6 今日の紅茶はアールグレイ。パフォーマンスを添えて
口元に運んだものは良いものの、さてどうやって食べたものか。
周りの女子二人は興味深そうにボクを観察していた。空気が冷たい。
匂いを嗅ぐと独特の甘い臭いがする。
悩んでも仕方ないので一気に口へ放り込んだ。おや、これは……。
「むっ、むむむ、これは!?」
「ど……どうかやお兄様!?」
はわわとシャルは心配そうに両手をウロウロと躍らせていた。
こういった時、期待半分な所を見せるのが野次馬と云うものだが、彼女の場合は純粋に心配しているところが実に初心である。
尚、ハンナさんに変化はない。
「特に味はしないかな」
「……え?」
ボクの舌は特に反応を示さない。
シャルはポカンと口を開けた。小さな八重歯がチラリと覗く。呆れの表情にも似る。
そうして彼女は期待外れだとでも言わんばかりに肩の力を落としていたのだった。
ならばとボクはチョコレートを上下の歯で挟んで、ニッと唇を開く。まだ形の変わっていないそれを見せる。
腹話術の応用で話しかけてみた。
ボクには姉のような役割の人が居るのだが、たまにこのような小技を教えてくれるのだ。
「なんなら食べてみる?口移しで」
「そ、それじゃおねが……いや、やっぱりもう少し待って欲しいのじゃ!」
「うん、そうだねゴメン。流石に冗談」
「むむむ……お兄様がイジワルするのじゃ」
頰を赤く染めたシャルを前に、再び口を閉じる。
でも実は、あれでシャルが「お願いします」と言い切っていたら、普通に口移しで食べさせる気ではあったんだ。
人によっては多少問題ありなアプローチだけど、なんか不思議な事にボクがやるのは良いらしい。
……って、色っぽい家庭教師のお姉さんが言ってた。
具体的には「大丈夫、アダマス君くらいのイケボイスかつジト目ショタ顔でやるなら寧ろご褒美だから!ていうか私にぜひっ!」との事。
実際に口移ししてみたら喜んでいたし、ハンナさんに聞いても「かなり親しい関係なら良いかと。と、言うわけで私にもやって下さいませ」と言っていた。
なので、今のボクの中で親しい女性に対しては一般的なアプローチになっていたりする。
それはそれとして、味がしないのは不思議なものだ。てっきり飴玉みたいなものかと思って口の中で何度か舐めているんだけどな。
察したのかハンナさんが説明してくれる。
「味がしないのは強めに凝縮され、まだ溶けていないからですね。
そこは調節次第でかなり振れ幅が大きいらしく、研究中との事です。
取り敢えず坊っちゃまが食べているのは保存に便利な硬めのチョコでして。
砂糖を入れないのが一番硬いらしいですが、今回はお菓子との事で砂糖を多量に含んでおります」
「つまり、氷砂糖のように噛み砕くのが正解なのかな」
「ご明瞭、恐れ入ります」
そういえば錬金術の発展で砂糖も安くなったせいか、ガンガン使う菓子が増えたなあ。
そんな他愛ない事を考えて、ボクはチョコレートを噛み砕いた。
口の中で砂のように細かくなって、舌の上で溶けていく。
喉の奥から芳醇な香りがみるみると染み渡ってきた。
「あ、おいしい」
つい、女学生が市の甘味屋台で当たりの店を引いたような、軽いノリで言ってしまう。
でも苦味の強いお菓子を予想していたから意外だった。
普通に紅茶に合いそうで美味しい。
「ハンナさんも食べてみる?」
「はい、有り難く頂きます」
指で一つ摘まんでハンナさんの口元まで持っていくと、彼女はそれをパクリと食べてくれた。
「美味しゅうございます」
「これなら普通に商品として大丈夫そうだね。
……ああそうだ。食べてたらハンナさんの紅茶が飲みたくなるな。
シャルと飲みたくなっちゃったし、淹れて欲しいな。持ってきてるんでしょ?」
「はい勿論でございますわ。
それでは坊ちゃま、こちらに御座います」
ハンナさんは微笑みを僅かに強くした。
そして陶器製のカップとポットがワゴンから取り出される。
ハンナさんはポットを頭ほどの高い所に持ち上げると、注ぎ口からカップへ紅茶が注がれていく。
湯気が少し此方へ流れてきて、鼻腔を落ち着きのある柑橘系の芳香がくすぐるが、チョコレートの風味と喧嘩していない。
それに感動している者がひとり。
シャルである。彼女はとても分かり易い。
「凄いよね。ボクもはじめあの注ぎ方を見た時は驚いたなあ。
空気に長く晒すことで空気を沢山含ませる効果があるらしいね」
「ほへ~」
「まあ、ボクもハンナさんから聞いた話だけどね」
カップに淹れられた紅茶が二つ出来上がり、盆に置かれたそれらは机の上に置かれ、その空いたスペースには小坪がある。
中には白い角砂糖が詰まっていたので、ボクは備え付けの小さなトングで一つだけ取り上げると、己の紅茶へ入れた。
「あらあら、珍しいですね。坊ちゃまは何時も四つではありませんでした?」
「今回はチョコレートの砂糖がちょっと強いからね。砂糖強めだとちょっとクドいかね~ってね。個人的に」
その行為もマジマジと見ていた、膝の上のシャルに聞く。
「シャルは角砂糖どうする?自分でやるかい?」
「はいっ!やらせて頂きますのじゃ!」
オモチャを受け取るように小さなトンガを受け取ると、目を輝かせながらそれをマジマジと見て、カチカチと何度か鳴らす。
やっぱ根本的に好奇心の強い子なんだよなあ。
カップに四個の砂糖が入れられると、彼女はボクへ向き合った。
上目遣いなのでオデコが眩しい。
「チョコをひとつ分けて欲しいのじゃ」
「ああ、良いよ」
───おや?
ふと紅茶に映った顔を見ると、ボクは笑っていた事に気付いた。
自己分析ではあんま笑わない人だった筈なのになあ。
読んで頂きありがとう御座います




