三十九節 幽霊屋敷2
中に入れば全く人の気配はなく、むしろ鼻に届くのはジメジメとしたカビの匂い。
「おかしいですね」
光さんの訝しむような声が響きました。
「ええ、カビの匂いということは、水。この地域は干ばつも多く、雨も少ない……この匂いは気になりますね」
兄上もまた、おかしいと思う点を口にしました。確かに、この地域は雨が少なく、地下からくみ上げた水が生活用水になっております。荒廃した建物に雨漏りが合ったならば、この匂いは納得しますが、この屋敷でその条件は当てはまりそうもないです。
「それよりも、ここ何かの戦闘が合った、のでしょうか?」
千歳さんの言葉に兄上と光さんの二人が視線を向けました。千歳さんはぐるりと見まわして、そして何かを数えるようでした。
「剣の傷か」
光さんが納得したように千歳さんの視線を追いかけていました。
言われて気が付いたのですが、明らかに新しい傷。つまりは埃のかぶっていない切り傷がエントランスから二階に上がる階段に四個、そしてエントランスの右側の壁に三個見ることが出来ました。
「ええ、あの傷は……埃をかぶっていないので」
「剣の方向から見るに、二階から降りて来た?」
「多分そうだろうね」
千歳さん、光さん、兄上と、三人が推理してくださっている間に、屋敷内の『生命反応』に絞って解析をしてみました。残念ながら、人らしき生き物は無いのですが、どこか妙です。
「ネズミ、でしょうか……明らかに小動物のような反応が多いですね」
私の言葉に兄上の笑みが消えて真剣な表情に切り替わります。
「昌澄、そのままその生体反応が『何処』に多いか調べられるかい?」
「わかりました」
そう言って、魔力の微弱な波を自分から屋敷全体に当てる。
魔力波が障害物に当たる箇所が、生体反応の多い場所だ。
真横に水平に流した魔力の波は小さな生体反応をわずかしか捉えなかった。
おかしい……。
そこでハタっと思い、今度は上下に向かって魔力の波を当てます。
微弱、ゆっくりと、幾重にも
そして波に掛かる多数の影を見つけました。
「見つけました、地下です」
私の言葉に今度は兄上が同じように魔力の波を起こします。
……ちょっと兄上、相手に気づかれませんかね、そこまで強い波。
「ああなるほど、ありますね、地下室」
あ、兄上が調べたのは建物の構造でしたか、それならこの魔力も納得です。
「私はお前みたいに細かい解析は出来ないからね」
「彩眼で読むのは辞めてください、兄上」
「お前もやるだろう、昌澄?」
少し揶揄われたようですが、兄上は「ふう、」と小さく息を抜きました。
「とりあえず、地下に降りる場所を探しましょう」
兄上の言葉に、三人で頷きます。あの、光さん?ポソッと「なんなら床壊すか」ってやっぱり貴女、見かけによらず脳筋ですね!?やらないでくださいよ!!?
「まずは一回から探してみましょう」
兄上の言葉に屋敷内を歩き出した。
窓から崩れ落ちたであろうガラスの破片、丁番が朽ちて落ちてしまった木製のドア、埃によって元の色が分からない絨毯、ボロボロに朽ちているカーテン。
明かな廃墟であるのに、何かがおかしい。
一階にある部屋や、厨房の跡、風呂場や、裏玄関、見る限りは普通の屋敷。
ただ、地下に降りる階段は一切無い。
「清澄さん」
光さんが悩んだように兄に声を掛けました。
「どうしましたか?」
「地下への入口は二階かもしれません」
光さんがそう言いながら見たのはエントランスから二階に上がる階段――の傷。
「あの剣の傷はどう見ても二階から一階に『落ちなければ』付かない」
「……確かに」
光さんの推理に、兄上は納得したようにそのエントランスの上の二階を見ました。
「行きましょう。」
兄上の言葉に光さんと千歳さんが階段を登りました。そして上った先で、千歳さんが口を開きます。
「……明らかにあっちに行っていますね。埃がない」
千歳さんの言う通り、明らかに絨毯に歩いている跡が残っています。1人ではなく、数人。
静かに進んだ先の部屋は他とは違い、綺麗な状態で残る両開きの扉。他が朽ちて扉が落ちているのに、この扉だけは傷や、古さは感じますが、扉の機能を残すように吊られたままです。
兄上は言葉ではなく、ジェスチャーで『解析を』と指示を出します。調べてみますが、扉には何も細工はされておりませんでした。
兄上がジェスチャーで光さんに『問題なし』と伝えて、光さんが扉を開けました。
――ジェスチャーでやり取りできる交流をしたのですね、兄上。本当に同じ寝台で眠っていたのは驚きましたよ。
ギギギッと軋む音を立てながら開いたその部屋は図書室でした。
無数に並ぶ本は壁面を全て覆いつくすほどの蔵書量。見回せば、この部屋だけ『保存魔法』がしっかりと掛けられている。
本を守る為か、はたまた……。
「普通の本だね」
「ええ、普通の本ですね」
ちょっと目を離した隙に、コレです。光さんと兄上が普通に本を取って中身を読んでおりました。
緊張感をどこに置いてきたのですかね?
「き、清澄様!?光さん!!?なに普通に本を読んでいるのですか!?何か罠でもあったら!!?」
ちゃんと小声なのは偉いと思います、千歳さん。千歳さんが驚きながら、兄上と光さんにそんなことを言います。
「ないよ」
はっきりと言い切ったのは光さんでした。
「この場所作った人間に心当たりがある。むしろそんな細かい芸当を出来るほど、アイツは賢くないはずだよ」
光さんがニッと笑いました。その表情には『軽蔑』が浮かび上がっていましたし、浮き上がらせた色も暗雲のような黒に、赤い稲妻。
光さんは明確な怒りを見せた。
「ふふっ、ほんと単純な男」
そう言いながら光さんは剣を抜きました。
そしてヒュン、っと壁を切りつけます。
その瞬間に魔法陣が浮かび上がりました。
「やっぱり、入口はここですよ」
そう言って笑う光さんの目は、まるで氷点下の冬のように冷たく、冷めきったものでした。
ゴクリと、唾を飲み込んでしまいました。
「ああ、『昌澄副団長』。アイツがここを作ったとしたら、安心してください。『精神汚染』のような魔法は使えません。簡単に解けると思いますよ」
ニコリと笑う光さんに違う意味の恐怖を感じながら、その場所にある魔法陣に魔力の糸を通します。
そこで、少し違和感を覚えました。
先程の入口の門や、エントランスに行くまで魔法は精巧に組まれた素晴らしいほど綺麗ない魔法でした。敵ながらあっぱれと思うほど。
ですが、この魔法陣は美しくない。
雑に組まれた魔法陣は、『繋』を壊す必要などなく、もう綻びが出ている。
壊れかけの歯車を簡単に壊せば、音もなく、壁が開き、そして階段が現れました。
「ほんとうに……あんなのが私の……とはね」
ポソッと呟いた光さんの言葉は聞き取れませんでした。
ただ、薄く動いた唇は確かに、言葉として紡がれていました。
――私の婚約者、と。
目の前に現れたのは図書室の壁紙とは明らかに違う色。
無機質な石で作られた螺旋階段は、目視では確認できないほど下に続いておりました。




