十七節 種を埋め込む
Side 王妃
シンと静まり返った部屋には私と国王しかいなくなった。
「は、ははは!地獄に戻ると分かりながら、冬を選ぶのか!」
ガシャンっ、ドンっと連発で鳴り響く音。
私の怒りは魔力の暴走となり、周りのものが瞬間的に破裂していく。そうなると思っていたので、二人だけの部屋に戻った。昨夜飲んだワインの瓶と、そのゴブレットが粉々になった。
「……それほどまでに、大切なのだろう」
国王、ではなく夫として彼はそう言った。
そう言われて思い出したのはもう10年以上前の記憶。
姪にあたる『秋里 香』と初めて対面した時、思わず泣いた。幼き日の妹の面影を映し出す姿に、兄と共に泣いた。そして妹が秘かに『秋里 香』に掛けた魔法が、その瞬間に発動した。
『この子が無事に春の国へ逃げられたのだとしたら、私の見る目が正しかったという事ですね』
そう言う魔法で映し出された妹は、記憶よりも大人に、美しく、そしてどこか幸せそうに見えた。
『この子だけは危険でしたので兄さまと姉さまの元に逃がしました。あと二人、子供がいるのですが、そちらもいずれ、逃がします』
儚げに笑う妹。触れられないと分かりながらも、手を伸ばした。
『お二人は何故私が消えたか不思議だったでしょう?私も驚きの連発だったのですよ』
そう言って浮かべた笑顔は昔のまま。笑うとえくぼが出来て、そして目を細めて楽しそうに笑う。
『あの日、私は冬の国の捕虜になっていまいました。そこでは人体実験が当たり前のように行われておりました。』
少し悲しそうに笑う妹。
『その時に助けてくれた人がいます。その人と荒野に逃げました。』
ニコリと笑う妹は、どこか悲しそうで、どこか幸せそうで、どんな感情なのか理解することは出来なかった。
『……逃げて、やっと落ち着いたと思いましたが、追手は手練れだらけ。一緒に逃げた人も瀕死。間もなく、私と彼は……』
そこで妹は目を伏せ、言葉を飲み込んだ。
その影から伝う涙は頬を通って下に落ちた。
言わずとも、その先がどれほど悲しいか分かってしまう沈黙だった。
『私も彼も、長くないです。ですから最後に一緒に逝こうと思います。子供たちを見守れないのは、悲しいですが……生きてさえいれば』
そこで妹は言葉を紡げなくなり、そして崩れ落ちた。
最後の瞬間に一緒に映り込んだのは黒い髪と、金の眼を持つ男。
その彩の意味を知らない訳がない。
ふー、と自分の中を荒れまわる魔力を落ち着かせて、そして今日……やっと会う事の出来た妹の娘。
敵国の五家、その頂点に立つ一条の血と彩を持っていた。
何年も前から戦場でその名を聞くたびに、予感がしていた。
王妃でなければ、こんな地位さえなければ、私は戦場に飛び出して、あの子を捕虜だろうと、なんであろうとこの地に連れて来ただろう。
「香は面影を感じる程度だった……でも光は……あの子そっくりだった」
震える自分の声。この震えが怒りか、憎しみか、歓喜か、自分でもわからない。
「……お前の妹は昔から奔放ではあったが、信念は決して曲げなかった。しかし同じ顔であそこまで諦めているのは何とも言えんな」
夫の言葉に深く深呼吸をした。
「いや、アレは違う。『香』という目標が無くなったから、もう思い残すことが無くなったのよ。このまま戻れば光は壊れるだけだ。……だから、冬の国はいけ好かない!」
冬の国の同世代の女軍人を何人も知っている。優秀で、戦場で戦う彼女らはある一定の年齢を超えると消える。その消えた先がどうなったかなど知りもしなかった。
ただ、冬の国から帰ってきた捕虜の女は一人もいない。
そして先程の言葉だ。
『冬の国育ちの私が『地獄』と感じる『地獄』で、このような優しい国で育った妹が心を壊さない訳がない』
そこにいる女ですら『地獄』と感じる世界。そこをたかが20の小娘は一人で生き抜いてきたのだろう。
「……なれば種を埋め込めばよい。未来の種を。」
夫が平然と、そんなことを言った。
「種?随分ゲスなことを考えるのね」
思わず軽蔑したくなるような言葉を放てば、夫はキョトンとした顔をしていた。いや、考えてみれば夫はそういう腹の探り合いのようなことは苦手だった。
そう思えば「ふう、」と小さく息を抜いた。
「……種って、そうではない!?何も子を作らせることを想像するな!自由な思考だ!自由の種を埋め込めばよい!」
真っ赤になりながらそんなことを言う夫は幼いころから変わることはない。
清廉潔白。
自分が優秀でないが故に、優秀な誰かに任せられる、正に王たる人間だ。
出来る事なら、妃としてではなく、軍人として彼の御代を支えたかった。
「彼女が国を変えようと立ち上がったら?女が守られるだけの存在ではなく、使い古される存在でないとあの子が証明するれば、かの国は変わると思わぬか?」
ごほんっ、とわざとらしく咳払いをくわえた夫はそう言い切った。
ああ。そうか……あの子がそこまで立つことが出来れば。
『一条の姫君』であり、『秋里の姫君』であるあの子が、あちらの国を変えれば……。
「誰か。」
私の声に戸を開けたのは息子だった。第三王子であり、末っ子。
そして朝比奈家に一番交流を持つ王族。
「ちょうどいい。お前に頼みがある」
そう言って笑うのは私だけではないはずだ。




