95 おいでよボク等のテント村
ボク等三人は少し馬で進むと、広い草原にポツポツと、大きくて白いテントのようなものが幾つも張ってあるのが見えた。
周りには幾つもの羊や馬が放牧されていて、牧草を食んでいる。
それを見たシャルは興奮気味にそれらを指差した。
「お兄様、キャンプ客がいっぱいなのじゃ。妾も仲間に入れて貰ってキャンプファイヤーとかしたいのじゃ」
「ん、残念ながらキャンプじゃないね。あれは幕屋って家の一種さ」
「此処に住んでるのかや」
「ずっと住んでいる訳じゃないけどね」
疑問に応えたのはアセナだった。
「アタシ等みたいな遊牧民は草原に暮らす一族なのさ。
家畜に草を喰わて肥えさせて、草が無くなったら住居を変えて暮らす。その為の幕屋だな」
「でも、さっきの町は煉瓦の家に住んでいたのじゃよ?」
「まあな。アタシ達は侯爵領に組み込まれてから生活様式がガラリと変わった。
遊牧していた頃には無かった『税』ってシステムに組み込まれたんだ。
その為、ウチの中から優秀なのを五人引き抜いて大きな群れを引き連れさせるって形を取ったんよ。目の前の集団はその内のひとつね」
彼女はある方向を指差した。
集団全体を指しているにしては中途半端な位置だが、よく見ると指揮を執っていると思える人影がある。
すっげ。目が良いな。
「ふむふむ。でも、お金を使ってるようにも畑仕事をしているようにも見えないのじゃよ?」
「税って言っても金や小麦だけじゃねえさ。
ウチは主に家畜や乳製品や織物なんかで納めさせて貰ってる。で、今日の朝食べた物として皆の腹に収まっているってこったな」
そう纏めて、アセナはポンと己の腹を叩いた。
尚、余談であるが移民する前も煉瓦に住む習慣はあったらしい。
なんでも向こうの国は冬になると牧草が手に入らない程寒くなるらしい。
なので夏に家畜を太らせながら遊牧し、煉瓦の家で家畜と一緒に冬を越すのだとか。
それよりボクはシャルの肩をポンと叩いて、ある方向を見させた。
「そんな訳でキャンプよりは長めに暮らす訳だけど、生活には水が必要な訳だ。
だから幕屋で暮らす人たちは、基本川沿いに集落を作るんだね」
視線の先には、川があった。
アイウ山の湧水から流れ出たそれは、幾つか分岐しつつも領都の大真珠湖に入る訳だが、彼らが陣取っているのはその主流となる方の川。
さて、本題は此処からである。
「そういった理由で五つの集団をグルグルと遊牧させてみるとね、この場所に集落を作る時が非常に多いらしい。だよね、アセナ」
アセナはひとつ頷いたので、頷き返して話を進める。
「ならいっそ、この辺に休憩用設備や橋なんかを作ろうって計画が上がってきた訳だ。
その為に父上が『アセナの帰郷』って事にかこつけて派遣したのが『アレ』らしいね。試験運用の為でもあるらしいけど」
そこには蒸気を吹かせて駆動する、巨大人型ロボットの姿があった。
ウルゾンJである。
そこでシャルは思うところがあったのか、ボクにぎこちない口調で聞いてきた。
「のう、お兄様。まさか『分かる人』って……」
「そっ。エミリー先生本人に聞いてみるのさ。当事者に聞くならきっと問題の解決も速いだろうさ」
「えええ~!んなアホななのじゃ~!」
シャルの叫びの直後、ボクは馬の腹を足で叩き、手綱を張った。
鞭の様な音が風に乗って気持ちいいね。
「ホントに大丈夫か?」
並走するアセナは呆れ顔。
なのでボクは親指を上げた。
「ダメな時は……その時考える!」
「さいですか。お前ってさ、普段は臆病な程に慎重な癖して突然エキサイトするのな」
その問いには問いを以て喜んで答えよう。
「でも、止めないだろ?」
「まあな」
そうして二頭の馬は、ウルゾンJに向かって加速していく。
ウルゾンJは川の上で作業していた。
下半身の装甲と車輪の隙間から強い蒸気を吹き出させ、水面の上を走るホバー移動の技術だ。
ところで周りのルパ族の皆は、どうも記録を取ったり資材を運んだりは良いのだが、消極的な感じがする。
彼らは今の仕事にも集中できず、エミリー先生のフォローも出来ない、なんとも連携が取れない状態にいたのだ。
ボクらは馬を止める。現場に到着。名馬と見慣れない面子で一斉に視線が集まった。
さて、ルパ族で一番偉い人を連れてきているし、ちょっと責任者を呼び出すか。
そう思った途端、必要ないとばかりに向こうの一番偉そうな男性が口を開いた。
先程アセナが指差した筋骨隆々の男性で、ボクが子供でなくてもかなり大きい。
顔の左半分が痛々しい火傷傷で覆われているのが特徴的で、鋲付きのターバンからはツンツンした黒髪がはみ出ていた。かなりワイルドな印象である。
それはルパの反乱によって出来た傷であるが、彼としては大切なモノを守れた『男の勲章』らしい。
シャルはかなり怯えた様子。厳ついもんね、仕方ないね。
彼は群れを率いているからなのか、周りと違って見ているだけでなく、遠慮なくボクに話しかけてきた。
「んあ、アセナの姫様。そして婿殿か。どうした、こんなトコに。遠乗りデートか?」
「アッハッハ。相変わらずだな、ジャムシド。貴族の次期当主を『婿殿』なんて言ったら打ち首ものだろうに」
「ふんっ。『掟』にゃそんな事は書かれていねえ」
アセナがケラケラ笑っている。
彼────【ジャムシド・ウルサ】とボクは、特別親しいという訳でない。
ただ、ルパ族の中ではそれなりの良家という事で何度か会っているのだが、悪いのは態度だけなイメージがあった。
なんとなく信頼における、チョイ悪な田舎の兄ちゃんだったと記憶している。
信頼する理由はよく分からない。
「ま、冗談はさておき、だ。
取り敢えず話そうや。言いたい事は分かってる。俺達がエミリーに協力しねえのが気に食わねえって話だろ」
少し意外だった。しかし読心術も『真実』だと読んでいる。
「ヴァンの爺がエミリーを此処に寄越した時点で、なんとなくこうなる気はしていたんだ。婿殿も姫さんも現状を放置しておくとは考え辛い。
二人とも正義心が強く、どうにか出来そうな権力があるからな」
此処まで聞いてボク自身がどうしてジャムシドを信頼するか、なんか解った。
彼もどうにかしたいと思っている人種だったんだ。でも、力が足りないのを自覚しているので動けないでいる。
「さっすがジャムシド。話が早くて助かるよ」
「ケッ。良いから馬を繋いどきな。茶を淹れさせる」
アセナが愉快そうに彼の肩を叩く。
ふと、シャルを見ると、彼を見る眼が恐れるものでなくて興味の対象に変わっているのが分かった。




