二十節 王都襲来2
二十節 王都襲来二
ヒュンと空を切る音が響く。
せめて、最小限に!
そう思った瞬間だった。
「借ります」
響いた女性の声に思わず息を呑んだ。
急に軽くなる腰。
カチャリ、と静かに鳴り響く腕輪の音。
そして黒髪が靡いて前を走るのを見た。
『ぎょああああああああ!!』
響いた絶叫。それが臓物のような『魔獣』から発せられた奇声だと気づくのに、時間は要らなかった。
「え?」
「早っ」
私の混乱した声と、昆明の素直な感想が響く。
しかし私たちの声は『魔獣』の奇声かき消される。
まるで切り落とされたことに対して、激情するようにいくつもの触手を振り回してくる。
「ちょっと黙っていてください」
凛とした声がその戦場で響き、肉が切り落とされる音が響く。
目の前で四、五本の触手が切り刻まれて落ちてくる。
私たちの前で立っていたのは真っ黒な死神の如き色で、毅然と立っている光さんだった。
……私の剣、簡単に奪われてしまったのですが、結果オーライですよね?多分。
ええ、分かっています。
普通なら惚れます。
私が女でしたら間違いなく惚れました。
ああ、男でも惚れますね。
兄上に申し訳ないので兄とセットで惚れておきます。
……その惚れそうになる胸の高鳴りを、必死で魔力の制御に押し込める。
目の前で、急に臓器のような『魔獣』がうねうねと身体を守るように触手を体に巻き付ける。
光さんが咄嗟に退いて、私が治癒魔法を展開し続けるセーフゾーンへと戻ってきた。
同じように兄上と、綾人さんもセーフゾーンに入り、三人が剣を構えていた。
「お尋ねしますが、あの『魔獣』に魔法は試さないのですか?」
「俺はコントロールが苦手だ。清澄を巻き込む結果になる」
「綾人が一人で突っ込めればいいですが、二人がかりで斬って、本体への隙を作るのが精一杯です」
「なるほど」
ええ、綾人さんはコントロールがべらぼうに下手糞です。
この辺りを消し炭にするなら持って来いの人間ですが、残念ながらここは王都です。
一瞬、焼け野原になった訓練場と死屍累々の丸焦げ第一騎士団の風景が、脳裏をかすめた。
危ないですし、あの大きさをウェルダンは流石の綾人さんでも無理でしょう。
「つまりは、焼かれない人間がいれば問題ありませんね?」
「は?」との綾人さんの声と、
「なんですって?」との兄上の声が、ほぼ同時に重なった。
二人がそんな反応するのは稀ですよ。
その瞬間、カチャリ、と音が鳴る。光さんが視線を前に向けたまま、左手を上げた。
その手首に嵌る白石の腕輪を見て、そう言えば光さん、魔法使えないのだった!と思い出す。
「え、あの人身体強化無しっていうか、魔法使わないであの速さ?化け物?」
「昆明……お前に言われたくはないと思います」
昆明の言葉に、思わず突っ込んでしまった。
この大規模結界を、この精度で維持し続ける化け物クラスの昆明に言われたくはないと思います。
ただし、昆明は私が治癒魔法を展開し続けていることで魔力を安定させている。
ある意味チートですね。
「無理だ、その『白石の腕輪』を外すには、騎士団の騎士団長か王族、最低でも三人の承認が必要だ」
「申し訳ありませんが、承認できる人間が私と綾人しかおりません」
「なるほど。つまりはあと一人、騎士団長か王族が必要というわけで……王族?」
言いかけた光さんの視線がこちらに向きました。
「ええ王族……」
同じように言いかけた兄上の視線もこちらに向きました。
「そうだな、王族……」
更に同じように言いかけた綾人さんの視線もこちらに向き、三人分の視線が私の隣で茫然としている昆明の方に集まりました。
そうでしたね、忘れていましたが王族です。
三人とも、前に向き直った。
「作戦は?そんなこと言いだしたんだから考えがあるんだろ?」
綾人さんがぶっきらぼうにそう言いだした。
「先ほどから見るに、お二人は足場が無いのが何よりも戦いにくい。
そして秋里卿は味方の被弾を気にして魔法を使いにくい。間違いありませんか?」
「「相違なし」」
「ならば、私と秋里卿が切り込み、朝比奈卿に魔法で足場を飛ばしてもらう。
時折回復魔法も混ぜていただき、私と秋里卿は攻撃に専念。いかがでしょう?」
「いい案だと思います」
「俺もそう思う」
……昔からの戦友でしたでしょうか?
