96 ジャムシド・ウルサは苦労人
ジャムシドに案内された幕屋の中は意外と広く、文明的だ。
綺麗なフローリングの床に独特の柄の敷物が敷かれているのだ。テントなのにフローリングなのが何気に凄い所だよなあ。
だからボクの隣に立つシャルの気持ちはよく分かる。
口が半開きになったまま、興味深く敷物の模様を追っていた。
それはさておき、円形に配列された座布団を見て、さて何処に座ろうかと思ってキョロキョロと見回す。
すると、盆を持った女性と目が合った。
長いブロンズヘアを一本の三つ編みに纏めて後ろに垂らし、その上には若草色のバンダナを巻いている。
年齢そのものはジャムシドと同じくらいなのだろうが、明るい雰囲気のお陰で子供っぽく見えていた。
「ありゃりゃ、可愛らしいお客様が来なさった。何か面白い物でも見つかりましたか」
「なんかこの辺の刺繍って、赤を基調にしてる物が多い気がするのじゃ」
「ああ、良い所に目を付けますね~。
赤ってのは家畜を食べる猛獣を追い払う炎の色でしてね。ルパ族では魔除けの効果があると信じられているのです。
なのでアセナのお姫様みたいな赤毛が生まれた時には『家に精霊様から福が与えられた』といって盛大にお祝いする風習があったりしますね」
それを聞いてアセナは苦い表情をする。
適当な座布団を見つけると、立った状態からドカリと一気に胡坐で落ちる様に座った。
「カッ。あたしゃ別に特別でも何でもねえんだけどね。
取り敢えずセリン、酒っ!」
「はいはい」
誰の声だったか。
思考が一致したのは間違いない。
【セリン】と呼ばれた女性は、どんな言葉が飛び出すか分かっていたかのように盆から陶器の茶碗を取り出した。
丼のように大きく、中には牛乳の様なものがなみなみと注がれている。この独特の臭い……馬乳酒か。
受け取ったアセナは、グビグビと喉を唸らせながら豪快に飲み干すと、伏目でボクの方を向いて自分の隣の座布団をポンポンと叩いた。
勢いのまま主導権を握られたボクは、なんとなくそこに座る。
ボクはセリンからカップを渡される。
これまた取っ手の無い、しかしアセナのよりは随分小さな『一般人向け』のサイズだった。ミルクに似ているが、香りに懐かしさを感じて口に付ける。
結構な塩味……好き嫌いの分かれるこれはバター茶だな。ボクは昔からよく飲んでたから平気だけど。
一方でシャルは、かなり警戒した様子だ。尚、彼女はボクの膝の上という定位置に座っている。
チャイ茶で苦手意識が出来ちゃったかな。両手でカップをマジマジ見るシャルに、セリンは優しく声をかけた。
「あ、大丈夫よ。それはヨーグルトをジュースにした甘いやつだから。ちゃんと砂糖も入ってるし」
「ああ、な~んだなのじゃ。結構控えめな甘さが美味しいのじゃ」
物凄い安心したような表情で一口。あれも昔飲んだ事あるけど、確か『ラッシー』って名前の飲み物だった気がする。
飲んだ後には眩しい程の笑顔が残された。はいっ、かわいい。
とはいえ、疑問が出たので投げかける。
「しかし、よくボク達がこれを求めているって分かったね」
「ああ、それは主人が細かく指示したからですね。
『エミリーから聞いたんだがアダマスの婿殿と義妹のシャルロット嬢と、ついでにアセナの姫さんが来てる。間違いなく代官屋敷で接待を受けているだろう。
代官屋敷で出されるもんは、伝統的なやり方だろうからチャイ茶と甘い菓子ってトコだろう。
だから三人が来た時、婿殿は昔から飲んでたバター茶。
シャル嬢はエミリーから子供舌って聞いたからヨーグルトのジュース。
姫さんは……まあ、適当に酒でも出しとけば良いだろ』
────って話でして」
盆を両手に抱えて笑う姿は愛嬌があった。
市の食べ歩きをしている学生に混ざっても、まるで違和感がないだろう。
「お~、凄い読みなのじゃ。ところで主人って事はセリンって結婚しているのかの?」
それをキョトンとした様子で聞いたシャルに、アセナは頬を膨らませた。
爆笑を堪えているのだ。丼で顔を隠してに肩をプルプル震わせる。
「え?まあ、ジャムシドが亭主ですが……」
「マジかや⁉美女と野獣ってレベルじゃないぞこりゃ!」
「ブハッ!野獣……野獣だってよ、かっけえええええ!大草原!」
酒臭い息を吐いて床を叩くアセナ。
見ているだけでて幸せになりそうな程になるくらいの大爆笑である。「赤毛は福を呼ぶ」論も同意出来そうな程だ。
「だったら逆にジャムシドって凄いんだね。ここまで細かい配慮が出来るんだから」
「ああ、アイツは厳つい癖にマメだからな。アタシも小さい頃『お前はアタシの母ちゃんか』ってくらい、細かく言われた」
笑いすぎて出来た涙をためて教えてくれる。
そうしてはしゃいでいると入室してくる二つの人影。一つは話題のジャムシドであった。
その顔色は呆れの表情が隠れていない。
「うっせえな。俺の『ウルサ家』は良家っていっても下の部類だから、他の家と接する際に妙な軋轢を作らないよう自然と掟にうるさくなるんだよ。
それにお前は常識外れ過ぎなんだっての。
今だってそんな下着みたいな服で歩き回るなんて、少しは羞恥心ってもんをだな……」
「森林地帯の多いこの辺の冒険者だと結構普通の格好なんです~。
仮にルパ族の風俗的にアウトでも、アタシ達はもう王国民として取り込まれているし、族長のアタシが言うんだから良いんです~」
アセナはあっかんべえで思い切り挑発した。
しかし掟に厳しいジャムシドがボクにタメ口という事は、彼等の中でラッキーダスト侯爵家とルパ族は対等であるという事なのだろうか。
「グヌヌ……この、酒を飲めるようなっただけの子供が……。まあ良い、目当ての人物を連れて来てやったぞ」
ジャムシドと一緒に入ってきた人影は、扉からの後光によって姿がよく見えない。それ故に、表情もよく見えない。
人影は一歩ずつボクに近付いてくる。
その間にジャムシドは一言入れた。
「言っておくが俺も同席させて貰うからな。
……それで良いよな、エミリー」
「ああ。もっと多くても構わないよ?なんなら外に御座でも敷くかい」
気付けば室内で丁度いい塩梅の光量に照らされ、顔の良く見えるようになったエミリー先生が、星空を切り取ったかのように艶やかな黒髪を掻き揚げ微笑んだ。
「そうしたいのは山々なんだが、ウチの集落が自分の仕事に集中出来ないのは困る」
「それもそうか」
「すまんな」
そこは普通に申し訳なさそうだった。
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