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7 妹は頑張って苦手なものを食べる

 ボクはチョコレートを摘まもうとし、「待てよ」とそのまま盆を手に取る。

 そして盆を、シャルの前に差し出した。

 何を選んでも良いし、ダメだったらこちらの方が罪悪感も薄いだろうから。


「無理しなくても大丈夫だからね」

「だ、大丈夫なのじゃ!妾が食べたくなっただけなのじゃ!」

「はいはい」


 やたら早口だった。悪い事を見つかった時のようにも聞こえる。

 そんな言葉の嵐が止むと今度は、無口で手をクレーンのように落ち着きなく動かし始めた。

 ボクはそれをじっと見れば、神経衰弱よろしく部屋は静寂に包まれる。


「これじゃっ!」


 男らしい気合と共に励声一番。

 この残念美少女さよ。


 彼女がひとつ手に取ったそれは、欠片とも呼ぶべき、一番小さなチョコレート。

 ゴクリと一口唾を飲み込み、困惑の感情が見え隠れ。

 これは「勢いでやっちゃったけど、お菓子ひとつ食べるのになに大袈裟な事やってるんだろ自分」とでも云ったところかな。


「食べるぞ!ほんっ……とーに食べるからな!」


 そしてツッコミ待ちの催促、こういうのは楽しんだ者勝ちだ。

 敢えて地雷原にボディプレスで飛び込もう。なんなら更にタップダンスでも踊るのだって悪くない。

 ボクとハンナさんは波乗りよろしく、シャルの作り出した勢いに乗っかかった。


「「はい、どうぞどうぞ」」


 目を瞑って大口開き、当のシャルは一気に口へ小さなチョコレートを放り込んで噛み砕く。


「どっせい!

むぐむぐ……。むぐぐ……これは……!」


 咀嚼したものを呑み込んだ彼女は、勢いよく此方へ振り向いた。

 特に部屋の光量が多くなった訳でもないが、その大きなアーモンドアイは不思議と光り輝いていた。


「甘いのじゃ!」

「それは良かった」

「アレをこんなに美味しくできるなんて、近頃の錬金術師は凄いのじゃ」

「シャルくらいの年齢で『近頃』って表現はまだはやいかなぁ」


 安心の感情が大きく出して、そのまま別のチョコレートにも手を付けて続きを食べ始めた。

 窓から差し込む陽光が後光になり、金髪が反射される。

 無邪気な顔は嬉しそうで何よりだ。


 ところで、とても撫でやすそうなオデコが丁度目の下に晒されていた。

 そして気付けば、ボクはその頭を撫でていた。肩を叩く代わりだ。

 少し乱れてオデコにかかっていたいた金髪のツインテールが肩に戻る。


 撫でるもう片方の手で、彼女のカップを取って渡した。


「はいよシャル。君の分の紅茶。冷めちゃうよ」

「おおっ、すまんのお兄様」


 シャルはこういった事がはじめての筈なのにリラックスしているせいか、手際よく受け取り流れる様に飲み込むと少し顔が強張った。

 ボクは慌てない。

 原因が分かっているのだから。


「甘っあぁぁぁ~~!」


 青い顔をして、彼女はカップを机に置く。


「そりゃチョコレートに角砂糖四つはやりすぎだって」

「ぐむむむ、そ……そうじゃの」

「うん。今度から気をつけるようにね」


 ボクは苦笑いから溜息を吐いて、彼女の紅茶を手に取った。一気に飲む。

 折角ハンナさんが淹れてくれたものを残すのも悪いしね。


「あっ」


 シャルがそこに食いつく。勢いよくボクの顔を見た。


「ん、どうしたの?

多分チョコレート食べながらこの甘い紅茶はもう飲まないだろうと思って、飲んじゃったけど。

もしかしてまだ飲みたかった?」

「いや、まあ飲まないのじゃが……」

「それともお菓子に飲み物が無いのが大変かな?

ボクの紅茶はまだ少し飲んだだけだから、こっち飲む?」


 異性だから遠慮しちゃってる?

 でも貴族なら毒見とかメイドさんにやらせたりするし、異性との回し飲みなんて結構よくある事だろうに。

 ましてや義理とは言え兄妹だし、そう難しく考える必要もないだろうに。


 しかしシャルは大分はにかんで、ボクの顔を見てはゴニョゴニョと「関節キス」だの小さく呟き、隠れるような視線をこちらへ向け言った。


 うーむ、そういう仕草は結構ドキリと来るかも知れない。

 ……って、ロマンス小説か。


「だ、大丈夫なのじゃっ、ハンナにもう一杯貰うのじゃ」


 相変わらず用意の良いハンナさんは、ワゴンから新たなカップを取り出すと紅茶を淹れ始めたのだった。



 領主の部屋の、領主の席にて。


 万年筆片手に書類束と格闘しているオルゴートは、隣へと目を向けた。

 そこには真っすぐ伸ばしたプラチナブロンドの髪を持つ女性が居る。少しキツい双眸と整った顔は、アダマスにそっくりだった。


【テアノ・フォン・ラッキーダスト】


 侯爵夫人であり、秘書も兼任している彼女は仕事が完了した書類束を受け取る。

 そしてパラパラと中を無駄なく確認しながら領主本人へ話しかけた。


「しかし『あの』バルザック君が子供だなんて、分からないこともあるものね、ゴート」

「もしも学生時代の俺たちが聞いたら何かの暗号か、それともそのように聞き取れる外国語なんじゃないかと疑うほど目ん玉が飛び出す案件だったね」


 『ゴート』とは一部の者達が使う彼のあだ名である。

 オルゴートだからゴート。

 妻の淹れた紅茶を飲んでチョコレートを食むゴートは、昔のバルザック(シャルロットの父親)を思い出す。


「人一倍勉強熱心だったけど、その目的が『先祖代々の錬金術に人造人間(ホムンクルス)技術があるから、それで理想の嫁を作りたいんだ』だもんなあ。

いわゆるマッドサイエンティストって本当に居るんだなって感心したっけ。

しかも……」


 紅茶から口を離してポツリと呟く。


「成功しちゃうんだもんなあ」


 一方でテアノの見る書類には、丁度シャルロットの養子関係の事があった。

 『書類上では』彼女の母はミュール家からフランケンシュタイン家への嫁入りと書かれている。


 確認が終わった書類束を抱えて冷めた目でテアノは頷く。

 この時の彼女は、バルザックに対して侮蔑に近い感情を抱いていた。

 くしゃりと書類に指の力が入る。バルザックの名が少し潰れていた。


「うん、ミスは見当たらないわね。反吐が出るけど」

読んで頂き、ありがとう御座います。


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― 新着の感想 ―
[一言] 理想の嫁って、何処かの素晴らしい世界に出てくる禿げた転生者みたい。 嫌いじゃない、そう言う発想は嫌いじゃありませんw 父上もハァハァクンカクンカも忘れてしまいそうな締めの言葉に心を踊らせな…
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