうときに綾人が欲しいですね」
兄上、仮にも第一騎士団の騎士団長を簡単に借りられるレンタル品みたいに言わないでください。
「ああ、確かに……と言いたいところですが、綾人さんでは門ごと焼いちゃいそうですよ」
光さん、あながち評価が間違っていなそうで困ります。確かに消し炭にしそうですね。
「あながち間違っていないのが困る」
ポソッと頭が痛そうな顔で私が思っていたことと同じことを言った千歳さん。
今頃、綾人さんはくしゃみをしていますよ、きっと。
確かに、蔦は植物であり、生き物です。つまりは魔法を掛けるにも蔦が成長してもいいように何かしらの工夫が必要だ。
この防衛魔法を掛けた魔法士は非常に優秀でしょうし、意地の悪い人間だと思いますよ、本当に。
なんて溜息を吐いたところで、兄の彩眼が私に向いた。
何とも楽しそうな、オレンジ色を浮かべています。……時々思いますが、好奇の色って綾人さんの目の色と似ていますよね――綾人さん、好奇心の塊みたいな人ですし、今頃二度目のくしゃみをしていそうですね。
「まぁ、力押しをする気はありませんからね……昌澄、解いてもらえますか?」
ニコリと笑った兄上が私を見てきました。
つまり、さっさとこの防衛魔法を解除しろということです。
「了解しました」
素直にその蔦が絡まる門扉に手を翳します。
ゆっくりと、魔力を糸のように流し込み、魔法が発動するための歯車のようなモノの間に私の魔力を流し込みます。
ああ、ありましたね。
魔法を発動させるための『繋』のような場所。
そこをピンポイントで壊す。
ガチャンっと施錠が外れた音が響いた。
ギギギッと物々しい錆びついた音を立てながら門扉が開いた。
同時に鼻に届いた戦場の匂いは、錆なのか、血なのか、判別はできない。
「流石ですね、昌澄」
「こういう地味なことは得意なのですよ、兄上」
ふふっと、笑い合いながらも開いた門の先に続くエントランスまでの道を見た。
同じ要領で糸のような魔力を通し、侵入防止魔法を次々に壊していく。
それにしても厳重ですね。
落とし穴、地雷、感電、失神、おや発火まで。罠魔法の見本市のような厳重っぷりに笑ってしまいました。
「何個だい?」
兄上はなんとも楽しそうに聞いてきます。
「落とし穴4、地雷8、感電は左右に真っ直ぐ1本ずつ、失神は9、発火はエントランスの扉開けたら大爆破ですね」
「おや、思ったよりも多いですね。」
兄上が思案したような表情になった。
「それよりも、この罠魔法の魔力供給源はなんだ?」
光さんのポツリと放った言葉に思わず目を丸くした。確かに、これほど大々的に仕掛けられている罠魔法となれば、発動に必要な魔力がある。
どこから……そう思いもう一度手を翳して、解いた罠の先を視ようとした。
パシッと手首が掴まれた。
その手を掴んだのは隣の千歳さんで、彼女は真剣に前を見ている。
「調査はやめたほうがいい気がします。なんとなく、ですけど……。」
言葉を濁しながら千歳さんが言うので、手を降ろすことにしました。そして、同じく「はー」と安堵したように息を吐いたのは光さんでした。
「正解だと思うよ。第一師団が絡んでいるならそういう精神汚染的なトラップもないとは限らない。」
「えっ!?」
光さんの言葉に思わず驚きの声を上げてしまいました。あ、もちろん小声で、ですよ?
「そういうことをやる集団なのよ。第一師団は……。」
あの、そういう事は罠魔法を解除する前に教えてほしかったです。
「まぁ、君なら万が一そういう仕掛けがあっても逃げられると思ったんだよ『昌澄副団長』?」
ニヤッとわざとらしく笑いながら私に向かって楽しそうにそういう光さん(変装の姿)。
「ふふっ、確かに昌澄なら逃げるでしょうね」
「昌澄くんの逃げ足は一流だもんね」
兄上?千歳さん?
何でしょうかその不名誉っぽいイメージは?
まぁ、そんなことを言いつつも幽霊屋敷に最初に足を踏み入れたのは光さんでした。
その瞬間、宵闇を切り裂くような音が耳に届きました。
魔法が全く感じられないのに、弦の弾ける音と
……矢が飛んできていますよね!?
しかも30本ほど――!?
結界魔法!
「あっ、やっぱりね」
ひどく冷静な光さんの声が響きました。
変装の為の金髪が、月明かりに反射して、きらりと輝く後ろ姿を見送りました。
同時にカチャリという音で、彼女が本来の能力を出し切れていないというのを思い出させられます。
その瞬間、目にも止まらぬ速さでその矢を切り落としていく。
しかも、一つも切り残しはない。
「多分これで全部でしょうね、中に入るまでは――」
ニコッと振り返りながら笑う姿は、生き生きとされております。
何でしょう。
一つ言わせてほしいのですが、護衛いりますかね?
「……護衛必要なのかな。寧ろ護衛が護衛されている」
千歳さんは遠い目でそんなことを言われておりました。