まあ、コレが戦というか、こういう緊急事態に強いトップという人間たちの思考なのでしょう。
ちらりと横を見れば昆明が『え、まさかこれって?』みたいな顔をしていた。
背中を向ける前の三人と、私の顔を何度も何度も交互に見てきます。
諦めなさい。
仮にも王族なのですからそのぐらい腹をくくりなさい。
「じゃあ、それでいくぞ」
綾人さんの言葉に兄上と、光さんは頷いた。
「『第一騎士団騎士団長、秋里 綾人の名を持って、一条 光の白石の腕輪の解除を承認する!』」
「『第二騎士団騎士団長、朝比奈 清澄の名を持って、一条 光の白石の腕輪の解除を承認する!』」
二人の言葉のあとにきょろきょろと視線を動かしていた昆明が、頭をぐしゃぐしゃっと掻きまわし、覚悟を決めたように前を見た。
「あああ!もう、先輩方!あとで責任取ってくださいよ!?
『第三王子、慈光宮 昆明の名を持って、一条 光の白石の腕輪の解除を承認する!』」
昆明の言葉に反応したのか、光さんの手首に掛かっていた白石の腕輪に赤い魔方陣が浮かび上がり、その腕輪が外れた。
ガシャンと地面に落ちる音が響いた。
瞬間、押し殺されていた魔力が、静かな怒りのように光さんの身体から溢れ出した。
ほぼ同時に三人は走り出した。
いや、転移魔法だ。
一瞬で綾人さんと光さんが消える。
先程と同じように右からの光さんと、左からの綾人さんが現れ、
あの不気味な『魔獣』間合いに入った。
触手が薙ぐように振り回されるが、兄上が飛ばした魔法陣で、二人は簡単に避けていく。
その瞬間、二人に向かって振り下ろされた触手が消えた。
『ぎょああああああああ!』
『魔獣』の咆哮が響いた。
怒りなのか、暴れ出す触手がボトボトと落ちていく。
――いや、光さんに斬られたのだ。
余りの速さに、目が、追いついていない。
ただ、そんな光さんの動きを気にすることなく、
綾人さんが秋里の業火で切り離された触手を焼く。
その炎の中で光さんがまた更に触手を切りつけていく。
まるで長年の相棒のように二人は互いの行動を読みながら、次々に触手を減らす。
相手の再生が、明らかに追いついていない。
「……えっと、従兄妹同士ってあんなに連携取れるのか?」
「その原理で言えばお前と光さんもあのぐらいになりますよ」
「無理無理!!?俺、防御専門!?」
「そうでしょうね」
そこで昆明は「ふう」とわざとらしく息を吐いた。
「……そろそろ結界を下まで降ろす。」
「分かりました。」
結界の中には人の影らしきものは見える。
でも、昆明が結界を下ろす判断をしたということは、それに生命反応は無いのだろう。
「『閉ざせ!』」
昆明の言葉と共に、ドンっとまるで大きな壁が地面に置かれたかのような地鳴りが響く。
あの『魔獣』を完全に閉じ込める結界が完成した。
内臓のような『物体』は触手の数を減らしたが、残った触手をブンブンと縦横無尽に振り回す。
明らかに触手の数は減った。
その瞬間だった。
本体から飛び散ったそれは、地面に落ちてもなお生き物のように蠢き
――綾人さんの背後から振り下ろされようとしていた。
「綾人!」
「秋里卿!」
兄上と光さんの絶叫。
切り離された触手が、綾人さんを叩こうとしていた。
瞬間、光さんの魔力が含まれた黒い魔方陣が浮かび上がる。
光さんが展開した黒の魔法陣から出た黒い霧のような何かが、綾人さんごと包み込んだ。
まるで音を消し去る宵闇のような黒。
バランスを崩した綾人さんが黒に包まれたまま、地面に向かって落ちてくるのが見る。
黒の何かから出てきた綾人の周りの触手は――
最初から存在しなかったかのように消え去っていた。
兄上が見事に綾人さんを受け止めて、こちらのセーフゾーンへと戻ってきた。
「この光景を見たら女性陣叫ぶだろうな……」
「兄上が綾人さんをお姫様抱っこしているだけですよ?」
「……お前はそのままでいてくれ」
ちょっと釈然としませんが、兄上と綾人さんに少し遅れて、光さんもこちらに戻ってこられました。
あの触手を一瞬にして消し去った黒い魔法。
味方側でも正直ゾッとしますね。
