625 宇宙(そら)に消えてった打ち上げ花火
幾つもの『肉』を積み上げ作った悪趣味なオブジェ。
強制的に干渉させられる女捕虜の顔は青ざめていた。
吐き気に耐えつつ、落ち着かないように自分の腕を揉み続けていた。
「……終わりました」
「お疲れさん、よく頑張ったな」
「でも、記憶は……」
「ん。まあいい、そういう事もあるさ」
結論として、記憶に影響が出る事は無かった。
一方でヤクモは、ある程度は彼女の事を信頼しても良いと感じていた。
彼女の『恐怖』と『気丈さ』は本物であったのだから。
ヤクモは身体を翻し、女捕虜に背中を預け通路の方を向く。
その気持ちは大分リラックスしていた。
「それじゃあ、これからの事を話そう思うからまた元に戻るけど着いて来てくれ」
「ハイ!」
女捕虜は元気よく返事をした。
いわゆる空元気だ。
無理やりだが、足を前に動かしオブジェを後にする。
そこでオブジェの脇。
彼と彼女の背中を見やるハンナが語り手として口を開いた。
「さてはて。
こうして運命の出会いをした二人ですが、世界とはドラマチックなものばかりではありません。
同時進行で地味な作業が行われておりました。
この部屋から離れた武器庫になります」
突如、景色が変わった。
構造は現代の倉庫や工場に近い。
しかし機械は、現代機器の上位互換のようなロボットや、人程の重さを輸送するドローンが飛び交っている。
そこには、顔色の悪い男が居た。
彼に手には、工業用の運送用ドローンのリモコンが握られている。
ミアズマのソフトウェア担当であるアズマだった。
彼の口から飛び出すのは、先ず愚痴だ。
「はあ……荷物運びとか柄ではなのだがなあ」
彼の台詞に反応するのは、背筋をピンと伸ばしたオールバックの老人。
組織のご意見番にして地球本部からのお目付け役。
彼は『マエストロ』と呼ばれている。
ヤクモは『爺』と呼ぶが、本名は不明。
「どんなに上の立場になっても、雑務からは逃げられないものです。
いや、もしかしたら上に行くほどその仕事は増えるのかも知れません。
現場はいつでも人手不足なのですから」
「分かっていますよ」
アズマはフンと鼻息を出して作業に戻った。
それを見たマエストロは、一般構成員たちへの指示に戻った。
横倒しになっているミサイルに腰掛けるハンナは口を開く。
「ミアズマは代表格五人がおりますが、その下に沢山の構成員が居る反社会組織です。
上の五人が目立つのは、モブ達は死亡により入れ替わるのが激しいからですね。
過酷な世界なのです」
一般構成員たちは危なめの入れ墨が彫ってあったり、ドラッグを使った痕があったりな、明らかにカタギではない人間達。
世紀末ワールドのやられ役のような顔をしている。
きっと鳴き声はヒャッハー。
ドローンの操縦が出来ない彼等は、『ある物』を担いでゾロゾロと一列に歩いていた。
逞しい腕でそれを軽々と運びつつ、愚痴をこぼす。
「あ~、かったりい。フォークリフト使えねえかな」
「そういうのはAIの方が優秀だからお前の入り込む隙間はねえよ。
アズマさんみたく並列運転出来りゃ良いんだがな」
「あ~、ムリムリ。あの人頭おかしいもん」
「じゃあ機械様の下で肉体労働の奴隷といこうや」
「そうだな」
そんな日常会話の中で運ばれるのは、人間の死体だった。
この戦艦のクルーだった帝国人達だ。
空を飛ぶドローン達も、『人程の重さ』の死体を運んでいる。
雑に扱い、四肢がブラブラと不自然な方向に揺れていた。
時々頭が落ち、面倒そうに拾う物も居る。
物として扱われる死体達は、巨大なシリンダーのような物に詰め込まれていく。
緊急脱出用の小型船のようにも見えるが、生命維持装置など人が生きるに必要な物は備わっていない。
その正体は艦隊戦の一般的な武装である『宇宙魚雷』である。
ハンナは人の列の横を歩きながら喋る。
「ヤクザと一般人の殺人で異なる点は、死体の処理方法にありましょう。
軍人の死体を火星に持ち帰ったり、バクテリアの無い宇宙空域に残してしまうと色々と厄介な事になります。
確かに火星の駐在政府は腐敗しきっており、ある程度は干渉できるが完全ではありません。
それに、ミアズマ側が事実をもみ消す為に地球軍に払うお金と魚雷一発。
どちらが安上がりかと言えば、魚雷なのです。
日本円に換算して、一発2000万円といったところですね」
話し終わると大量の死体を魚雷に詰め終わったものが、大型艦の砲台に搭載された。
魚雷を射出するのは火薬並の速度で撃ち出す強化スプリング。
摩擦の存在しない世界に放り出されたミサイルは只々加速するのみ。
その威力は不発弾でも敵艦の装甲に当たったならめり込むくらいはする。
運よく機関部に直撃すれば撃墜も可能だ。
故に魚雷は岩礁に激突し、めり込んだ。
信管に衝撃が伝えられ、内部のエネルギーを開放。
地上の概念とは違う『爆発』という、高エネルギーの光が生まれるのである。
岩礁ごと蒸発し後には何も残らなくなる。
そこに詰め込まれていた死体の過去はどうあれ、無くなるのは一瞬だ。
◆
一方で、『窓』。
外の景色を見る為のモニター。
女捕虜はリラックスの為に、広大な宇宙の風景をヤクモと見ていた。
ただの偶然だった。
爆発による光の色は、黄色い光を中心に白い光が放射状に延びるものだった。
彼女は頬に流れる熱いものを感じていた。
「ん、どうした?泣いてんの?」
「……はい。何ででしょうか。
一瞬、光が見えたんですがそれを見るととても深い気分になったのです。
悲しいとか、楽しいとかそう云う一遍な感情では無く、様々な感情全てを濃縮したような
『深い』感情が下腹の辺りから上へ沸き上がったのです」
「ふ~ん、そっか……」
女捕虜の口調は早口でグチャグチャで。
それ故に感情が伝わる。
彼女の見た爆発は、火星で雑草のように咲く花のようだった。
ヤクモはその花の名を口にする。
「そうだ、お前の名前は今から【マーガレット】にしようか」
「名前……?」
「取り敢えず『保護』するにあたって、名前がないと不便だからな」
こうした経緯であるが、マーガレットとの共同生活がはじまる事になる。
裏事情としては、身柄をミアズマで預かり、記憶の回復を待つと云う建前の人質だった。
この選択がミアズマの破滅をもたらす事となる。




