72 経営チートでお馴染みのあのイベント
小綺麗な煉瓦造りの建物が並ぶ通りを、ボクとシャルとアセナの三人が歩いていた。
重いボクの足取りに合わせてくれているからこそ二人の歩みは遅くなるが、軽い口遣いが苦でない事を教えてくれる。
だからこそ愚痴も加減なく吐けた。
「ふう。なんかさ、やりたくない事が待っていると分かっているとさ、特段大した距離でなくても凄く疲れる気がするんだ」
「ふ~ん。じゃあアダマスは、これからケルマに会うと知らされていない方が良かったかい?」
「そ~だけど。そ~なんだけどさぁ。知らされてなかったら嘔吐する自信あるけどさぁ~」
「お兄様、ファイトなのじゃ!」
「おー、よしよし。シャルは可愛いなあ」
肩を落として駄々をこねるボク。
それを支える様に腕に抱き付いてきたシャルの頭を撫でる。
朝シャンしたサラサラの髪の毛がなんとも気持ちいい。
書類仕事は終わった。それは良いとしよう。
だからルパの町に行く為の移動手段を取りに行く事になる。
それをなんで次期領主のボクがやらなければいけないのかと思ったが、まあ、シャルとアセナを連れてのデートだと思えば一億万歩譲歩して良しとしよう。
なんか単に移動装置を取りに行くって訳でも無くて、商会が見つけた新しい技術を使った機密扱いの品でもあるらしいし。
それはそれとして、だ。
ボクは融資目当ての『友人』になろうとやたら絡んで来ていた、ケルマ・フォン・パノプテスの屋敷に行く事になった。
ケルマはボクん家で修行を終え学園都市へ入学し、短期学科を修了した後は交易商をはじめたそうだ。
行商人のようなものだが、そこは弱小とは云え古くからある貴族の家系。
コネと学園都市での知識を使い成功。
現在は新進気鋭な人物として手広く商品をやり取りして外国にまで事業を拡大しているとの事。
「そんな新進気鋭には、お手紙を渡して移動手段を貰うついでに、領主代行のボクが直々に挨拶をしに行きますということだね。
商業系のお話で主人公が成功してくると偉い人が『お話があるそうです』ってやってくるあのイベントだね」
「まあそうじゃの。ところでお兄様は何処に向かってお話しているのじゃ?」
「疲れていると自問自答を繰り返したくなるものなのだよ」
「嗚呼、なんて可哀想なお兄様ッ……‼」
メタな茶番に呆れるアセナは敢えて何も言わない。
隣のソレが終わるまで腰に手を当てて待っててくれるのが彼女の良い所だ。
言いたい事は正直に言うんだけど、空気は読むって事だね。
そんな中、彼女が片耳を下げてゆったりと口を開いた。
「さて、アダマス次期当主。お楽しみのところ悪いがお仕事だ」
「ん。おっけー。で、『コレ』が目的の建物で良いのかな?」
「ああ、これがパノプテス商会のラッキーダスト支部だな。貸し物件を使っていて本社は本家のある実家にあるらしい」
様々な商会が並ぶ一等地にそれはあった。
癖は無いが高々と建てられた建物。しかし随分派手な後付けの扉の上には『パノプテス商会』と書かれた看板がある。
なんかチグハグな建物だなあ。
まあ人の趣味は様々だし良いんだけどね。ボクはドアノックを掴んで、扉を叩いた。
暫く待つと扉が開かれ、中から出てきた使用人がボク等を訝し気な気配で見る。
そのように見るが、かといって油断はしていないようだ。ボク達の身綺麗な格好を見たせいだろう。
彼は笑顔を張り付け、言う。
「いらっしゃいませ。当商会はアポイントメント制となっておりますが、何か身元の証明となるものは御座いますか?」
「ああ。これになる。確認してくれたまえ」
仕事向けの慣れない口調で手紙を渡す。
それはラッキーダスト家の紋章が押された封蝋で留められていた。
同時にさりげなくベストを捲り、内ポケットを見せる。
そこに挟めた、紋章付き万年筆をチラつかせる為だ。
「ふむ?そ、それは!
失礼しました。次期侯爵様でしたか。どうぞ中へ」
すると態度は急変して、手の平を使い室内へ来るよう促す。
正に手の平を返すというヤツだ。
まあ、商人のやる事だし、仕事なのだから気にしちゃダメなんだけどさ。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
これといった問題もなく応接室に入ると、使用は目当ての人物とボクを対面させて部屋の隅に待機する。
そして、当の人物は明るく声をかけてくる。
「おお、よくぞいらっしゃいました!」
『先程』、屋敷の資料で見た顔がそこにあった。正確にはよく似た顔であるか。
商人にとっては才能とも言える人付き合いの良さそうなイケメン。所々が行方不明になっている顔写真の彼の面影を残す。
一応昔に会っている筈なのだが、顔をよく覚えていないのでそちらの顔の造形はかなりうろ覚え。でもきっとこんな感じだった筈だよ、ウン。
「商会長のケルマ・フォン・パノプテスです」
言ってケルマは営業スマイルを浮かべて此方へ手を差し伸べて来た。
なのでボクも営業スマイルを浮かべ、握手する。
「ラッキーダスト侯爵家次期当主、アダマス・フォン・ラッキーダストだ。
お会い出来て光栄だね」
「ええ、私も久々に会えて光栄です。何なら昔のように友人の様に接してくれても良いのですよ?」
明るい彼の眼はまるで笑っていなかった。
いやあ、変わっていなくてなによりだよ。
ボクは握手を解く。
さて、向こうが更に踏み込んでくる前に何か言ってやろうかと考えていたら後ろから声がした。
それは、昔もこういう状況になると間に立って何時もボクを守ってくれたボクの『姉』である。
「おやケルマ。久しぶりだね。すまんが今のアダマスは昔よりずっと立場ある身だ。
気持ちは分かるが仕事の話といこうじゃないか」
アセナが言うとケルマは明らかに嫌そうな顔を一瞬見せて、直ぐに営業スマイルを張り付けた。
そういえばケルマ、アセナが貴族号を持ってないけど『寵姫』に選ばれたってだけで貴族並の待遇を得られるって事に一番気にくわない人だったっけなあ。
とはいえ、ボクが読心術を持っている事も気にくわない感じだったし。ケルマは何かとコンプレックスを持ってたりする印象がある。
当時の彼の顔は思い出せないけど、そういう事はよく思い出せた。
読んで頂きありがとう御座います。
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