二十一節 王都襲来3
地面を蹴り上げる音が響いた瞬間、目で追えぬほどの黒があの不気味な『魔獣』の触手を次から次へと切り込んでいく。
その姿は正に、死神。
……あんまり言いたくありませんが、私の剣、物凄く活用されておりますね。
ええ、私は魔術の方が得意なのであの剣が活躍することなどほとんど無いのですが……。
一応、名剣です。
切れ味抜群です。
あんまり切ったことないので、どの程度かは……。
すみませんが分かりかねます。
なんて現実逃避をしつつも、目の前を見る。
光さんが切りつけた触手が、地面に落ちる前に綾人さんの業火に焼かれ、兄上が切り口に結界魔法を応用した壁を作り、その再生を完全に止める。
斬り込んだ光さんに振り下ろされる触手。
その瞬間に現れた兄上の魔法によってつくられる足場。
光さんはソレを蹴り上げて、『魔獣』の脳天に飛び上がった。
瞬間、兄上の結界魔法が、その脳天に浮かび上がる。
光さんは身体を回転させて、ドンっと強く結界を蹴り上げ、魔物らしきものにまた斬りかかりに行く。
『ぎょああああああああ!!』
光さんが差し込んだ剣に痛みを感じたのか、『魔獣』は魔力の籠った奇声を放った。
光さんと綾人さんは咄嗟に兄上のところまで下がった。
どうやらこの咆哮はノイズのように魔力の精度を狂わせるように感じた。
その声が届く瞬間、僅かに昆明の結界が『揺れる』。
「なあ、昌澄」
急に聞こえた昆明の声にチラリとそちらを見た。
浮かべた色が紫ということに気が付いて視線を向けた。
「なんですか?」
「俺の単純な勘だ。俺は『それ』を絵図でしか見ていないが、特徴が似ていると思う」
急な昆明の言葉に首を傾げそうになった。
でもそれよりも早く、昆明は言葉を紡いだ。
「お前は現物を見ているはずだよな……。行方不明になっている『蝕毒』とあの『魔獣』、似ていないか?」
昆明の言葉にハッとして目の前を見た。
確かに、形が非常に似ている。
幾重にもしなる鞭のような触手。
内臓のようなか黒い色をした形。
「……大きさがかなり違いますが、似ています」
「やっぱりか……」
昆明はその言葉のあとに視線を前に向けた。
「一つ、第二騎士団に報告しなかった情報がある」
そう言った昆明の声はいつもとは違う、王族の威厳たるものが含まれていた。
「お伺いしても?」
「ああ。あの『蝕毒』は生物に寄生する。試しに動物を入れてみたところ、その形が無くなるまで呑み込んで、大きくなった」
昆明の言葉に思わず息を呑んだ。
「その情報を知っているのは?」
「王族と、第一騎士団」
「つまり、綾人さんは知っていると?」
「ああ」
「あれが『蝕毒』の可能性は?」
「高い……。
いや、魔力の解析波形が、提出された資料とほぼ合致する」
そう言った昆明の言葉に溜息を吐いた。
昆明が解析を間違えるわけがない。
それほどまで、解析や分析に関しては、この男は優秀だ。
「兄上と光さんに伝えても?」
「許可する」
「感謝します」
いつもの旧友としてではなく、王族と臣下として対応したところで、私は違う魔法を展開した。
口元に小さく展開した魔法陣。
同じものを兄と光さん……ついでに綾人さんの耳にも展開する。
「『兄上、光さん、ついでに綾人さん、聞こえますか?』」
三人が私の声に対して『聞こえている』を意味する左掌をこちらに向けるハンドサインで反応を示した。
「『この魔物は以前、光さんに寄生していた『蝕毒』に非常に似ております』」
『やっぱりですか』
兄上と私は魔力の質が似ているので、逆に兄からの言葉が届いてくる。
そして光さんも綾人さんも頷いていた。
「『ここから昆明殿下より機密情報開示です。消息不明になっております『蝕毒』は生物に寄生し、呑み込んでしまえば大きくなります。
そして目の前の『魔獣』は昆明殿下の魔力解析で魔力波形が『蝕毒』とほぼ一致しました』」
「『昌澄、殿下に他の魔獣の痕跡が紛れていないか解析をお願いできないかい?』」
兄上の声にすぐに昆明を見た。
「昆明殿下、兄上からあの『蝕毒』に他の魔獣の痕跡、もしくは魔力波形が混ざっていないか調べられないか?と……」
「……結界を展開し続けでは難しい。簡易の測定以上の鑑定は無理だ」
「『兄上、結界維持ができなくなります!』」
「『了解しました。結界維持を優先してください』」
その瞬間、『蝕毒』が触手を一つにまとめた。
ほぼ同時にドンッと大きな音が響いた。
触手の塊が振り下ろされ、街路の建物ごと抉れた。
ガラガラと、瓦礫が積み上がっていく。
その瓦礫を包み込むように、兄上の魔法陣が広範囲に展開される。
治癒魔法の魔法陣。
瓦礫の中から、立ち上がる光さんと綾人さん。
兄の判断が、吹き飛ばされた二人を死なせない措置だと気が付き、ゾッとした。
二人の頭からは赤い液体が滴る。
しかし、滴る赤はすぐに兄上の魔法陣によってかき消された。
ゆらりと立ち上がる光さんと綾人さん。
二人はまた、剣を構えた。
そして兄上もまた、剣を構える。
ただ、傷が治れど、軍服に刻まれた傷を見て息を吞んだ。
兄上の治癒でなければ……二人は致命傷だっただろう。
黄色の結界に、細い亀裂のような光が走った。
さっきまで届かなかった触手が、今は結界の上端に触れかけている。
見上げた『蝕毒』は明らかに大きさが増していた。




