71 ケルマとアルゴス
アセナは適当な席に座り、書類の処理をしながら口を動かしていた。
それを夢中で聞くのはシャルで、何やら引っかかる事があるのが話しかけるタイミングを考えあぐねているように見える。
「まあ?簡単に言うとなー、その男爵家が金鉱山で儲けていたんだけど金が出なくなってから一気に没落。で、マフィアに借金して風俗業に手を染めたってのが経緯だなあ」
そこでとうとうシャルは口を挟んだ。
「ザックリって割には重い事情じゃの……と、その前に気になる事なんじゃが、アセナはお兄様がハジメテの人って筈なんじゃろ?それだと時間軸おかしくないかの」
「ああ、そりゃ簡単さ。
アタシ達は所謂『嬢』としては扱われなかった」
アセナは少し自分の手を見て開閉する。
下を向いて溜息をつくと、ひとつ頷いてシャルに向き直った。
「う~ん、ドン引きされるかも知れないからあんま言いたくないんだけど……まあ、これからお互いに家族になるんだ。
知っておかなきゃいけないだろうし、言っておこうと思うよ」
「う、うむ……」
シャルはその細い喉に精一杯の唾を呑む。
「アタシ達は『山賊』をやらされていたんだ」
「山賊?」
「そう、山賊さ。『商品の仕入れ』の為にな。
自慢の鼻で旅人を探知して、女は違法風俗で働かせて男は海外へ違法奴隷として売り払う。古っ臭い山賊さ」
現在の我が国で奴隷売買は禁止されている。
しかし法に守られない人間という『商品』には需要があるので、マフィアなどを使った違法なルートでやり取りされる時があるのだ。
禁止される前は奴隷の人権に対する法もあったが、開き直られた今は、かえって当時より酷い扱いが多い。
「それじゃ、アセナも……」
シャルがハラハラした様子で聞くと、居心地悪そうに眼を脇に逸らし、啄む様に言葉を吐く。
「いや……アタシは不幸なのか幸いなのか、手厚く扱われたよ。族長の娘だからね。
綺麗な部屋で三食あってメイド付き……人質として扱われたんだ。
その分苦楽を共にしてきた何人もの同族が『邪悪な山賊』として返り討ちにあっていったがね」
眉に皺が寄って黒いものが表情に浮かんでいる。
本当に色々あったのだろう。
もう少し書類を漁ると、アセナたちを使っていた男爵家の『隠れ風俗街』についての書類が出てきた。
最近、此処を根城にしていたマフィア達を撤退させたので後処理をしろとの書類だった。
鉱山の街を風俗街に再利用したもので、山と森に囲まれていて交通の便も悪いので、中々見つかり辛い場所にあったらしい。
それは、普通に経営していれば金以外に何の価値もない土地だとも感じ取れ、ある意味持っている貴族は不幸だとも感じた。
ボクに絡んで来たアイツはアセナを不幸のどん底に追い詰めたり、犯罪に手を染めたり、ボクの仕事を増やしたりと褒めるところがまるでないけど、そこだけは不幸な偶然だったのかも知れない。
物想いにふけっていると声が掛けられる。
「あ、ひとつ言っておくとお前にやたら絡んでたアイツは普通にピンピンしてるからな?」
え、そうなの?
「ああ。お前に絡んでたアイツは分家の【ケルマ・フォン・パノプテス】だな。
この書類に書かれている、行方不明の【アルゴス・フォン・パノプテス】は本家の当主で違法風俗の経営者だったんだが、その二人とでそんな交流はない」
「あ、そうなんだ。ていうかボクって口に出してた?」
「いや。ただ、どうせ居なくなった……普段気にかけない人間の顔でも思い出そうとしているなって思ってな」
「凄いね。よく分るものだ。それも修行の成果かい?」
彼女はボクの頭に書類束でチョップして、軽く溜息を吐く。
「うんにゃ、単なる処世術。お前は人の心を読む事に対しては一流なのに、読まれる事に対しては結構鈍いのな」
「それだけボクがドSという事さ。Sはガラスのハ-トだから責められる事には弱いのさ。えへんぷい」
ボクは何時ものジト目を浮かべた表情で軽口を返し、ダブルピースをした。
そして再び書類チョップがつむじに落ちる。
「自慢になんねーよ。
取り敢えず、この風俗街の後処理は任せて、行方不明になってるアルゴスの方でもやっててくれ。
アタシとしても、コレは自分で処理したいしさ」
そう言ってペンを片手に書類を持って行った。
さて。ボクも仕事をチャッチャと済ませて、ルパの町に行かなきゃね。
思っていたらシャルが手を軽く上げた。
「ところで良いかの?」
「なんだいシャル。お菓子だったらハンナさんを呼ぼうか」
「いやいや、さっき食べたばかりだからもう一時間くらいは大丈夫なのじゃ。それよりもさっきの会話で気になった事があっての。
『分家』って何なのじゃ?」
きょとんと首を傾げるシャルに、何となく納得する。
ああ、そうか。シャルってば一人っ子だし、何だかんだで「女は政治に関わるな」な古風な貴族の出身だったね。
なので説明。
「ボクんちが『観光業』であるように貴族はそれぞれ家業があるんだけど、それを継いだ人が先祖代々伝わる『本家 (宗家とも呼ばれる)』になれる訳だね。
で、本家になれなかった次男三男なんかは外に出て、コネなんかを利用して自分で食べていくようにする。こうして出来上がった家が『分家』と呼ばれるよ。
分家は、本家が借金を返せなくなった時の保証人にされたり当主が死亡した際の予備になったりするよ」
「ふええ~、貴族社会はえぐいのじゃ」
「まあ、ボク等もそんな屍の上に立っているんだけどね。ウチは仲良くやっている方だけどさ」
「ふ~ん、なのじゃ」
会話を切る。
ところで書類に載っているのは随分詳細なものだった。
やたらイケメンな顔写真から身長や体重は勿論の事、好きな食べ物や好きな色。性癖に至るまで気持ち悪い程に調べられていた。
読んでいく内にボクは気分が悪くなってくる。
別にこれほど調べられている事についてはどうでも良い。
貴族なんて弱点の探り合いだ。ボクだって知らず知らずの内にこういったリストが作られているかも知れない。
気分が悪くなったのは、このアルゴスとかいうヤツの趣味の悪さだった。
なになに。好みの女性のタイプが『反抗的な女』。
その生意気な眼を麻酔無しで抉り取って保存液漬けにして眺めるのが性癖?
うわあ、確かにボクはSだけどそういう痛々しいのは嫌いなんだよ。
こんなヤツの下に居たアセナも大変だ。
取り敢えず「探してますよ」と親族に定型文の手紙だけ書いて終わらせよう。
ボクは専用の羊皮紙を取り出して、ふと気付く。
あれ?コイツの親族って事は、もしかしてケルマ?
ボクは急いで連絡先を確認すると顔に皺を寄せた。
いやいや、流石に手紙のやり取り如き使用人とかにやらせるよね?
だが、嫌な予感は当たる物だ。
「うっわ。アイツ、手紙の受取人としてこっち来てるし……」
そしてもっと厄介なものは、ボクはこの仕事が終わったらそのケルマに会いに行かなければいけないと知った事だ。
なんでだよ、ボクが目上なんだから向こうが来るべきだろ。
ハンナさんから聞いたが、父上からの指示らしい。
おのれ父上。




