67 彼女が姉貴分になった理由
お風呂上がりのアセナは、頭を抱えているようにして両耳を摩っていた。
ボクとシャルはその隣で廊下を歩く。
「うぅ~、まだ耳がムズムズする」
「自業自得だし致し方なし」
「へいへい。わ~ってますよ」
彼女の格好は、タンクトップの上半身にローレグでデニム生地のホットパンツを履いた下半身と、かなり開放的なものだ。
後ろからは尻尾が飛び出している。
「それにしても、あれじゃ。
なんかアセナは、本物の義姉弟という訳でもないのにフランクじゃの」
「ん?お兄ちゃんを取られそうで妬いちゃったかな?」
ヘラヘラと返したアセナの尻尾を、頬を膨らませたシャルがギュッと握った。
彼女の耳と背筋がピンと逆立つ。
アセナへの呼び方は、いつの間にやら『お姉様』から呼び捨てへ変わっていた。
「ふ、ふんっ!
寛大な妾は、お兄様が選んだならどんな嫁でもバッチ来いなのじゃ」
しかしボクの読心術は少し焦りの感情を読み取っていた。
照れ隠しにしては力技だと思う。
「ミギャッ!じょ、冗談だって。まあ、別に嫁って言った訳でも無いけどな」
「なんだ。違うのかや」
「いや、言うほど違わない」
シャルは尻尾からパッと手を離し、注目。
まるで先程のリアクションが芝居だったかのように、あっさりと落ち着いたテンションに戻ったアセナは口を開いた。
「アタシ達ルパ族は、ラッキーダスト傘下になる時、ひとつ約束をしたのさ。
族長の娘であるアタシをアダマスの寵姫として雇い入れるってな」
「うわぁ~お、なのじゃ」
寵姫には国によって様々な意味が含まれる。
取り敢えず我が国においては、主人と性的関係にある『友人』の事だ。
友人になるのは男女問わずだが、寵姫は当たり前だが異性が多い。
たまに同性の寵姫を作る貴族も居るけど。
お尻が痛くなる話はさておき、基本は主人に気に入られた使用人や妾、高級娼婦など下位の身分の者から選ばれる事が多い。
それでも次期侯爵のボクの寵姫になるには、釣り合うよう最低でもエミリー先生のように貴族の一員である必要がある。
だが、ウチの父上は侯爵という個人の権限で無理矢理アセナをボクの寵姫にしたのだった。
貴族では友人も身分のようなもので、場所によっては『友人への融資』という名目で、家政婦長よりも高い賃金を貰って友人をする者も居るくらいだ。
そこへ性的関係という特別な意味が付与されると、政治的な権限も加わる。
上等な貴族の友人になるという事は、下位の身分の者が一発逆転する方法とも言えるだろう。
政治的観点から見れば、アセナを寵姫にするメリットはない。
ルパ族がラッキーダスト家の傘下に入るという事は、同時にラッキーダスト家の保護を受けるという事だ。
なのでルパ族が保護の見返りにアセナを単なる愛人として差し出すには納得出来る話だ。
ところが、それなりに政治的な身分を持つ寵姫では単にルパ族が得をしただけという構図になってしまうのである。
まあ、今までそれで困った事は無いから別に良いんだけどさ。
裏表のないアセナは、こういう特別な手順を踏まなくても純粋に友達になれた気がするし。
「ま、つまり政治的にアダマスと『友人』でもあるアタシはこうしてフランクな態度を取っても良いって訳さ」
アセナは早業でボクを抱き抱え、ボクの後頭部を胸で挟んだ。
グラマスなハンナさんや、ましてや巨乳のエミリー先生と比べれば小さく感じるが、これはこれで良いものだ。
ボクを胸に抱く彼女はクルクル回った。
尻尾を振りながら、楽しそうな顔で。
合わせてボクの脚は、身長差でプラプラ揺れる。
ボク、脚の長さに関しては自信あったんだけどなあ。流石に勝てないか。
「ああ~、つらいわ~。
政治的な理由で友人しないといけないのマジつらいわ~」
愉しい顔で楽しげに棒読みを言い放つ。
棒読みついでにボクの頬へキスをした。
その粗雑な雰囲気とは裏腹に唇は柔らかくて、良い臭いがする。
唇の隙間からは白い歯が少し見えて、肉食獣特有の少し立派な糸切り歯が可愛らしい。
「あーっ、ズルいのじゃっ!お兄様を解放するのじゃ!」
「シャルはアタシが来る前に散々乳繰り合っていたしおすし」
「ぐぬぬぬぬ」
「いえーい、完全論破でアタシの勝ちー」
よく分からないけど勝ったらしい。
何も言えずにジタバタと両手を上下に振るシャルを見てアセナは御満悦である。
彼女はトロフィーを掲げるかのように「たかいたかい」の形でボクを上げた。
パワフルだなあ。
上から見渡せる尻尾はパタパタと振られていた。
「さ~、食堂に着いたよ。朝メシにするかね」
「じゃ~なっ!」
アセナはボクを小脇に抱え、先程とは打って変わりしみじみとした声で食堂へ入る。
シャルも腰に手を当て、気分を直ぐに切り替えると鼻をフンスと鳴らした。
ご飯を食べる時になると三つの気持ちがひとつになって、これからやってくる美味しさを想像すると、舌に思い出し旨味が滲み出てきて楽しみになる。
「あ~、豚の丸焼きとか出ないかな~」
アセナよ、流石に朝ごはんでそれはないぞ。
ほら。シャルも『豚の丸焼き』ってワードに目をキラキラさせない。




