76 ケルマの真意
選択肢の無くなった中、ボクとシャルはエミリー先生に案内されて廊下を歩いていた。
何時もの彼女なら、両手でボク達の手を幸せな表情で繋いでいるものだが、今日はそんな気分になれない。
眉間に皺を寄せながらエミリー先生を見上げた。
彼女は長い瞼の切ない眼を半開きにする。
そんな目付きの、少し申し訳なさそうな様子でドレスの上から両手で子宮の無い下腹を撫でていた。
彼女も彼女で色々想う所があるのだろう、聞きづらい雰囲気だ。
それでも、ボクは必要に駆られて口を開いた。
「あの、エミリーせんせ……むぐっ」
「ごめんよ」
そこでやってくる人差し指。
ボクの唇を押さえつけて言葉を出させまいと圧を加えてくる。
エミリー先生の表情は苦笑い。
だけど、先程まで自身の下腹を撫でていたもう片方の手に握られていたのは、彼女が何時も愛用しているやたら太いペン。
彼女は視線をそちらにやり、ボクを見る。
喋らず、ペンを見ろという事か。
相変わらず大きなペンだと思う。
ペン尻にインク壺を差し込んでいるっていうのは分かるんだけど、そこの飾りが大きさに反比例して地味だ。
色は赤と辛うじてワンポイントを保っているけれど、針金状の合金を編み合わせている程度で何か紋様が彫ってあるわけでもない。
もしもボクがエミリー先生だとして、あれにどういう機能を付けるだろう。
針金……編み込み……振動……。色々な想像が頭を過ぎる。
あ、分かった。
思った瞬間、想像した通りの音がした。
────キィィィィィィン!
耳をつんざく金切音。
それだけじゃない。恐らく魔石を本体に仕込んでいるのだろう、音を出すと同時に魔力を網目から放出しているのが、肌を通して分かった。
耳を塞ぎたい衝動に駆られるその時。
よく分らないまま、苦い顔で耳を塞ぐシャルを確認したその時。
ペンからの音は止んでいた。
そしてエミリー先生はボクの唇への圧を弱めて人差し指を離す。
「ごめんね。もう、話して大丈夫だよ」
「……今のは?」
「コウモリは超音波の反響音で物を見るのは知ってるね?
これはその応用で、超音波と魔力を一緒に『マイク』と呼ばれる部分から放出して躯体内……つまり壁の中なんかに隠し部屋とか人が居ないかを確かめる装置なんだ」
彼女はどこか誇らしげにペンを振ると、袖に戻した。
合わせてボクは問いを投げかける。
「気を使って頂き有難うございます。それで貴女は何故あんな、アセナが不利になるような事を?」
なんでエミリー先生とアセナが知り合いなのか気になるけど、先ずはこっちだ。
結局エミリー先生は今回『敵』なのか『味方』なのか気になる。
彼女は優しく微笑んだ。
「ぶっちゃけるとね、君とアセナを別れさすよう言われてる」
「むむ、分断作戦ですか?と、言う事はもう目的達成って事で?」
「ブッブ~。アダマス君も子供だなあ。そっちの『別れる』じゃないんだな~」
彼女はボクを後ろから抱きかかえ、後ろ頭を胸に埋めさせるとシャルへ顔を向けた。
突然の事に顔を赤くする。
「さっ、シャルちゃんは分かるかな」
「え、えっ、妾かや?そうじゃな~、まあ、恋愛的な意味での『別れる』じゃないかの。お約束じゃし」
「ぴんぽんぱんぽ~ん!シャルちゃん大正解~。そっちに関してはシャルちゃんの方が大人かもね~」
ニマニマ笑って片手でシャルを抱えて一回転する。何気にこの人力強いな。
思ってると床に戻される。隣にはちょっと得意げなどや顔を浮かべるシャルが居た。
ボクは鼻息を落として頬を膨らます。
「なんでまたケルマはそんな事を。と、いうか貴女はよく協力する気になりましたね」
対してエミリー先生は指を振る。
ついでに膨らんでいる頬をつついてきた。
悪い気はしないので跳ね除けはしないけど。
そのキャッキャとした表情も年頃の娘さんっぽくて微笑ましい。
「いや、別に協力する気はこれっぽっちもないかな。
でも、彼はどうしてそんな事をしようとしたんだと思うかな?」
「そりゃ子供の頃の意趣返しじゃないんですか。彼って昔からコンプレックス強いですし」
これは今日も実際話してみたので間違いない。
下衆の勘繰りになってしまうが、兄といいボクといい、生まれで大分待遇が違っている事を自らの肌で感じてきた彼は理由なく高い身分に嫉妬と劣等感を感じているように思えてならないのだ。
「だから、アダマス君とアセナの関係を滅茶苦茶にしてやろうという事かい?」
「……はい。違うので?」
「うーん、惜しいかなー。と、いう訳でシャルちゃん、正解は何かな?」
「え、また妾かや⁉」
先生に回答を求められたシャルは肩を跳ねさせ目を見開く。
しかし生来の真面目さ故なのか、よく考えて答えを導き出した。
それはとても凡人の考えで、逆説的に誰もが思い浮かぶほどの真理だった。
「アセナの事が好きだから、かの?」
「うん。花丸っ!」
ボクは目を見開いた。
え、あのケルマが⁉
ボクに絡もうとすると何時もアセナに邪魔されて寧ろ滅してやろうと彼女の事を目の敵にしていた、あのケルマが⁉
正直、『別れさす』と聞いてケルマ以外の人間だったらそれも考えられたが、彼がそういう考えを持つ事だけはイメージ出来なかった。
ハラハラした顔でエミリー先生を見ると、彼女は愉快そうに頷いていた。
「なんか彼女を憎み続ける内に『好き』になっちゃったらしいよ。憎むって事は、想い続けるって事だからねえ。
で、今はこうお金もあるし権力もあって自信が付いたから告ろうって事で二人きりになりたかったらしい」
おーのー。なんてこったい。
マゾい。凄くマゾいよケルマ。なんか変なのに目覚めちゃってるよ。
「そういう訳で私は止めずに打合せ通りにやったかなー。今頃、個室で二人きりの告白シーンだよ。
アダマス君も少しは安心したかい?成功率的に」
「ハイ、ソーデスネ」
一気に肩から何かが抜ける気がした。
いくら何でも分が悪いよ、ケルマ。
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