70 仕事中にボウッとして昔の事とか思い出したりする
あれはもう何年前の記憶だっただろう。
アセナと会う直前の事だから、六年ほど前だった気がするな。
ラッキーダスト侯爵家には、他貴族の子弟や令嬢を預かり修業させるという幼年学校のような仕組みがある。
なので使用人や警備兵には他貴族の者が混ざってもいる訳だ。
貴族間の交流を持たせるという意味では良い仕組みなのだが、正直な話この頃のボクの精神は限界に近かった。
『読心術』を持つが故に気味悪がれ、しかし利益を求めようと『友人』になろうと擦り寄る人間が多すぎるのだ。
行商人の娘だった頃のエミリーと別れてから一年ほど経っていたが、彼女の温もりを忘れられなかったのはこのせいでもある。
その日も、そんな『友人』になろうとする少年に話しかけられていた。
顔はよく思い出せないが、この少年が特にしつこかったのを覚えている。
名前は確か【ケルマ】といったか。
「アダマス様、この後のお時間宜しいでしょうか」
「ん。今日はちょっとダメかな。これから父上の用事があるしさ」
「……そうですか。侯爵様の用事となれば仕方ありません。
しかし我がパノプテス男爵家は貴方様をお迎えする準備があります、その時はどうぞ宜しくお願いします」
何時も通り適当な言い訳。
ケルマはボクに対する嫌悪を隠そうともせず、肩を小刻みに震わせながら貴族子弟たちの中へ戻っていった。
どうせあの中で陰口でも叩くのだろう。まあ良いんだけどね。慣れちゃったし。
ボクは庭園の人の眼に触れぬベンチに腰を掛けると頬杖を付いて溜息を吐く。
自分の家だというのに人に隠れながらでしか寛げないというのもまた、疲れる話だ。
これから先の事を考え、そして上を見た。
ああ、死にたくなるような青空だ。
と、そんな時の事である。
プニリと頬に引っ張られる感触が沸き起こった。
「お。柔らけ~」
「……どちら様で」
「なんでえ、リアクション薄いなあ。顔は格好カワイイ系なのに」
そう言ってボクの隣にはケラケラと笑う褐色の女の子が居た。この場合はリアクションに困るけど、スミマセンで良いのかな?
言い出す前に彼女はボクの頬から手を離すと親指で自身を指す。
「まあ良い。私の名前はアセナだ。今日からお前のお姉様って事になったらしい」
「……はあ」
「うっわ、気の抜けた返事だな。こんな美人が今日からお姉様なんだ。少しは喜べ!あ、タメ口で良いからな」
「ワーイ、ウレシイナー」
棒読みで返す。
その反面、ボクは一目見て彼女が嫌いでなかった。
少なくともボクに対して嫌悪感を抱いてはいなかったし、嘘は一切付いていなかったから。
ただ、彼女のお陰でボクの『友人』になろうと近付いてくる人間は大分減ったので、結果的に良かったと言っておこう。
「で、誰がそれを決めたんだい。突然過ぎて整理が付いていないんだけど」
「侯爵様。つまりお前のとーちゃんだな。
なんか学校に馴染めないから守ってくれって言われてな~」
「ああ、成る程」
納得いったボクは無意識の内に彼女の尻尾に触れる。
「ミギャッ!なに突然触ってるんだよ、敏感なトコなんだぞ!」
「ごめん。ボクもホッペ抓られたからこれくらい良いかな~って。なんか気になったから」
「……だったら仕方ないか。ただ、優しく触ってくれると嬉しいな。ウン」
少し考えて、分かってくれたそうだ。
彼女はボクにショートパンツを履いたお尻を向けると、尻尾をパタパタと左右に振る。
恐るおそる撫でてみると、良い毛並みをしているのが分かった。
◆
ふと気が付くと、目の前には沢山の書類があった。
周りではシャルとアセナが此方を見ている。
腕を組んだアセナは、不思議そうにボクへ話しかけた。
「どうしたアダマス。突然固まったりして」
「ああ、ゴメンゴメン。つい、アセナに初めて会った時の事を思い出してねえ」
「どうしてこの状況でソレが思いつくんだよ」
話しながら適当な書類を取ると、丁度先程の回想でアセナと出会う直前に話していた貴族子弟についての書類だった。
「ほら、コレだ。ええと、パプテマス家?それが載っていたから芋づる式に思い出されたんだよ、きっと」
「いやいや、パノプテス家だからな。最初の『パ』と最後の『ス』しか合ってねえよ。
それだと盾に腹を貫かれるSF作品のラスボスになっちまう」
呆れるアセナへボクは指差す。
「ああ、それそれ。後、字数も合ってるぞ」
「ったく、適当だな。えーっと何々、パノプテス男爵家の当主が行方不明……ねえ。
まあ、妥当っちゃ妥当かね。
あそこはヤクザもんへの借金で首が回らなくなっていた上に、事業に失敗してる」
アセナは書類をボクの手から奪うように手に取ると、軽く流し読んで内容を理解する。
「なんか詳しいね。それもフリーのライターをしていた成果かい?」
「それもあるけどー……」
ボクの頭に顎を乗せてくる。
すると前に書類を突き出して、一緒に読める形にしてきた。その声には、彼女とは対称的な深い負の感情が染み込んでいる。
「ルパ族の前の雇い主がココだったんだ」
ああ、そりゃ色々思う所もあるか。
「……そう。因みに事業はなんだったの?」
「マフィアと提携した風俗業だな」
うわあ。
風俗業全振りの貴族とか。
一緒に聞いてるシャルなんてドン引きしてるぞ。
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