「悪いのですが、ポーションか何か、魔力回復するものありませんか?」
戻ってきた光さんが開口一番、言ったのはそんな言葉だった。
「こちらをどうぞ」
兄上が渡した魔力回復ポーションを光さんは迷うことなく一気飲みした。
そして視線を綾人さんに向けた光さんは口を開いた。
「すみません、秋里卿」
「いや、助かった。……が、逆も然りだったわけだな」
綾人さんは素直にそう答えた。
「ええ、一か八かでしたが、落ちる先に朝比奈卿がいらっしゃったので、最悪は回復できると思いましたので」
光さんはそう言いながら兄上をちらりと見て、兄上もまた、肩をすくめながら口を開く。
「心臓に悪いですね、そのような試し方は」
三人の会話を聞きながら、あの黒い魔法は光さんの……。
いや一条家の『血統魔法』なのだと理解した。
そして『逆も然り』。
つまり、血の繫がりのある綾人さんは光さんの魔法の影響を受けないということだ。
「ただ、申し訳ないのですが、この魔法は燃費が悪いです。何回も乱用できるものではありません」
「なら、お前が斬って、俺が焼く。このまま行くのがいいってことだな」
そう言いつつ綾人さんが剣を握り直す。
「その前に、二人とも私が足場ついでに防壁も作ります。そうなれば避けずに済みますね?どうでしょう?」
兄上もそう言いながら魔力回復ポーションを一気飲みして瓶を石畳の道に投げ捨てた。
「「賛成」」
……あの、綾人さんと兄上までは分かるのですが。
光さんは……もう、深くは突っ込みません。
とりあえず、あの気持ち悪い『魔獣』をどうにかしましょう。
「あれ、たぶん……核、あります」
苦しそうに聞こえてきた声に、全員の視線が後ろに向いた。
苦しそうにしながらも上半身を起こし、魔力を安定させようとする千歳さんが声を振り絞っていた。
「核?」
千歳さんの言葉に反応したのは、綾人さんで、千歳さんは肯定の意味で頷いた。
「先ほどから、一条さんが、切り込んでいる最中に、再生する瞬間、脈を打つように赤く光ります。胴体の中心、内臓の塊が一番濃く重なっている辺りです。……あの、感じは、核を破壊されれば、一気に崩れるタイプの、魔獣です。」
ぜー、はー、ぜー、はー、と荒い息を繰り返す千歳さん。
ただ、その言葉を聞いた三人が前を見た。
「おい、光」
「なんでしょう?」
「あの触手、全部斬れるか?」
「ふふっ、何という無理難題……でも、やってみせましょう」
ん?待って、めっちゃ呼び捨てにしていませんか、綾人さん!?
「清澄、光が切った断面に全部、ガラスのイメージで足場を滑り込ませられるか?」
「やれと言われればやりましょう」
「なら、やれ」
「ふふっ、『綾人』さんは無理難題を押し付ける方なのですね?」
「まあ、それが綾人のいいところですよ」
「なるほど……『清澄』さんは慣れていらっしゃると。」
クスクスと楽しそうに笑う光さん。
兄上も少しばかり楽しそうに笑っていた。
そして綾人さんもまた楽しそうに前を見ている。
ん、んんん???
気のせいですかね?
今、兄上の名前呼びましたよね!?
光さんが兄上の名前を呼んだの――初めてな気がしますが!?
え、ちょっと!これが世に聞く吊り橋効果!!?
綾人さんのほう?そちらはスルーで、私は兄上と光さん推しなので。
ただ、光さんの表情が少しだけ和らいでいるのに息を呑みそうだった。
「じゃあ、もう一回行くぞ!」
綾人さんが剣を構え直しながらそう言った。
「「了解」」
兄上と光さんの返事が綺麗にそろう。
余りに華麗に連携していく三人をげんなりした気分で見つめた。
目の前で、見事なまでの、足場建設と高速の斬撃と高性能焼却が、当たり前のように噛み合っていく。
「なんなんだ、あのハイスペック集団」
ドン引きしたような昆明の言葉が、心の中の私の感想と見事にハモってしまった至極当然だと思います。
王都を襲う『魔獣』より、味方のスペックの方がよっぽど怪物じみていると思うのは、
きっと私だけではないのでしょう。
むしろ『魔獣』の方に同情してしまいます。




